「ね、口開けて」ソファーに座っていると、キッチンから顔を覗かせ彼女がそう声をかけてきた。リゾットが素直に口を開くと、彼女はぱたぱたと彼の元にやってきて、何かを口の中に放り込んでくる。
小さなそれはやけに甘ったるくて、歯を立てればすぐにほろりと崩れた。かすかに、ブランデーの風味。

「……栗か?」
「そう、マロングラッセよ。作ったの」

彼女はそう言って、マロングラッセがいっぱいに詰まったガラス瓶を掲げて見せた。砂糖液にまみれた栗が、つやつやと光っている。

「どう、おいしい?」
「……ああ」

舌の上で転がしていたそれを咀嚼し飲み込むと、リゾットは頷いた。とたんに彼女は顔をほころばせ、「一瓶おすそ分けするわ。あと二瓶もあるの」と彼の手に瓶詰めの栗をそっと載せる。

「随分作ったんだな」
「栗をね、お隣からたくさんもらったの」

言いながら、彼女はまたキッチンの奥へと引っ込んだ。
すぐにバスケットを抱えて戻ってくると、「ほら」と籠の中を彼に見せる。中には、溢れだしそうなほどの栗が詰まっていた。

「これでも半分減ったのよ」

彼女はバスケットを揺らしながら、おいしいんだけどさすがに多いわ、と苦笑した。栗がカゴの中でごろりと転がる。

「色んなもの作りたいけど、私、マロングラッセくらいしか作れないの。あと、栗のジャム……」

毎日マロングラッセとパンケーキの栗ジャム乗せじゃ、さすがに飽きちゃうわ。彼女はそう言って、唇を尖らせバスケットの中を眺める。
彼も一緒になって中を覗き込んだ。互いの額がこつんと軽くぶつかって、彼女は少し笑った。

「早く使い切らないと悪くなっちゃうわよね。困ってるの」

リゾットはしばらくぼんやりとバスケットの中を眺めていたが、やがてぼそりとつぶやいた。

「……何か作ってやる」
「え」

驚いたように顔を上げる彼女の手からバスケットを奪い取り、片腕に抱えながらソファーを立つ。
キッチンに行き、冷蔵庫を開け中身を確認する。

「料理、できるの?」
「一応はな。……味は保証できんが」

言いながら、ミルクとバター、生クリームを取り出して。

「使うぞ」
「あ、うん。……どうぞ」

彼女は料理があまり得意なほうではなかったが、決して嫌いなわけではないらしく、調理器具や材料は豊富にあった。
鍋で湯を沸かし、栗を茹でる。
茹で終えたら皮を剥き中身を取り出して鍋に入れ、砂糖とバターとミルクを加え、ぐずぐずに煮て裏ごしする。

「……モンテビアンコ(モンブラン)?」

後ろから眺めていた彼女が訊く。リゾットは火を止めた鍋にラム酒を入れ「ああ」と頷いた。
鍋のマロンペーストを冷ましている間に、生クリームを泡立てる。
彼女は彼の手際の良さに驚いたような顔をして、後ろからずっとその様子を眺めていた。
卵を取り出すために彼が冷蔵庫へと向かえば、彼女もついてくる。コンロの前に行けば、やはりそこまでついてきて、背後から彼の手元を覗き込む。

アヒルの親子のようだと思って彼は内心少し呆れた。他人の料理するところなど、見ていてそう面白いわけでもないだろうに。
「座っていたらどうだ」と言うと彼女は首を振り、「あなたが料理してるの見るの、楽しいの」と笑った。

「……でも、見てるだけじゃ悪いわよね。何か手伝う」

そう言われて、彼は少し困惑したように眉をひそめた。これはいつも世話をかけている彼女に対する礼のようなものだ。ゆっくりしていればいいものを……。
断ろうかと思ったものの、その目が子供のようにやる気に満ち満ちていたので、それならと彼は卵白と砂糖をボウルに入れて差し出した。

「泡立てればいいの?」
「ああ」
「わかった」

二人は生クリームと卵白を泡立てる。「あなたとキッチンに立ってるなんて、なんだか不思議な感じ」と彼女は微笑み、彼の体にそっと寄り添った。

「憧れてたの。こういう風に、好きな人と並んでお料理するの」
「そうか」
「今、幸せよ。とっても」

まだ栗は半分余っている。ついでに栗のスープでも作ろうかと思っていると、ふと、彼女がやけに羨ましそうな目で生クリームを見ているのに気が付いた。リゾットは彼女の意図をすぐに汲み取ると、苦笑しながらクリームを人差し指ですくって彼女に差し出してやる。彼女はもう一度「しあわせだわ」と笑って、彼の指先を頬張った。




甘い指先






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