ソファーに腰掛けて本を読んでいたら、彼が顎の辺りをそっと撫でてきた。 ゆるゆるとやさしく撫でる指先はくすぐったくて、思わず肩が震える。 「なに、どうしたの」 「いや、別に」 彼はそう言ったものの、私の顎を撫でる手は止めない。 「暑苦しいわよ、メローネ。一体何なの」 本から視線を外し、彼の手を払った。彼はいつものにやけた表情を顔に貼り付けたまま、「冷たいな」と笑う。 そうして、私の頭をぽんと撫でた。私はもう文句を言う気も失せて、無視をして本に目を戻す。 「ねえ、君、猫みたいだ」 「……どこが?」 「雰囲気がさ。妙にそっけないと思ったら、急に甘えてくるところも」 彼の息が耳たぶを撫でる。私は「そう?」と無関心を装う。 「飼いたいな。君のこと。何処にも行かないように、首輪を付けてさ」 「何、それ。いやよ」 適当にあしらうつもりで言った言葉は、思いのほか厳しい響きを纏って唇から零れた。彼はちょっと驚いた風に、片眉を軽く上げて見せた。 「大体、あなたの方こそふらふらふらふらして、すぐにどこかに行っちゃって、ろくに会いに来てもくれないくせに。私だって、さ……さみしくなったりするのよ」 勢いに任せてつい余計なことまで口にしてしまった。私は慌てて本の文字に集中する。内容は、うまく頭に入ってこない。 「……そんな人が、私を縛り付けようなんてよく言うわ」 歯切れ悪く言う。読書はちっと進まない。 彼はしばらく黙り込み、それから静かに喉の奥で笑い出した。 「何で笑うのよ」 なんだかむっとして睨み付ければ、彼は目を細めて私をまっすぐに見つめた。 それが妙に気恥ずかしくてまた視線を文字に向ければ、彼がさっと本を取り上げた。 「ちょっと、返してよ」 「鈍いな、君は」 「何が」 メローネは口の端を力いっぱい曲げてにっこりと笑うと、私の首元をまた撫でた。喉の辺り。猫なら、喉を鳴らして喜ぶところ。 そうして私の顔を覗き込み、ゆっくりと言う。 「一緒に暮らさないか、っ言ってるんだよ」 「え?」 目を見開いた私が、間近にある彼の瞳に映っている。言葉の意味を理解したのと同時に、緩やかに脈打っていた心臓が早鐘を打ち出す。 「ああ、目を見開くとますます猫みたいだ」 「い、一緒に暮らすって……。ふ、普通に言ってよ、馬鹿……!」 まどろっこしい言い方するから、恥ずかしいこと口走っちゃったじゃない! あなたのそういう変にキザったらしいところがね……。 動揺を誤魔化すために大声で捲くし立てると、彼はごめんごめんと愉快そうに笑い、急に真面目な顔になった。 「で、どうする? 俺の飼い猫になるかい?」 「……」 「一緒に暮らせば、どんなにふらふらしても、最後に帰るのは君のところだ」 ああ、またそんなキザなことを言う。でも、嫌いじゃないのよね。こういうところ。 結局のところ、私はもうすでに飼いならされてるのかもしれない。この男に。 「……最後まで、大切に飼ってよ」 私の答えに彼は「ああ」と笑って、また喉元を撫でた。 あなたの帰りを猫が待つ |