何度チャイムを押しても出る気配がないので合鍵を取り出し部屋に入った。
まだ寝てんのかあいつは……。呆れつつ、銜え煙草で寝室に入るとベッドの上の毛布が膨らんでいるのが見えた。近付いてみれば、締め切ったカーテンの隙間から漏れる真昼の日差しに、うつ伏せに眠る彼女がぼんやりと照らされている。声をかけようとして、眉をひそめた。
ベッドの上で、彼女は小さく唸っていた。伸ばされた手が震えながらシーツを引っ掻く。白いシーツの上を乱れた髪が踊る。まるで毛布に溺れているようだ。

何か夢でも見ているのだろうか? 時折寝言で何かを言っているようだったが、声はもやもやとぼやけていてちっとも聞き取れない。
ホルマジオは彼女の肩を掴み、少々乱暴に揺さぶった。それでも彼女はしばらく毛布の中でもがいていたが、何度か名前を呼んでやるとようやくうっすらと目蓋を開けた。

「よお」
「ホルマジオ……!」

彼女は二、三度瞬きをして、彼の姿を認識すると目を見開き酷くうろたえだした。
手は、寝巻き代わりにしているらしいくしゃくしゃで色褪せたシャツを強く握り締めている。

「何だ。どうかしたのか」
「え……。え?」

寝起きで何がなんだかわからない状態だったらしい。
周りをきょろきょろと見渡し、ようやく自分が今まで眠っていたということを理解したらしく「ああ、なんだ……」と呟いて、深く長い息を吐いた。

「久しぶりだな」
「ええ……。ええ、そうね」

眠っていたくせに、その声には何故か疲労が色濃く感じられる。

「何か夢でも見てたのか?」

灰皿が無いかと部屋を見渡しつつ何気なく聞いてみれば、彼女の顔がすっと青ざめ、それから一瞬の間を置いてかあっと赤くなった。

「ど、どうして?」
「もがきながら唸り声あげてたぜ、馬鹿みてえに」

煙草の先でくしゃくしゃのシーツを指し示すと、彼女はぐっと唇をかみ締めうつむいた。

「何だよ。どうした」
「い、今、あなたの顔、見れない」
「はあ?」

突拍子もない言葉に怪訝な顔をする彼のことを見もせずに、彼女は毛布を頭から被り、ベッドの上で丸くなった。

「おい、何でだよ」
「……何でもよ」

彼女は毛布の中からか細い声で言う。

「今日一日、私、こうしてる」
「おいおい。折角来たってのにそりゃあないだろ」

ホルマジオは煙草片手に彼女の上に覆いかぶさる。灰が毛布に落ちる。

「やめてよ、重い……」

くぐもった、力のない抗議の声が聞こえたものの、顔を覗かせる様子はない。ふんわりとしたやわらかな塊がもぞもぞとうごめき、巨大な蟲を思わせる。

「腹減ってんだ。何か作ってくれよ」

煙草の灰をいいかげんに払いながら彼が言うと、彼女は毛布から手だけを出して、サイドテーブルの引き出しを指差した。小さな指先は小刻みに震えている。

「……ピザでもデリバリーして。そこにチラシが入っているから」

ホルマジオは面倒くさげに顔をしかめ、けれど一応、言う通りに引き出しの中をあさってみた。
ペラペラのチラシには所狭しとピザの写真が並べられている。端には見覚えのあるロゴが印刷されていて、彼はいまいち乗り気ではなさそうな様子でメニューを眺めた。

「ここのは来るのは速えが不味いんだよな」
「……我慢して」
「……何があったか知らねえが、さっさと出て来いよ」

お前の作ったメシの方がよっぽどマシだ。そう言って毛布の端をめくってみる。だが彼女はシーツに顔を埋めてしきりに首を横に振るばかりでこちらの方を見もしない。
彼はわがままな子供でも見るように、しょうがねえな、と笑った。

「作りたくねえなら、外に食いに行くか。お前が行きたいつってた所にでも行こうぜ」
「……私、いい」
「いいかげんにしろ、ほら」

不毛なやり取りにもいい加減飽き、ホルマジオは彼女の上から降りると力ずくで毛布を引っぺがした。
彼女も毛布を必死に掴んで抵抗したようだが、力で彼にかなうわけもなくあっという間に剥がされる。
隠れる場所を失った彼女はとっさに手で顔を覆ったものの、彼はその腕を引っ掴んで、上体を起こしてやった。

「どうしたっつーんだ?」

顔を近付ければ、彼女は顔を真っ赤にさせて目を泳がせた。微かに開かれた唇から、「やだ……」とか細い声が漏れる。何故だかそれは妙に艶っぽい声だった。まるで、ベッドの上で二人して裸でいるときのような……。

「おい……」
「……」

彼女は彼の手を振りほどくと毛布に付いた灰の汚れを指でなぞり、泣きそうな声で言った。

「……ゆめ」
「ああ?」
「さっき見た、夢、ね。ホルマジオと、あなたと……その」
「俺と、何だ?」
「……する、夢だったの」
「はァ?」

中々察してくれない彼に彼女はうう、ともどかしげな唸り声をあげ、ヤケになったように「だから!」と叫んだ。

「その、あの……"いやらしいこと"する夢だったのよ!」

"やらしいこと"……?

回りくどい言い方に理解が遅れる。
彼はすっかり短くなった煙草をくわえながら、ようやっと「ああ」と頷いた。

「ヤってたってことか?」

ストレートに言えば、彼女は肯定するようにぐっと唇を噛みしめる。
ハア……。呆れたような声を漏らし、ホルマジオは彼女の顔を見る。正直言って、拍子抜けしてしまった。そんな夢を見たというだけで顔が見れないだのとぐだぐだ駄々をこねていたとは。
だが、次第にその程度のことで照れている彼女が滑稽に思えてきて、彼はくくっと笑い出した。

「ばか、笑わないで!」
「わりいわりい。それにしても……お前でもそんな夢見たりするんだな」

行為をすることに対してさして熱心に見えなかったし大人しい女であったから、彼女が淫夢などというものを見たというのは随分意外に感じた。
彼女は恋人の楽しげな様子を憎らしそうに睨み付けて、私だって驚いたわよ、とうな垂れる。

「まさか、あんなの……見るなんて」
「最近、ちっとも会えなかったからな」

ホルマジオは彼女の肩を引き寄せ、乱暴に頭を撫でてやった。

「よっぽど寂しかったんだろ」
「……」
「悪かったな。長い間一人にさせて」
「……ん」

照れくさそうに俯いて、彼女は彼の肩に頬を寄せた。

「気持ちよくしてやれたか? 夢の中の俺は」
「……あなたって、デリカシーがなさ過ぎるわ」

彼女は泣きそうな声で言って、彼を小突く。熱を持ったやわらかな掌は、心の奥深い所をそっと擽った。

「……お前ばかり楽しむのはずりいな」

ホルマジオは唇をゆがめると、テーブルに手を伸ばし煙草をデリバリーのチラシに押し付け火を消した。

「ちょっと、危ない……」

咎めようとした彼女の肩を掴み、体をシーツに沈める。彼女は何が起こったかわからないと言った様子で目を瞬かせていたが、彼の瞳の奥に潜む飢えた欲を感じ取ったのか、身をかたくさせた。

「え? あ……やだ」
「久々なんだ。俺だって溜まってる」
「わ、私、起きるわ。何か作る。パンケーキでも作るから……!」
「あとでデリバリーでもしようぜ。不味いピザをよ」

そう言って笑いながら彼は首筋をなぞり、服の上から胸をやわやわと揉む。すると彼女は文句を言うために開いた唇をぎゅっと閉じて、どこか湿っぽい、肌にまといつくような声を喉の奥から絞り出した。

「良い声だ」

気持ち良かったかと訊いてみれば、彼女は「ばか」と胸に置かれた彼の手を抓り、恥じらうような情けないような顔をして「夢の中よりずっと良かった」と微かな声で呟いた。






夢よりも深く





ひさびさにただただくだらないだけの話。







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