肌寒さに彼は目を覚ました。すぐ真横に、彼女の寝顔があった。 隣で小さなクッションを腕に抱えながら体を丸めている彼女は、まだ眠りの世界から帰ってきてはいないようで、静かに寝息を立てている。 レースのカーテンの隙間から差し込むオレンジがかった光に照らされ、彼女の頬は柔らかく輝いて見えた。 久々に空いた昼間の時間を利用して彼女に会いにきた。 お互い、外に出る気分でもなかったから、ソファーに寝転びしばらくじゃれ合って、それでいつのまにかどちらからともなく眠ってしまったようだ。 まだ日は完全に沈んではいなかったが、室内をただよう空気は冷たい。 眠る前はむしろ暑く、かすかに汗ばんですらいた体は今はもう冷え切ってしまっていた。 ブランケットの一つでも掛けておけばよかったと少し後悔しながら、彼女の頬をなんとなく撫でてみれば、かすかに赤味がかったそこはため息が零れるほど暖かかった。 部屋は薄暗かったが、窓からの光がちょうど二人のいるソファーを淡く照らしている。 少し身じろぎをすると、舞った埃がふわりと光るのが見えた。彼女の柔らかな産毛がきらきらしている。 彼の呼吸でかすかに揺れる睫毛も、小さな唇も髪の毛も白い肌も、今は夕焼けに染まっている。 シロップみたいだ、と思う。パンケーキに掛けられている甘ったるいシロップ。目の前の彼女は琥珀色のそれにべったりと濡れているようで、齧れば甘そうだ、と子供じみた考えを起こさせた。 メローネは口を軽くすぼめ、彼女の髪や目蓋にそっと息を吹きかけてみる。 自分の呼吸で彼女の髪や睫毛がゆれ、夕日に色を変える。ただそれだけのことが妙に楽しくて、しばらくそればかりを繰り返した。 「ん……」 自分の顔に吹きかけられる生温い息にようやく気が付いたのか、彼女は小さく唸るとクッションを抱えた両腕に力を込め、それから一、二秒の間を置いてからゆるゆると目を開けた。 「起きた?」 「……」 彼女は目を開けてはいたが、まだ眠りの中に半分浸かっているような顔をしていた。 薄く開いた目蓋から覗く瞳でぼんやりとメローネの目を見返して、それからのそりと耳の辺りに唇を寄せてくる。 何をするのかとそのまま見守っていれば、彼女は何やらもそもそと唇を動かしている。 髪が引っ張られるような感覚に、何をしてるんだとよくよく見てみれば、寝ぼけ眼で彼の髪を口に含んでいる。 「ああ、こら、駄目だよ」 「ん……」 「髪だよ、これ。俺の髪」 メローネは慌てて髪を引っ張って、彼女の口から、同じように夕日色に染まった髪を救い出した。 彼女はまだ寝ぼけた瞳で彼を見つめている。もう何もくわえてはいないというのに尚ももごもごと口を動かして、やがて微かに呟いた。 「……おいしくない」 「そりゃあ、そうだ」 勝手に口に入れておいてその言い草もどうかと思ったが、眉をしかめるその顔が妙に滑稽で、彼は思わず笑ってしまった。 「なにか、食べ物にでも見えたのかい?」 「……ん、メープルシロップ、に」 掠れた声でそう答えた彼女に、彼はちょっと驚いたように片眉を上げる。 それからじわじわと暖かい、いとおしさのようなものが込み上げて来て、たまらず彼は彼女の唇にキスをした。突然のことに、彼女の目が見開かれ、喉の奥からくぐもった声が漏れる。 「ん……」 唇を離し、彼女の抱えるクッションを取り上げて、床に放り捨てる。 縫いぐるみでも抱くように遠慮もなく、ありったけの力を込めて抱きしめれば、すっかり眠気の冷めたらしい彼女が「くるしい」と小さく呻いた。 「どうしたの、メローネ」 「……同じこと考えてた」 「同じこと……?」 「君と思考回路が似てきたのかもしれない。嬉しいんだ。それが、結構」 腕の中で彼女は意味が分からないという風な顔をして、それでも「そう」と頷くと、彼の首筋に顔を寄せた。 彼の鼻先を彼女の髪がふわりとくすぐる。夕日色に染まった彼女の髪から、シャンプーの甘い香りがするのを感じながら、彼は本当に自分たちが甘ったるいシロップそのものになったような錯覚を覚えた。 夕刻のシロップ (シロップになって、彼女とどろどろに混ざり合えたらどんなに気持ちがいいのだろう) |