「イルーゾォ」

愛しているっていうちゃんとした証明が無いと不安だなんて言うのは傲慢だ。
愛するひとが傍にいるならそれだけでいいじゃない、何を言っているのだこの人たちは、だなんて。
私は例え、その“愛するひと”ってのが出来たとしても、「愛してるって証明して」なんてこっぱずかしいことは言わない。
以前はそんな風に思っていて。

「私、自分でもばかなこと言ってるってわかってるわ」

アマート(恋人)が私にも出来た時、その考えは180度、ぐるりと変わった。
なんて不安なんだろう。二人でいる瞬間の幸福の中にふと訪れる心細さ。
この人は、はたして本当に私なんかのことを好きでいてくれているのか。
そんな思いが、静かな水面に水滴が一粒落ちたみたいに、波紋を作ってじわじわ広がっていく。
今までは馬鹿みたい、お粗末な恋愛ドラマじゃあないんだから、なんて笑っていた筈の考えに頭の中が浸食されて。

「どうしても言わないと、不安でもうたまらないの」

あんまり会うことができないのは、わかってる。仕事なんだから、仕方ない。
でもその代わり、もっときちんとわからせてほしい。

「私のこと、あ……愛してるか、きちんと知りたいの。そんなふうに、思ってるの。ずっと、ずっと」

私の言葉に、彼は本のページを捲っていた手を止めて、面食らった顔で私を見た。
なんでまたこんなところで、と言いたげな顔だ。
私だってまさかこんな恥ずかしい台詞を、静かな本屋の店内で言うとは思わなかった。
でも、手をつないで仲良くインテリアの本を選んだり、二人で顔を寄せ合ってお伽噺の本を覗き込んだりする恋人たちを見てしまうと、たまらなくなってしまったのだ。
うらやましい、なんて思ったらつい口が開いていた。

彼は自分の感情を、あまり私に言ってくれない。
辛いことも、愛してるってことも、全部自分の中に抱え込むのだ。

その上、口だけでなく行動にさえもほとんど表してくれはしないから、私は不安で仕方がなくなる。
わかっているのだ、これはただの我儘だってことは。傲慢で贅沢な悩みだってことは、充分にわかってる。
でも、どうしても形が、証明が、欲しい。
彼は私の顔と本の間で視線をさまよわせ、弱り果てたように意味もなく本を閉じたり、開いたりを繰り返した。
笑っちゃうくらいの困りように、けど私の口角は上がらずに、「ごめんなさい」と慌てて言った。

「そんな顔、しないで」
「あ、いや……」
「変なこと言って、ごめん」

言いながら、どういう顔をすればいいかわからなくなって、彼から顔を逸らし、近くの棚に置かれていた本を適当に取って開いた。
色とりどりのドルチェの載ったページを見つめながら、ため息をこぼす。
滑稽だ。ばかみたいだ。彼を困らせてまで愛されていることの証拠が欲しいだなんて。

このぎくしゃくした空気をどうやって元に戻そう、なんて、きらきらしたケーキたちを眺めながら思っていると、彼が小さな声で、私を呼んだ。

「……なあに?」

首をかしげた私の言葉には答えずに、彼は片手に本を持ったまま私の手を引っ張り、近くの本棚の影に隠れた。
それから周囲を伺って、ちょっと躊躇うような顔をしてから、意を決したように素早く、私の唇にキスをした。

「……これでいいか」

彼はすぐに唇を離し、私から目を逸らしながらそう訊いた。
何をされたのかうまく理解できなかった私は唖然としたまま彼を見る。
脳が口付けされたのだと認識して、ようやく頬が熱くなってきた。

「俺、これ、買ってくるから……」

同じく耳を赤くさせた彼が、そう切れ切れに言うなり私に背を向けてレジに走っていった。
私はそれを見送ると、片手に持っていた本を開いて、ティラミスのレシピの載ったページに赤い顔を埋めた。




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