「映画、観に行きませんか。……リーダー」 チケットを二枚さしだして彼女がそう言ってくるから、彼は「別に構わないが」と返した。 二人の関係は一応は恋人と呼ばれるものだったが、実際はほとんど仕事尽くめで揃って出歩くことも少なかった。 相変わらず任務は多忙なままだったが、彼女から誘ってくることも珍しいので息抜きの意味も込め、次の日曜に行くことを約束した。 「何を観るんだ」 チケットに書いてある映画のタイトルを見ても、大してそういったものに興味が無いために、いったいどんなものなのか想像がつかなかった。 「それが、私もよくわからなくて」 彼女の方も単に二人で出かける口実が欲しかっただけで、取り立てて観たいものがあったわけではなかったらしい。 行き先を映画にしたのは「最近行っていないから」程度で、今どんなものがあっているのかも知らなかったから、彼女は仕事仲間に「お勧め」を聞いて、それに促されるままにジャンルも知らないままチケットを買ったそうだ。 だから、まさかそれがスプラッターものだったとは、お互い知る由も無いわけで。 彼女は開始10分で、明らかに二人で来るには不向きなものであることに気がついて、困った顔をしていた。 内容よりもどれだけ派手で生々しい描写ができるかに力を入れたようなそれに、しばらくは彼女も平気なふりをしていたようだったが、やがて俯きがちになり、時々びくりと肩を跳ねさせていた。 一応メンバーの一員ではあるがただの雑用係で殺しなど行ったこともない彼女は、やはりこういったものはあまり得意ではないらしい。 事前に知っていたならまだしも、知らずにいきなり大画面で血しぶきなど見せられたら無理もない。 対する彼のほうは、映画のほうは平気だったのだが、左横の彼女の怖がりようが気がかりで、時折隣に顔を向けて、平気かどうかを確かめた。 彼女はあまり彼に心配をかけたくないらしく、ドリンクのストローから口を離し、「大丈夫です」と声には出さず唇の動きだけで伝えてくる。 やせ我慢は彼女の悪い癖だ。 こんなときくらい、怖いなら怖いと素直に言って、頼ってくれてもいいだろうに。 彼女は甘えるより先に彼への申し訳なさを感じるらしく、我慢して自分で抱え込んでしまう。 スプラッターシーンの派手さとは対照的に、話の内容は単調で退屈だ。 昨日遅くまで仕事をしていたこともあり、彼のまぶたは次第に下がっていく。 ただうるさいだけの効果音に彼女が「わっ」と小さく叫ぶのを聞きながら、彼の意識はゆっくりと深いところへ落ちていった。 よほど熟睡していたのか、目が覚めたとき自分がどこにいるのか一瞬わからなかった。 かすむ目を瞬きさせながら、ああそういえば映画を観ていたのか、と思う。 スクリーンを見れば、暗い音楽に乗せエンドロールが流れている。結局、半分以上眠ってしまったようだ。 彼女の様子を伺おうとすると、ふと左肩が重いことに気がついた。 見てみれば、彼女が彼の服の袖をしっかりと掴み、二の腕の辺りに顔を埋めている。 「……」 眠っているのかと思ったが、肩が震えているので起きてはいるらしい。 終わったことに気付かないまま、まだ怖がり続けているようだ。 終わったぞ、の意味を込めて彼女の肩を軽く叩けば、驚いたらしくばっと顔を上げ、彼が起きていたことに気付くなり肩を跳ねさせてすぐに離れた。 「ご、ごめんなさい!ね、眠っているから、つい、その……」 彼女は小声で、そう弁明する。 こっそり彼にしがみついていたことがばれてしまったのが余程恥ずかしかったようで、スクリーンのかすかな光に薄ぼんやりと照らされる顔は赤い。 「……それはいいが」 彼は眉をひそめつつ、彼女の膝を指差した。え?と彼女は、自分のスカートを見る。 「あ」 ドリンクを持ったまま慌てて離れたせいでカップが傾き、彼女の膝上はびしょ濡れになっていた。 幸い中身は飲み干していたらしいが、小さな氷のつぶがいくつもスカートに転がり、きらきら光っている。 冷たい、と小さく叫ぶと、彼女は慌ててハンカチを取り出し、スカートを拭いた。 彼は彼女の膝に手をのばし、ほのかにオレンジジュースの香りがする氷を拾い、彼女の持つカップに戻してやる。 もう真っ赤になってしまった顔で「ごめんなさい」と呟く彼女の声を聞きながら、彼は自分が少し安堵するのを感じていた。 彼女は甘えるすべを知らないものだと思っていたが、違ったようだ。 彼の服の左袖は、よほど長い時間強く握り締められていたようで、皺が寄っている。 それがそのまま彼女の自分への想いのような気がして、彼は氷で冷たくなった指先で、まだぬくもりの残る左袖の皺をそっと撫でた。 おでかけ(映画館) 多分映画勧めたのはホルマジオ。 |