雪が降っていることと、どうしようもない寒さを急にあいつに伝えたくなってケータイを取り出した。
かじかんでうまく動かない手でボタンを押す。
彼女はなかなか出やしない。眠っているのだろうか。
コール音を20秒ほど鳴らし、仕方なく切ろうかと思った矢先、声が聞こえた。

「はい、もしもし」
「やあ。こんばんは」
「ん……。こんばんは、メローネ」

あくび交じりの声だ。こっちまで眠たくなっちまうような、温かい声音。

「寝てた?悪いね」
「ううん……。でも、もう少しで寝るところだった」
「そう」
「お仕事は終わった?」
「いや、まだやってる。もうすぐケリがつくけど」

ベイビィ・フェイスは着々と任務をこなしつつあった。
俺は離れた場所でパソコンを覗きつつ、その動向を見守っている。公園で、バイクを脇に止めてベンチに座って。
バイクに雪が降り積もるのを眺めていたら、いつのまにかパソコンのキーの隙間にも入り込んでいて、わずらわしく思いつつ払う。

「お疲れさま」
「ああ。別に疲れるほどの仕事でもなかったけどね」
「で、どうして電話を?」
「雪が――降ってるんだ」
「雪?」

受話器越しに、カーテンを開ける音。
そして、「本当だ」と子供のように高揚した声。

「すごい。大雪ね」
「凄いだろ。とても寒い」
「うん。寒そう」

モニターにこびり付いた雪を払う。雪は雫になって画面を滲ませる。袖で拭っても、水滴が広がるだけだ。
滲んだ画面はそれでも従順に、今の状況を知らせてくれる。相手が死ぬのも時間の問題だ。

「雪が降っているのを教えるために電話してくれたの?」
「それもあるけど」

冷えた掌に息をかける。暗い中で、モニターの明かりと自分の吐く息だけが白い。

「あと数分で年が明けるだろ」
「うん」
「その瞬間を、君と話していたくなったんだ。急に」

年の明けようとするこんな時にまで仕事を、他人の未来を奪うようなことをしている。
普段ならば取るに足らないようなことが、雪のせいか寒さのせいか、俺を酷く感傷的な気分にさせた。

「なんだか、今すぐ君に会いたい」
「どこにいるの?今から来ようか?」
「いや。それよりも、そっちに行ってもいいかい?仕事が終わったらさ」

彼女が小さく「やった」と言うのが聞こえた。
恋人同士で過ごすものだと言われている年の終わりに仕事が入っても彼女は文句ひとつ言わなかったのだが、やはり何だかんだで寂しかったんだな、と思う。愛されてるな、俺。

「じゃあ、コーヒー沸かしてまってる」
「ありがとう」
「……雪、きれいね」
「ああ」

俺は空を見上げる。雪は勢いを増している。

「綺麗だ」

口を開けば、雪はすぐさま口腔に飛び込み、舌を冷やす。
鼻先に落ちて、すぐに水滴になり流れていく。
指先が冷えている。足も、頬も、唇も。
早くあいつの元へ行きたい。
毛布のような柔らかなぬくもりのあいつを抱いて、今夜は泥のように眠りたい。

「ねえ、メローネ」

冷えて感覚のなくなった耳を、彼女の声がそっと撫でる。

「ん?」
「電話してくれてありがとう」
「うん」
「好きよ」
「知ってるよ」
「年が変わっても、好き」
「……うん」

俺もだ。と呟いて、雪の積もった冷たいキーを叩いた。仕事が終わった。
同時に、受話器の向こうで彼女が「Buon anno」と囁いた。




夜と白

Buon anno→新年おめでとう






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