ドアの向こうで、慌ただしく走り回る音が聞こえる。彼女が起きてきたらしい。
彼は欠伸を噛み殺しながら、今日はやけに早く起きたなと思った。
彼もさほど寝起きは良くない方なのだが、彼女の寝起きの悪さも中々のものなのだ。いつもは起こさなければいつまでも寝ているというのに、珍しい。

まあ早起きは結構なのだが、それにしても先程からどたばたと煩すぎる。
扉の向こうの足音は、シャワーの音でもかき消せないほど騒がしかった。

シャワーに流されていくシャンプーの泡を眺めながら彼がそんなことを思っていると、ふいにドアがノックされた。

「ギアッチョ、いるの?」

先ほどからの足音とは違い、彼女の声は気を抜けば聞き逃してしまいそうなほど小さかった。
けれどシャワーを止めることなく、彼はドアの向こうへ声を投げかける。

「ああ。何か用か?」
「……ううん、そういうわけじゃないけど」
「呼んでおいて何でもねえわけないだろうが」

刺々しい口調で彼は吐き捨てる。
煮え切らない態度にわずかに苛立ってはいたが、いつもとは様子の違う彼女が少し心配でもあった。

「……言ったら笑う、というか、怒る。と思う」
「はあ?」
「だから、あの……」

自信なさげに小さくなっていく彼女の声がいよいよシャワーの音に負け始め殆ど聞こえなくなってきたので、彼は仕方なく湯を止めた。

「言ってみろよ」
「……その」

ドアの向こうの彼女が自信なさげに首を竦めるのが、見なくてもわかった。
聞こえるように大きく舌打ちをしてみれば、彼女は困ったように2、3度唸って、それからしぶしぶ喋りだす。

「その……嫌な、夢、みたの」
「夢?」
「うん。……あなたが……その、いなくなる。というか、そのし、死……」
「……」
「お、怒った?」
「夢だろ?別に怒っちゃいねえよ」
「へ、変な夢見て、ごめんなさい」
「別に、気にはしねえよ」

それくらいで朝から一人で騒いで勝手に落ち込んでいるのかと、彼は溜息をついた。
一瞬でも彼女を心配してしまった自分が馬鹿のようだ。阿呆らしい。

「それより腹減った。なんか作っとけ」
「うん……あの、ギアッチョ」
「今度はなんだよ」
「ここ、開けてもいい?」
「はあ?」
「顔、見たいの。あんな夢見て、私、不安で……」
「てめえな、夢くらいで……。あー、畜生。ちょっと待ってろよ」
「うん」

彼は傍に置いていたタオルを手に取り、濡れた体を拭くべきか一瞬迷ったが、少し顔を見せるだけなのだからいいだろうととりあえず前を隠してドアを開けた。

下らないことでシャワーを中断させられたのだから顔を睨みつけて一言文句を言ってやろうと思ったのだが、そんな暇は与えられなかった。
扉を開けた途端、彼女は勢いよく飛び込んできたのだ。
濡れた床に足を滑らせかけて、小さく間抜けな声を上げて、その勢いで思い切り彼の胸に飛びつく。
彼はというと口を開く間もなく胸に縋りついてきた温もりに、睨みつけてやるのも忘れて呆気に取られた。

「おい……」
「だって、怖い夢見て、となり見たら、あなたがいないから、私、びっくりして……」
「いちいち大袈裟なんだよお前は……。服、濡れるぞ」
「いい……」
「あのなあ」
「……夢でよかった」
「……」

彼女は安心したように一人呟いた。
ギアッチョは溜息を吐きつつ、彼女の髪に軽く付いていた寝癖を撫でてやる。
彼女は心地よさそうに目を細めると、小さく息を吐き、そっと笑う。

「ギアッチョ、甘いにおいがする」
「ああ?」
「シャンプーかな。落ち着く……」

そう言って胸に顔を擦り寄せてこられては、流石の彼も何も言えなかった。やわらかな頬が心地いい。まだ朝だというのに男の本能がぐらりとゆらぎそうになって、必死でこらえた。

髪から垂れる雫が彼女の服を濡らしている。
半端に開かれたドアから流れ込む空気に冷えはじめた身体が、そろそろ離れてもらえとばかりに鳥肌を立て始めたが、彼は構わずに「身体、冷えても知らねえからな」と言いながら、彼女の体を抱き締めた。




彼女が夢を見た朝に
(風邪引いたらお前のせいだからな!)







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