不意に背後からかけられた声にギアッチョが振り向けば、長めのブロンドを指先で弄り、メローネがにやにや笑っていた。

「やあ、偶然」

普段アジトの外で仲間と顔を合わせることはない。任務以外で関わりを持つ必要は無いし、第一面倒だ。
仮に街中で偶然姿を見たとしても、挨拶一つ交わさない。それは彼らの暗黙の了解だったはずなのだが。

「ギアッチョ、お知り合い……?」

ギアッチョの隣で、ジェラートの入ったカップを持った彼女――おそらくメローネが珍しく彼に声をかけた原因――は彼とメローネを交互に見、小さく首をかしげた。

「同僚ってとこかな」

引きつった表情のまま何も言わないギアッチョの代わりにメローネがにこやかに答える。

「なんでテメーがここにいんだよ」
「なんでって。仕事だよ、オシゴト」

吐き捨てるように言って睨みつけても、メローネは少しも動じずに、それどころか悪ガキのような笑顔を余計深めるからタチが悪い。

「そんなことより、この子は?あんたにアマータ(恋人)なんか居たか?」

二人の会話には入らずにうつむいてラズベリーフレーバーのジェラートをちまちま口へ運んでいた彼女は、話題の矛先が自分に向いたことと「恋人」という言葉に驚いたようで、プラスチックのスプーンをくわえたまま戸惑ったように顔を上げた。

内気な彼女は最近ようやくギアッチョとそれなりに会話が出来るようになったくらいで、初対面の相手とはほとんど話が出来ない。
今もなんとか努力はしようと数回唇をまごつかせはしたが、結局何も言わずに隣の彼を見た。

「知り合いだ。ただの」
「へえ、そう。……メローネって言うんだ、俺。よろしく」
「よろしく……おねがいします」

彼女は困ったような笑顔を浮かべてメローネを見たが、彼と真っ直ぐに目が合うとすぐに視線を逸らし、またジェラートを一口食べる。

「可愛いねシニョリーナ(お嬢さん)どう?今夜ホテルにでも」
「あ、え。え?」
「相手しなくていい。馬鹿がうつる」
「酷いなあ」

ギアッチョは溜息を吐く。苛立ちのせいで頭の奥がじりじりと熱い。
思い切り殴ってやりたいが彼女がいる手前それもできない。
彼女とは本当にただの知り合い程度の関係で、こうやって二人で街を歩くのも今日が初めてのことだった。
こんなことで、やっと少し前進を始めた彼女との関係が崩れるのはごめんだ。

「早く行けよ。暇じゃねえんだろうが」
「堅いこと言うなよ。さほど仕事熱心でもない癖に。あ、ほら。危ないよお嬢さん」
「え?」

言うなり、メローネは素早く彼女の肩を抱くようにして引き寄せた。
カップが傾き、中から溶けかけたジェラートが刺さっていたスプーンごとぼとりと落ちる。
驚きに固まる彼女のすぐ後ろを、数人の子供達がはしゃぎながら駆けていった。

「大丈夫?」

彼女の顔を覗き込みメローネは言うが、彼の腕の中にすっぽりとおさまるような体勢になった彼女は何も言えずに目を白黒させている。

「子供避けるくらいでなんでそうなるんだよテメエは……!」
「ぶつかって、もし転びでもして打ち所が悪かったら大変じゃあないか。ねえ?」
「ど、どうも……」

ようやく我に返った彼女は慌てて彼から飛びのこうとしたが、優しげに笑っているくせに彼の手は彼女の体をがっしりと掴んで離れようとしない。

「メローネさん、手……」
「ん、何?」

とぼけるメローネに何も言えずに彼女はうつむいてしまった。もう耳まで真っ赤だ。
対する彼はお構いなしで、軽く彼女の頭を撫でると、ギアッチョに視線を移して楽しげに笑ってみせる。

流石に耐えかねて、ギアッチョは彼女の腕を引き強引に彼から引きはがした。
これ以上ないくらいに苛立っていることが目に見えてわかるギアッチョの顔を見て、メローネは満足げに唇をゆがめる。

「じゃあ俺はそろそろ行くよ。またね、お嬢さん」

散々からかって気が済んだようだ。メローネは彼女にひらひらと手を振ると、すぐに踵を返し人ごみの中へ紛れていった。

次に会ったらぶん殴る。そう心に決めながら彼が隣を見れば、彼女は中身が全部落ちてしまったカップを持ったままぼんやりと彼の去っていった方を見つめている。

「……へんなひと」

ひそやかな声でぽつりとそうこぼした彼女の顔はけれど妙にほころんでいて、彼は見てはいけないものを見てしまったような気がして彼女から目を逸らした。
地面の上で、ラズベリーのジェラートが溶けていく。




彼女が恋に落ちた音
(聞こえた気がした)






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