「なあ、起きなよ」

ソファーに寝そべって目を閉じてじっとしていると、誰かがそう言って私の肩を揺らした。
仕方なく重たいまぶたを開けると、そこに居たのはメローネで、彼は嬉しそうに私の額にそっと口付けて、にやにや笑いながら言った。

「ね、どっか出かけない」
「こんなに暑いのに?」

私はあくび混じりでそう聞く。アジトの中は暑くて気だるくて何だか眠い。
彼と出かけるのは好きだけど、太陽の熱でじりじり焼かれるのを想像するとあんまり気が進まなかった。
こういう日は、冷たいものでも飲みながらだらりと過ごしているのが一番すてきな過ごし方なんじゃないだろうか。
あまり乗り気ではない私の顔を見て、彼はなぜだか得意げにフフンと鼻を鳴らすと、上着のポケットから鍵を取り出して揺らしてみせた。

「安心しなよ。車借りたんだ。冷房ガンガン付けてあげる」
「借りたって、誰から?」
「ギアッチョ」
「ふうん。……よく貸してくれたね」

ギアッチョは、あまり他人に快く自分のものを貸すようなタイプじゃないのに。
その癖、自分が借りたやつはしょっちゅう壊すから始末が悪いのだ。
そんなことを思っていると、メローネは鍵をポケットにしまって、悪戯っぽい顔をしてみせた。

「……ホントのこと言うと、あいつが昼寝してる間にちょっと拝借してきたんだ」

起きる前に行かないとちょっとまずいんだよねー、って、おどけて舌を出してみせる彼を、私はあっけにとられた顔で見る。呆れた!

「それ、あとで絶対ばれるでしょ。私も怒られちゃうじゃない。いやよ。私行かないからね」

彼に背を向けて、ソファーのクッションに顔を埋める。
ちょっと待ってよ。と、彼は私の背中をぺたぺたと掌で撫でた。
彼の手は暑いし、触り方もなんだか嫌らしくてうっとおしいけど、こうしてもらうのは嫌いじゃない。

「君のために盗ってきたのに」
「……そんなこと、頼んでない」

こういうことをさらりと言ってのけるから狡い。
メローネは私が「君のため」ってフレーズに弱いことを知っているのだ(実際、今もゆらぎかけた)
けど、メローネの勝手で私までギアッチョに怒られるのは勘弁!

「大体、どうしてわざわざ車なの」

いつもは、密着できるからバイクで行こうとか言い出すのに。
冷房効かせてドライブなんてそりゃあ魅力的だけど、何も怒られてまで車使う必要なんてないと思う。

「それは、まあ」

私の問いに、なぜだか彼はちょっと言葉を濁した。

「まあ、なに」
「……やってみたくて」
「何を?」

彼の方を見ると、口元を歪めてううん、と唸り、困ったように頭を掻いている。

「何を、ていうか。車で、やりたい」
「……つまり?」
「だから、カーセックスをさ」
「お断りです」

言って彼に背を向けると、「いやいや、ここまでしたのに断るなんて無しだよ!」なんて、大声が背中にぶつかる。
暑苦しいなあ。なんでこんなに暑いのにこんなに元気なんだろう、この人は。
暑さで脳味噌がとろけちゃってるのかもしれない。

「だから、私はそんなこと頼んでない……って、ちょっと、何してんの!」
「そんなこと言って、君だってちょっと興味あるだろ」

言いながら、彼は私の体を、重たい荷物でも運ぶみたいに肩に担ぎ上げた。視界がぐらりと揺れる。
人を一人抱えているっていうのに軽快な足取りで、メローネは早くも玄関に向かいはじめていた。

「しようよ、んで、一緒に怒られよう」
「一人で怒られてよ!」

おろして、離してとわめいて脚をばたつかせる私に、メローネは上機嫌にけらけら笑う。
彼のポケットの中で、鍵がかちゃかちゃと音を立てている。結構、心地いい音。
暴れるのも疲れるから私はすぐに大人しくなって、彼に担がれたままその音を聞くことにした。
ギアッチョへの言い訳の台詞、今から考えておかなくっちゃ。なんて思ってメローネの服をぎゅうと掴んだ私も、暑さに脳がやられてしまったのかもしれない。





ふたりは脳がとけている
(怒られるどころじゃすまないと思うんですけど!)






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