軽い化粧をすませてリビングに戻ると、彼はソファーの上で眠りこけていた。
わざわざ私のベッドから引っ張り出してきたらしいブランケットを体にくるんで、静かに寝息をたてている。
軽く横になるつもりでつい眠ってしまったらしい。テレビはつけっぱなしだし、眼鏡も掛けたまま。

「お待たせ、ギアッチョ。起きて」

買い物、付き合ってくれるんでしょう?ソファーの傍にしゃがみこんでそう呼びかけてみたけれど反応はない。

会いにきたくせに眠っちゃうなんて、まったく仕方のない人!
思って小さく溜息をつくと、私の息が彼の鼻先にかかり、そのせいか彼は閉じていた目蓋をぎゅうと強くつむった。
幼い子供みたいなそのしぐさが、私を妙にどきりとさせてしまった。
いつもは憎まれ口ばかり叩く唇を穏やかにまごつかせているのも、なんだか妙に可愛く思える。

「……」

ほんの少し、指で唇に軽く触れてみた。指先にそっと、彼の吐息がかかる。
内緒でこんなことをしているということが妙に楽しくて、自然に頬が緩む。彼は気付いた様子もなく眠ったまま。
キスとか、してみてもいいかな。いつもよりずっと穏やかな表情を間近で見つめながらそう思う。

「ギアッチョ」

息だけでそっと彼を呼んで、恐る恐る唇を重ねる。
緊張して息が出来ない。頭の奥が痺れて、けど唇につたわる感触はひたすら気持ちいい。

起きるか起きないかどきどきしながら顔を離そうとした矢先、ギアッチョは喉の奥で小さくうなった。
と、口元にいきなりくすぐったい感触。私は驚いて唇を離す。どうやら、寝惚けた彼が私の唇を舐めたらしい。
息を殺していると、目を閉じたまま彼はかすかに身じろぎして、小さくつぶやく。

「ん……。マ、」
「……ま?」

何を言ったのか聞き取れなくてオウム返しに言えば、ギアッチョはゆっくりとまぶたを開いた。
眠気をはらんだ目と、至近距離で目が合う。私が「あ」と小さく叫んだのと同時に、彼の目が大きく見開かれる。
近付けた顔を離そうとすれば、その前に素早く伸びた彼の手が私の頭をがっしりと掴んだ。

「……何してんだテメー」
「……えっと、ごめん。つい」
「ついじゃねーよ」
「だって寝顔、可愛いんだもん」

からかい混じりに笑ってみたら明らかに不機嫌そうな顔をして、私の頬を思い切りつねる。
「痛い!」って言ったらギアッチョはうるさそうに顔をしかめて私から手を離すと、ずり落ちた眼鏡をかけなおした。
私は頬をさすって、またいつもの不機嫌顔に戻ってしまった彼をすこし残念な気持ちで見る。
寝顔にキスしたときに間近で見た彼の緩んだ顔も、私は結構好きだと思ったのに。

「……そうだ。さっきなんて言ってたの?」
「何のことだよ?」
「さっき、ま……なんとかって。キスしたときに」

言えば、彼はぴくりと眉をひそめ、そのまま黙り込んだ。

「どうしたの?」
「別にイイじゃねえか、ンなこと」
「隠されると気になっちゃうなー」
「ぜってー言わねえ」

険しい顔をして明らかに触れられたくないって声で言うから、私はなんだか余計にからかいたくなってしまった。

「なんなの?教えてよ」

ねえってば、としつこく問い詰めれば、ギアッチョはいらだったように頭までブランケットを被った。それを見て、私は小さく噴出してしまう。まるっきり、ふてくされた子供の反応じゃない。

「ちょっと、そんなに嫌がること?」
「うるせえ、寝る!」
「じゃあ私も寝る」

入ってくんなよと言われたけど構わず靴を脱ぎ捨てブランケットの中へもぐりこんで、彼の顔を覗き込む。
口付けたときに移ったのか、彼の唇からはさっき私の塗った口紅の香りがした。
ギアッチョの脚は私の脚をげしげし蹴っている。ちょっと、そこまで嫌がんなくたっていいじゃない。

「ね、なんて言ったの?」
「……」

彼の冷たい手を握り締めて訊くと、ギアッチョは私の口元に鼻先を寄せて、不機嫌な声で言った。

「甘ったるい匂いがする」
「ん、ここ?さっき口紅塗ったの。バニラの香りの」
「その匂いと感触のせいで、お前の唇を一瞬マ……」
「ま?」
「マシュマロだと思っちまったんだよ!」

これで満足かチクショウ!だとか喚いてギアッチョはすぐさま私に背を向けた。
私は一瞬理解が出来ずにかたまって、それから彼の背中に思い切り抱きついた。







きみのくちびるは砂糖菓子
(可愛いって言ったらブランケットから追い出されるだろうから我慢しとく!)






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