(視点.榴花)







 下校途中、突然眩暈に襲われて、まずいと思って道の端に避けようとした時にはもう目の前はぐにゃっぐにゃ。ちかちか点滅する視界と耳鳴りに立てずにいると、次に来る吐き気と指先まで凍り付くような寒気に座っている気力まで持って行かれる。手で鞄の中にある筈の薬を探そうとするけど、感覚がなくて上手く動かせない。

「…っ…」

 ガクガク震える膝が崩れた。

 いつもの帰り道は普段はほとんど誰も通らないような道路。だから、車に引かれたり誰かに見られたりってことはほぼないけど、その分助けも何も呼べない。どこの誰とも知れない奴に助けられるなんてまっぴらだけどさ、でも実際もう自分ではどうしようにも出来ないわけで。
 暑いのに寒い。胃の辺りがぽっかりなくなったようで、気持ち悪い。これは冷や汗?寒い。指先が、真っ白。
 何かを探り当てた指が掴んでいたのは画面が真っ暗な携帯電話。なんとか電源を入れて誰かを呼ぼうとしたけど、

 誰、に?

 あいつ、居ないじゃん。だって今は最近出来た『お気に入り』とやらと一緒にどっかに行ったから、
 ずる、と電話が手から滑り落ちる。

「……っ…」

 や、 ば い。 い し、 き、 が ………




「───大丈夫ですか?」

 耳元で、女の声。
 ぼやける視界の中で、黒い影が。





「………」

 …なんでこんなことになったんだろう。

「…何か、飲みますか?水なら持っていますけど……」
「………」

 顔を覗き込む青紫に、ふるふると首を振った。

 人気のない公園のベンチ。あたしが倒れたあの場所から、この公園はそう遠くない場所にある。らしい。通りかかったらしい誰か知らない人に薬を出してもらって、それを飲んだからもう大丈夫だって言ったんだけど。満足に座っていられないあたしを見て、せめて休める場所にとその人はこの公園まで背負って来てくれた。…荷物まで持ってくれて。
 …うん、そこまでは良かったんだけど。

「…………」

 ………なんで膝枕?

「…顔色がよくなりませんね……寒くないですか?」
「あ…いや…、…へいき…です…」

 いやもう、ね?体調は大丈夫(実際はまだ動けないけど)だけど恥ずかしいっていうか、なんていうか。見ず知らずの人に出会って五分も経たない内に膝枕させてるとか、心境的には凄く複雑…な、わけで。
 ………暁月には絶対見せられない。

「そう…ですか?…何かあったら言ってくださいね?」

 心底心配してくれているらしいその人は、…多分あたしより年下だ。着ている制服は、確かこの辺のどっかの中学のものだったと記憶している。…下校途中だったのかな。だったら災難だったなあ。道端で倒れてる人を見つけてしかも介抱しなくちゃいけなくなるなんて、災難以外のなんでもない。ほっとけば良かったのに。それともお人好しなんだろうか。

 おひと、よし。
 頭に浮かんだ影を振り払った。

「………名前」
「え?」
「呼ぶのに困る」
「…ああ……紫苑です。嵐紫苑」
「…そう。…榴花」
「るか、さん?」
「…うん」

 家名は言いたくない。相手も聞いてこなかったから、そのまま。

 ほんの少しだけ位置の変わった日陰を眺めながら、どこかで見たことのあるような紺色を、見上げる。
 彼女の顔に掛かる影が揺れる。ふわりと舞った髪の下から現れた、青紫の瞳が正面を見つめていることを確認して、


「………あり、がと」

 口の中で呟いて、目を閉じた。





(彼女の耳に、届いていないことを願って。)
(彼女の顔から目を逸らす。)






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執筆.秋冬さま

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