幸村が病気で倒れた。
そして1週間ほど前に入院した。




なんだかすごい病気で、テニスが出来なくなるだとか、手術をして助かるかも分からないだとか、助かってもテニスが二度とできないだとか、え?もう死んじゃうってきいたけど?だとか。
どこまでが事実で、どこから尾ひれがついたのかの判断もつかなくて全然意味が分からないが、とにかく大変なんだということだけは漠然と分かった。
気がする。

頭が真っ白になるというほどポカンとしたわけでもなく、かといって冷静に状況判断をし、さくっと行動に移せるほど意識がはっきりしていたわけでもない。
悲しいとか苦しいとか大丈夫かなとか心配だなとかあいつがそんな嘘だろーとかよりも、
ただ状況がうまく理解できないことが気持ち悪かった。


『難病』だとか『死』だとか、むしろ『病気』という言葉さえ中学生の私の世界では具体的想像をすることすら困難で、インフルエンザ以上に大変な病気なんてわかるわけもなく、どんな説明を聞いてもそれらは耳を掠めていくだけで私の頭に浸透してこない。
文字は頭上でばらばらに浮遊をし、連結をしない其れはなんの意味もなさない。


大体あんなに胡散臭い人間が病気になどなるだろうか。病気のほうが近寄りたくなくて進路変更しそうだ。私が病原体だったらそうするな、と考えてああ面白いなそれ。と思ったけれど、ちっとも口元の筋肉は緩まない。


真田に教えてもらった病院で看護婦さんに尋ねれば、当然のように病室に案内され、まるでずっと昔からここに居るんです。と訴えるようにしっかりとした文字で『幸村精市』という名札が収められている。
いまだ上手に状況を把握できない私はまさかそんな、と否定文句を頭に浮かべながら、やたらと汗ばんだ手で病室のドアを開けた。




「幸村」


「みょうじ」

幸村は病室のベッドの上で上半身だけを起こしていた。
読んでいた本に栞を挟み、閉じてから私と再び向き合う。

どうしたんだい?おどろいたじゃないか。
みょうじが俺の見舞いに来るなんて、思わなかったな。

幸村の言葉はいつも通りなのに、すべてが違和感だった。
ざわざわと足元から何かが這い上がってくる。
現実なのか、不安なのか、わからないけれど、そういった、何かが。


「…病気だってきいた」
意識せずとも小さくなる声がみっともなくて、たよりない。
幸村は窓の外に目線を投げた。
私は入り口付近から動くことが出来ないまま、幸村を見つめる。
まるで心臓が耳にでもあるみたいに自分の鼓動がうるさい。

どうして私がこんなに泣きそうになるんだろう。



「死んだことはないけど」

「え?」

「死ぬよりも辛いかもしれない、少なくとも、死んだ方がましだって思える出来事って本当にあるんだね」

たっぷりと時間をとってからやっと幸村が放った言葉に、

「そうなんだ」

と、なんの解決にもならない5文字をなんとか吐き出す。


「冷たいなあ。昔付き合ってた人間が遠まわしに死にたいって言ってるのに」

その一言に足がすくみ、心臓が収縮するように苦しくなる。
存在が限りなくゼロに近づく。自分と言う存在が体の中心をめがけて集束していくような、悲しみと苦しみが綯い交ぜになった感情。恐らくこれは恐怖だ。
死って何。そんな恐怖、わたし知らない。そんなもの、知らない。
そんな言葉を簡単に口にする幸村も、こんなにぎすぎすと軋むように話す幸村も、知らない。

ねぇ、幸村が立ち向かってる怖さって、悲しさって、苦しさって、これの何倍なの。




もしもわたしが幸村の好きな花でも持っていたら、ほんのすこしでも穏やかな気持ちにさせることが出来たんだろうか。
こんな悲しい言葉を言わせることもなく、聴くこともなく。
他の誰が使う言葉よりも、幸村が使う死というたった一文字が私の心を何よりも深く抉る。

何も持たない私は、目の前の人間を笑顔にさせることも出来ない。
安っぽいドラマみたいな会話と、やけに芝居がかったぎこちない演技が余計に苦しくさせる。




アイソレーション
学校にいたあの人は、真っ先に死という単語を使った人間を叱るような人だったのに。







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