「ヒカルの応援とー夏祭りとー花火大会とー潮干狩りとー黒羽先輩とヒカルとプールでしょー?オジイに貝殻アクセつくってもらってーあとヒカルたちと花火してー…今年も夏したねー」



おつかれサマーだの言うヒカルのぼそっとした発言を聞き流しながら、夕日でオレンジ色に輝く道路に浮かび上がるヒカルの黒い影を踏んで歩いた。


「毎年飽きないねえ、うちらも」
「秋がこない・・・」
「くだんねー」と私が笑うと、ヒカルは大人っぽく優しい表情で笑う。
私が笑うたびにヒカルは妙に大人びた表情をするから、私はすこし居心地が悪くなってしまって、ヒカルの目を見るのがいっとき苦手になる。

夏の象徴ともいえる蝉の声は日毎に勢いを失い、代わりにどこからか涼しげな虫の声が聞こえてくる。
いつのまにか夏が終わりに近づいていくなぁとぼんやりと考えた。
暦の上ではもうとっくに過ぎたけれど、夏の浮ついた独特の空気を、友達と学校はまだ持っている。
私とヒカルもまだ夏の残滓を引きずっている。けれど、やはり引きずっているだけだ。
私たちの間を吹きぬける海風は確実に秋の冷たさを含んでいるし、私とヒカルも、もう夏ほど無邪気ではない。


「明日から、衣替えだよ」

ぺたん、とヒカルの長い影を踏む。ヒカルの大事な腕のあたりだ。日に焼けた、一ヶ月前よりも黒くなった腕。
くるり、とヒカルが振り向いた。

「だから、夏も終わりなんだよ」

「うん」

海風にかき消されてしまいそうな、小さい声だなぁと思う。
ヒカルは騒がしいのだけれど、意外と声は小さい。


「今年の夏もさ、」

ヒカルは「うん」と小さく頷き、かすかに笑う。
ヒカルは、わたしが話そうとすると微笑みながら、しっかりと耳を傾ける。
それだけで、私の言葉はのどに引っかかってしまう。
何が言いたかったのかがすっぽぬけて、焦ってよくわからないことを口走ったりしてしまう。
おたおたしてほつれた二人の間を縫っていくみたいに、乾燥した秋風が弱く通り抜けた。


「・・・今年も楽しかったよね。いっぱい遊んだし」

「夏というか、お前といると、楽しい」

ふっとヒカルが笑う。
なんだそのドラマみたいな台詞。新しいギャグか。ちっとも面白くない。
そう思ってもなぜだか言葉にはならなくて、「・・・そうですか」と一言ぽそりとこぼして、ヒカルの影をこっそりと踏んづけた。
そりゃあ私だって、「私もヒカルと居ると楽しいよ」とでもかわいく答えられればいいのだけれど。


ヒカルはいつからこんな大人ぽい子になったんだろう。


黒羽先輩と居るとヒカルは本当に幼いけれど、同い年の輪の中に居るととても大人っぽい。とこの頃のわたしは思う。
去年は、もっと私たちの輪に居ても子供だった気がする。
ヒカルはまた、背が伸びた。歩幅がどんどん開いていくなぁと、ヒカルの影を踏みながら考える。流れるような髪だって、前はもっと触れる位置にあった。

きっとヒカルは知らないけど、隣のクラスの美化委員の子がヒカルのことを好きなんだよ。それに3年の先輩でもヒカルのことかっこいいって言ってる人いるんだよね。
ヒカルはその人たちと一緒にいても楽しいと思うんだろうか。
追及を求めない、この無言の間も、ヒカルとならとても居心地のいいものだけれど、たまにこんな時間がくるしくて、きゅっと目を閉じる。


ゆっくりと前を歩くヒカルはいまどんな表情をしてるんだろうか。
大人みたいな、余裕のある微笑みでも浮かべて、新しい駄洒落でも考えてるんだろうか。
それとも、少しは私のことを気にしてたりするんだろうか。


ひぐらしと鈴虫の声がごったがえしで耳にもぐりこんでくる。波音が聞こえる。ざわざわといろんな音がするから、どんなに深呼吸をしてもどうにも落ち着かない。

夏も、今日も、あと少しで終わる。明日はまた一歩秋に近づいていくんだろう。私とヒカルもまた一歩、間を開けて歩くんだろう。そう思った。

夏の私とヒカルの距離は、とても近い。
いつも隣を歩いていたし、手だって何度もぶつかるような距離にいた。

少しずつ、少しずつ、夏が終わるに連れてわたしとヒカルの距離もひらいていく。
去年も、今年も。

ねぇねぇヒカル。
今年の夏も私たちはずいぶん仲のいい友達だったね。



所在なく目を泳がせてから、ヒカルの小指に人差し指をひっかけてみる。



夏が終わる
そして新しい、秋が来る。





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