会うたびに不機嫌そうだね、と少し困った笑顔を精市が浮かべるから、私は精市をあまり見舞いに行かないほうがいいのかもしれないな、なんて考えていた。
それでも足は自然と病院に向かってしまう。
それがいいことなのか悪いことなのか、私にはよくわからなかった。



自動ドアを潜り抜けて、看護婦さんに挨拶をすると、まるで愛しいものを見つめるような笑顔で「仲がいいのね」なんて言う。
言うまでもなく私と精市のことを言っているのだけど、私と精市が仲がいいかどうかなんてこの人にわかるんだろうか。精市のことも私のことも何も知らないくせに、知った風に笑顔で見送る。
目を伏せると心までそっと閉じていく。
大人に対する穿った目線っていつから身につけたんだろう。
鋭くなる体と感覚を覆い隠すように頭を下げて、かばんを背負い直し精市の病室へ足早に向かった。
大人の女性と向き合っていると、自分の幼さをさらけ出しているみたいでいやだ。特に最近の私は、本当に子供で子供で自分の年齢に嫌気がさしてしまっているから余計に。


今日もまた精市の病室の前でなんとなく立ちすくんでしまう。
日に日に精市の心がすさんでいくのがわかる。
そして私はそれを見ていたくない。
私が精市にかけられる言葉なんてものはほとんどなく、精市が私にこぼせる愚痴なんてものもほとんどなかった。
それでも精市は苦しそうな笑顔を浮かべるから、きっとそんな表情を作らせるのは私だから、だから私は不機嫌になる。
たくさん言いたいことが頭に渦巻いているのに、何を言えばいいのか、何を言ったらいけないのか判断が付かない私は、また今日もどうでもいい天気の話なんかをするんだろう。
そう思うと自己嫌悪だった。

なんて情けない。


つま先に視線を落として、浅い呼吸を何度か繰り返す。
日に日に私は精市に合わせる顔を失っていく。精市を悲しませたくなくて、苦しませたくないのに、私はどうしても精市に切なそうな表情をさせてしまう。

きっと、精市は私の前では決して泣いたりなんてしない。たぶん、誰の前でも泣いたりなんてしないんだろう。精市はそういう人だと思う。

情けなさに涙が滲んだ頃、病室から漏れ出した嗚咽に、私は顔をあげた。
眼を凝らしてもドアの奥は透けて見えないけれど、それでも私は眼を凝らして、息を潜めて、耳を澄ませた。

くぐもった声と静かなしゃくり声に、私は精市が一人でいても誰にも気づかれないように泣いているのがわかった。
ゆっくりとその場を離れて、病院のなかを夢遊病者のようにふらふらと放浪していた私は、気づけば中庭まで出ていた。


空はとても高くて明るくて、日差しはじりじりと素肌を刺した。
なんだかすべてを嫌いになりそうな一日だった。
泣きたいような、怒りたいような、誰かが勝手に私の心に土足で踏み込んでぐるぐると感情をかき回しているみたいな不快感。
頭をすっきりさせようと飲んだオレンジジュースは濃すぎて喉にぺったりと膜をはり、余計喉が渇いた。
中庭のベンチに腰をかけながら、かかとで地面を叩いてみた。
今日も私は平和で、今日も精市はよくわからない病気と闘っている。ちくしょう、と思った。



「精市」

「うん?」

しばらくして病室を訪ねたら、精市は普段どおりだった。
さっきまでの涙の名残なんて微塵も残さない。その完璧さが少しだけ恐い。
私は言葉を飲み込んで、「なんでもないよ」と少し笑って答えた。

精市は、同い年だというのに私よりもずいぶんと大人で、しっかりしている。
まっすぐと私を見つめる瞳はとても澄んでいて強いし、私に向ける笑顔は優しい。
他の人が思うほど精市はきっと大人でもないし、完璧な人間でもないけれど、やっぱり精市はすごい人だ。私は確信する。


「今日はご機嫌だね」

「そんなことないよ」


それでも私は、一人で精市が泣いていることを知ってしまった。
精市は強くて大人で、だからこそ精市は全てをねじ伏せてしまう。それはとても悲しい。
そして私も精市も、ねじ伏せたそれを消失させる方法なんてしらない。
私が持っているのは、あらゆる物事を嫌うどうしようもない幼さだけだ。


「最近少し変だったから。嫌われたかなって思ってた」

「ありえないよ」

私が精市を嫌いになんてなるもんか。
私の世界は精市を中心に回っているのに。




あなたを嫌いになったんじゃなく世界が嫌いになったんです
精市がつらいなら、こんな世界あっさり消えてなくなってしまえ









お題≫君と歩く、


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