「ぶぇっくし」
「きたない」
あー…とおっさん臭い言葉をこぼしながらずびずびと耳元で雅治が鼻をすすった。



「すするなら鼻かめよ」
「鼻セレブじゃないと嫌じゃ」

知ったこっちゃねぇよてめーで買ってこいよ。と思いながらティッシュを差し出すときちんと一枚抜き取って鼻をかむ。
花粉症のときの雅治はいつもよりも素直で従順で子供ぽくて涙目で鼻声で、普段かっこつけて調子乗ってる分、小さい子みたいで可愛いなと思う。

花粉症じゃない私にはその症状がどれほど苦痛なのかの理解が出来ない。けれど、弱ってる雅治が可愛いから春って素晴らしいなぁと思っている。だって、こんなに打ちひしがれている雅治なんてインフルエンザにでもならない限り見られない。

雅治は「にゃー」みたいなよくわからない悲鳴を花粉症相手にあげながら、ひたすら鼻をすすり、救いを求める子供のようにべったりと私から離れない。
うなだれるように私の肩にあごを乗せて、コアラみたいに後ろから抱きくるめられるのはあたたかくて気持ちがいい。


「どんだけ私にくっついても花粉症は伝染しないよ」
「そんなん知っとるもんー」
「部屋の中にいるのに花粉症ひどいね」
「屋内とか屋外とかあんま関係ないぜよー」


ぎゅうっと背中から力いっぱい抱きしめられて私は目を閉じる。
鼻が詰まっていて口でしか呼吸が出来ない雅治の呼吸を耳元で感じて、呼吸も鼻声になるということを始めて知った。

シャツの隙間から手を忍ばせて素肌をなぞる雅治の手のひらに、反射のようにこぼれる声を喉の奥で殺した。


「…去年も花粉症だったっけ?」
「去年はちがう」
「ふーん…突然なるって本当なんだね」

その間も雅治の手はよどむことなく、反対の手はスカートの中に潜んで内腿を撫でる。
あーこれから今日もそういうことになるんだろうなぁと思いながら私の意識はゆるくかすんでいく。
ぼんやりと陶酔していく意識の中で、微熱のように上がる体温を感じながら、きっと花粉症もこんな感じなんだろうなと思った。

歪んでいく視界と、少しずつ乱れていく呼吸と、きゅんとした息苦しさと。

熱が内側にこもっていく。甘ったるい感情で末端まで痺れる手足。鼻声で囁かれるたびにきゅんと胸の奥がふるえる。


「15歳 抱かれて花粉 吹き散らす」

「は?」

「国語の教科書に載っとった」

「あー」

言われてみればあったようななかったような。なんともえろい俳句だとクラスの男子がわめいてたっけ。

「俺の花粉症はきっとなまえのせいじゃ」


不意に首筋を吸われたこそばゆさに思わず笑い声を上げると、かすれた声で雅治が楽しそうに笑った。

春の日差しが部屋に溜まって、室内は密度を高めて行く。
むせかえるような密度の空気に目を閉じて、鼻声で舌ったらずに愛を囁く雅治にそのまますべてを委ねる。



花 粉 航 海
淡い色彩の中で甘い意識が漂う






『15歳 抱かれて花粉 吹き散らす』は『花粉航海』に収録されている寺山修司の俳句

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