「嫌いになりたい」

「意味がわかりません」





「どうせいつもの気まぐれでしょう」

「んー…」

季節の変わり目はとても情緒不安定になる。秋はとてもさみしくて、誰かにしがみついていないとその寂しさを紛らわすことも出来なくて、冬になれば嫌でも物事は終息に近づいて行ってしまう。わたしばかりがその場で足踏みをしていて、ずっとこのままがいいなんて世界に見放されそうな駄々をこねている。

「…俺がなんかしましたか。それとも逆になんもしすぎませんでしたか」

わたしが何も返さないで居ると、不安になったのか日吉がぽつりと言葉を落とす。相変わらずふてぶてしい口調でありながら、少し切な気に伏せられたまぶたが震えている。アンバランスさが何よりもたまらなく愛しい。

「嫌いになりたい、だから『別れたい』とかとは違うんだよ」

「意味が…」

日吉は全てを言わず独り言を投げ捨てて舌打ちをする。こいういときだけ日吉は敬語じゃなくなる。そんな何気ない小さな仕種や癖のひとつでさえ好きすぎて困っちゃうんだからどうしようもない。


「わたしこのまま日吉と居たら死んでしまう」

「そりゃ人間いつか死にますよ」

「そういうんじゃなくてね」

どう説明したらいいのだろう。
とりあえず日吉の手を握ってみた。意外と日吉は体温が高くて、乾燥したてのひらは温かい。握り返す日吉の力はとてもささやかで、胸がぎゅっと苦しくなる。もともとそんなに強く握り返したりしないひとだけど、わたしは不安にしてしまったのだろうか。こんなに温かい手を持つ人を。日吉の骨ばった手を両手で握り締めると、いくぶんか日吉の緊張がときほぐれたような気がした。


「『嫌いになりたい』っていうことは今はまだそんな予定が考えられないほど日吉のことが好きって状態なわけでね」

道路隅に寄せ集められた枯葉を踏み潰す。ぐしゃぐしゃと乾いた悲鳴を上げて、それらは小さく砕けていく。


「だから今のうちに日吉を好きでいることをやめれば、まだ、なんとかなると思うの」

「なんですかそれ」

報道委員会で知り合ったひとつ下のえらく生意気なこの子はとても可愛くて真面目で努力家で、年下だからなんて関係なくあっという間にわたしの心のまんなかを占拠した。
「このままわたしは勉強をして、きっと一緒に居られる時間も少なくなるよ。わたしが高校生になったら、きっともっと一緒に居られない。考え方や価値観、世界だって変わる。嫌いになってもいないのに少しずつ共有できるものが少なくなって、『変だねえ。まだこんなに好きなのになんかもう私たち恋人じゃないみたいだね』みたいにさ。ドラマみたいな言葉とか言っちゃうの」

それなりに彼氏彼女らしい行事を経て、それなりにお付き合いを知っている人が居て、嫉まれたり僻まれたりもなくはなかったけど、わたしはとてもとても幸せだった。なにがどうなってここまでお付き合いにこぎつけたのかも今となってはよくわからないけど、恋愛比重を計る天秤は確実にわたしの受け皿の方が傾いていると思う。

「わたしの方が日吉をずっとずっと好きだからわたしから『ありがとう、さようなら』って言うんだよ。日吉は『そうですか。なまえさんがそう言うんだったら仕方ありませんね。結構楽しめましたよ、今までありがとうございました』とか言っちゃうの」

山ほど積もっていた枯葉の山はいつの間にか細かく砕けてぺたんこになっていた。靴下についた枯葉の破片がちくちくと布の上から私の足を攻撃する。


「韓国ドラマの見すぎです」

なんだそれ。
ぎゅ、と日吉の手を強く握ると今度はしっかりと握り返してくれた。


「それに俺の答えはそれで確定なんですか」
「うん。そう言う気がする」
「俺が嫌だって泣いて喚いたらどうするんですか」
「婚姻届持ってくる」
「恐るべき行動力ですね」
「逃がしません」

かさかさと足元の枯葉が風で揺れる。
たっぷりと間を空けてから、日吉が口を開いた。

「泣いて喚いたりなんてしませんよ」
「だろうね」
「でも嫌だとは言うかもしれません」
「よろこばせなんて聞きたくないよ」
「例え彼女だろうと相手の機嫌取るような人間に見えますか?」
「たまにはとるじゃん」
「そりゃあんたがどーしようもない時はね」

ふにふにと日吉の右手に視線をあわせ、両手で弄んでいると、突然あたまにぽん、と手を置かれた。それが何かのスイッチだったかのように、突然視界が歪みだす。

「…わたしってけっこういつでもどーしようもないでしょ」

「そうですね」

「嫌いになる?」

こういうことを聞くから男子は女子に嫌気がさすんだ。みたいなのを書かれた雑誌を読んだことがある。そのとき私はただの片想いで、ああ日吉はこういうこと言う子嫌いそうだよね、でも私には関係ないだろうしなぁ。いつか日吉にこんなこと言う子とか出ちゃうのかな、いやだなあ。なんて考えていたっけな。片想いのころから特別好かれなくても良いからせめて嫌われないようにしたいな、と思っていたから仮にお別れのときがきても嫌われるのだけは嫌だなあ。

「今のところその予定はないですけど」

「へ?」

ぐしゃぐしゃ。

「ひよし、あたまぼさぼさになる」

照れているのか、表情を見られたくないのか、下を向くように力を込めた手で頭を撫で回される。日吉が自分からこんなにスキンシップするのは珍しい。


「最初はどうだか知りませんけど」
「ん?何?聴こえない」

がさがさざわざわと枝にしがみつく枯葉をゆらしながら風が通り抜ける。

「なまえさんの方がずっとずっと俺を好きっていう時点でもうその話は間違ってます」

ふっと緩やかになった風が、足元の枯葉屑をさらさらと運ぶ。俯いて見ていたローファーに枯葉がこつんとぶつかって、両手でいじって遊んでいた日吉の手が一瞬で汗ばむ。


「いまなんて?」

「……べつになにも」

ぷいっとそっぽを向いて歩き出す日吉の右手を強く握りながら追いかける。

「ひよしー…」

日吉はわたしを喜ばせる天才だと思う。
多分日吉が何気なく言った一言は、他の誰かがわたしのために一生懸命考えて送ってくれるプレゼントよりあっさり私を有頂天にさせる。

まったく、と小さくため息をこぼしてごしごしと袖で私の目元をこする。

「……すぐ泣く」

「だって日吉が…」

「あーあーはいはい全部俺のせいです」

ほんっとに世話がかかる人ですね。と言いながらかすかに微笑む日吉の表情は、確かに私だけにしか見せないもののような気がする。日吉も私と同じくらい好きで居てくれたりするのかな。それは相当なレベルだと思うから、10分の1くらいでも満足できるな。だってカフスボタンが肌に当たらないように手の甲の方で涙を拭ってくれちゃうその優しさとかでさえ私を幸せでいっぱいにしてしまうんだよ。
日吉のどんな些細な行動でも呼吸を妨げるくらい好きすぎるもの。



夕凪サンセット
それともわたしが日吉を好き過ぎて単純なだけかな






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