瞼の上に憧憬のキス



「跡部は本当に馬鹿ですね」
「俺様にそんなこと言う女お前くらいだぜ?」
「今まで言ってくれる人がいなかったのね、かわいそう」

くっ、と咽喉の奥で笑い、目の前で眠りこける女の頬をつねってみる。
子供の頃から憧れ続けたものがあるとするならば、こいつに近いのかもしれないと思う。
それは何かが『足りない』というよりは、何かを『求めている』に近い。

自分の置かれた環境は極上だと自覚しているし、両親共に不自由を感じていたわけではない。しかし、心に氷を飼っているような、えもいわれぬ孤独が体を蝕むことも少なくはなかった。


「跡部は結構おかしいけど一応同い年の男の子だもんね」

そう言ったこいつの目には俺がどう見えるんだろうか。世界はどう見えるんだろうか。きっと息をのむほど鮮やかに違いない。今まで出逢ったことの無い人種であるこいつが鮮やかに見えるのは、きっとそんな理由だろう。
こぼれる前髪を梳いて、閉じた瞼に唇を落とす。
杯に満月を浮かべ月を手に入れる。と洒落るのはよくある話だが、そんなことで気持でも手に入るのならば、この目を舌でなぞれば、或いは。
ふっ、とらしくない考えに薄笑いを浮かべ女の頬を軽く叩く。
「いつまでも寝たふりしてんじゃねーよ」
「ばれてたなんて」
にやりと唇を吊り上げた表情はすべてを見透かしているとでも言いたいように悪戯に歪む。

だからこいつは面白い。



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