手の上に尊敬のキス



部活も終り部員たちがまばらに帰宅準備に入る頃、未だにジャージのまま駆け回る人がいた。
「あれ?日吉まだいたの?」
洗ったばかりのドリンクボトルを両手に抱えてその人は部室に入ってきた。
ガラガラとプラスチックがぶつかり合う音が部室に響く。ひとつひとつを丁寧にタオルで拭き、明日の練習のためにきちんと戸棚に直す。200も部員がいれば単純作業であろうと労力は半端じゃないだろう。多少の部員が手伝いにまわっているとしても、だ。
「どうしたのひよし?帰らないの?」
「ここ、怪我してますよ」
右手の甲に痛々しく刻まれた赤く滲んだそれを指差すと、「わ、ほんとだ。気付かなかったありがとう」と笑顔で答える。「絆創膏だけでいいかな、これくらいだったら」
ちょっとごめんね、と俺の背後にあった救急箱に手を伸ばし、絆創膏を取り出す。
「手の甲だったら自分で出来ないんじゃないですか。消毒してもいいですよ」もしよければですけど、と言うと「わたしみたいなマネージャーが部の備品を無駄に消費するわけにはいかないよ」とまるで当然のように言い放つ。
「そういう問題じゃないでしょう」
「そういう問題でしょう。だっていざ日吉が怪我とかしたときに包帯足りませんとか消毒液たりませんとかになったらどうすんのさ」
「そうならないように普段からチェックしてるんじゃないんですか」
「それはそうだけどね。でもそれとこれとは別」
器用に左手で絆創膏を取り出してみてはいるが、少し顰めた表情が困難さを物語っている。

「やってあげますよ」
「いや、大丈夫だって。日吉練習で疲れてるでしょ」
練習やそれに付随する疲れはあくまでも自分に向くものだ。補佐は相手のことを考えながら動き回るのだから、肉体疲労だけでなく気疲れだってするだろう。
「いいから」
「……じゃあお願いします」
少し強めに言うと、彼女はしぶしぶと手を差し出す。
「最初からそう言えばいいんですよ」
触れた手は小さく、水仕事を終え赤くかじかむ指先は氷のように冷たい。きっと冷えて感覚が鈍ったため怪我をしたことに気が付かなかったんだろう。
「ちょ、」
傷口に這わせた舌と唇に、心からの敬愛を込めた。




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