「日吉せんぱい、お誕生日おめでとうございます」
「あんたぶっ飛ばしますよ」



日吉の携帯に『私なまえ。今あなたの家の近くのコンビニにいるの』と電話をかけたのが4分前。部屋着に眼鏡にコートという出で立ちで駆け足気味にコンビニまで出向いてくれた日吉に心からの祝福の言葉を投げかけたら、ものすごい勢いでジャブが返って来た。

「そんな嫌そうな顔を見れるとは思いませんでした」

「こっちこそここまで気分悪く誕生日を祝われたのは生まれて初めてです」

「祝いたい気持ちは本当にあるの、すごくあるの」

「あーそれはどうもありがとうございました休日の夜のこの寒い中わざわざ出向いてまで祝ってくれてすごくうれしいです」
愛想程度の表情筋さえも動かすことなく、抑揚のない声で日吉が感謝を述べる。

「日吉は後輩系女子が好きそうだ…って聞きましてその…後輩ごっこをしてみようかなーなんて…」
「はぁ?どこのどいつがそんな入れ知恵したんですか」

日吉は面倒くさそうに短い息をひとつこぼした。
ため息は私の目の前で白く濁ると、やんわりと夜に溶ける。

「で。何ですか」

ささやかに吐き出された言葉は、そっけない割りにすごくやさしい。
仕切りなおしだ。と気合を入れなおして、見慣れない眼鏡姿の日吉にドキドキしながら誕生日プレゼントを差し出した。

「お誕生日おめでとうございます」
「まじめに言えるんじゃないですか」
「お菓子でございますの」
「どうも」
「手作りですの」
「そうですか」
「日吉のために作ったので絶対に日吉一人でたべてください」
「はあ……どうもありがとうございます」

素直な言葉に弱いのか、単純にやはり優しいのか、歯切れの悪い受け答えはきっと照れからだ。そろりと逸らした視線と小さな咳払いがわざとらしくて愛しい。ああ、好きだなぁとしみじみと感じると同時にぎゅうっと胸が苦しくなる。
私は日吉がたまらなく好きだ。日吉のこんな顔、絶対他の女になんて見せてたまるもんかと思う。
もっとも、私に日吉を独占する権利なんてものはないのだけれど。

日吉を好きな子は氷帝にいっぱいいる。
もしかしたら他校にだっているかもしれない。私が知らないだけで日吉だって恋をしてるかもしれない。

そうだとしたら。
その仮説に、私はいつも足ちどまり、地面を見つめてしまう。
そんなのはいやだ。認めたくない。

私の目から見たって、私のこの想いはとても可愛げがなく横柄に見える。けれど、どうしようもない。
そして私はふとおもう。
もしかしたら、こんな想いを向けられる日吉だって、同じものを感じているものじゃないんだろうか。と。

しんと立ち止まり見下ろした私の影はひどくまっくらで、奈落に続いているみたいだ。自分で作り出すその黒の濃さにぞっとする。

すたすたとコンビニに背を向けて歩き出す日吉を見送る。少し縮まったかなと思ったらまたすぐに距離が開いてしまう。
視力が悪いからいつも睨みつけるように目をつりあげるんだろうか、なんて思っていたけど、単純に私が嫌で不機嫌な顔をしているのかな、なんて考えてしまう。
私のこんな浅ましい想いくらい、日吉には簡単に見透かされているような気がする。

「…何しょんぼりしてるんですか」
「いや、そんなことは」
「あんまりボケっとしてると置いていきますよ」
「え?」
「…家まで送りますよ、遅いですし」

くるりと踵を返し、日吉はゆっくりと歩き出す。
それは細胞が活性化するような状態に似ていたと思う。
一瞬で愛しさが全身にこみ上げてきて、とにかくすましている日吉の背中めがけて全速力で駆け寄って思いっきり抱きついてしまいたい。なんて衝動だった。
しかし実際にそんなことをする勇気があるわけもなく、ちょこちょこと可愛い女の子ふりをして、2歩分の歩幅をあけて日吉のあとを付いていく。

日吉は一瞬で私をすくいあげる。
やっぱり日吉はやさしい。そういうところがすごくすごく好きだと思う。きっとそういうところを好きになったわけじゃないのに、いじわるぶってるやさしさがいつのまにかたまらないくらい好きになってしまった。

熱が顔に集まるのを感じながら、にやつく口元を両手で覆った。へらへらととろける様に緩む表情筋さえも可愛く思える。
頬を掠めていく冷たい夜風でも簡単にこの熱は奪えない。

私は日吉のどんな言葉にも手放しで安心してしまうくらい日吉が好きだから、たとえ日吉に好きな人がいたとしても、それが私じゃなかったとしても、そしてそれがとてもとてもつらくて苦しくて悲しくてもういやだなんて投げやりになってしまうほどの魔力を持っていたとしても、多分私は日吉の笑顔を一つ見てしまえば、泣きながら笑うんだろう。


「俺なまえさんの家分からないんですけど」

急に日吉が立ち止まり振り返ったので、私も思わず立ち止まった。
半端にあいた2歩分の地面を日吉はにらみつけ、私に視線を移すと白い息を吐き出した。
「あーっとね、えっと…この道を…」
その目に射竦められたのか、なんだか私は上手に言葉をつむぎだせずにたじろいでしまう。
日吉に呆れられる前に、しっかりと、と考えれば考えるほど頭がまっしろになって自分でも何を口走っているのかわからなくなる。
はぁ、とため息をついた日吉に気づいて、思わず口を閉ざしてしまった。

「…面倒なんで並んで歩いてください」
ぐい、と左腕を掴んで引っ張られたかと思うと、ずいぶんと近くでぱちりと視線がぶつかる。
息がかかるような距離に日吉の顔があって、私の思考は一瞬停止した。

「…なに見てんですかさっさと歩いてくださいどんどん俺の帰る時間遅くなるんですけど」
「すいませんすいませんすいません!」
「…謝らなくてもいいですけど」
「いやだって!そんなだって!」
「…はぁ?まぁなんでもいいですけどきびきび歩いてくださいよ」

もしかしたら日吉は、私が日吉にとてつもなくディープな恋をしていることも気づいてないのかもしれない。
こんなに分かりやすくあからさまに好きだと言っているのに。
今だって頭の中はまっしろで、指先がしびれるようにふるえる。
日吉を通り越して見えた星はちかちかと目の前でまたたき、くらくらするくらい頭に熱がのぼっているのに、表情ばかりがのんきにでれでれと緩んでしまってしかたない。

歩き方がぎこちない気がする。左半身が緊張していくのがわかる。この数分間で私の心臓は多分、1年分の鼓動をしている。

日吉にとってなんてことないことだなんて分かっているのだけれど。
さりげなく横顔を見つめてみても「あ?何かついてますか?」と威嚇されるだけでロマンスなんてどこにもないのだけれど。


どうしよう。私はまた、日吉をさらに好きになってしまった。
深くなのか高くなのかわからないくらい大好きで、どうすればいいのかわからなくて、今にも泣き出したくなるくらいに。
こんなにも私は日吉が好きだと、いまさら思い知ってしまった。
今ならなんだって出来そうな気がするのに、ちょっと手を横にそらせば、きっと簡単にその手には触れられるのに。

精一杯の勇気を持って日吉の小指に人差し指をひっかけてみる。
嫌そうな顔をされたらどうしよう、と思いながら顔なんてみることができない。笑えるくらい自分が情けない。

それでもきゅっと日吉が小指を握り返してくれたから、私はまた頭がまっしろになって泣きそうになってしまった。


「…日吉さんは射手座だから」
「はい?」
「いつもそうやって簡単に私のハートを撃ち抜いちゃうんですよ」




射手座の君が心を射抜く

「うわ、すごい顔された」
「真面目に恥ずかしいこと言われるこっちの身にもなってください」
「私はこうして日夜日吉のハートを射抜く努力をしているのに」
「こんなことで射抜かれるほど安かないですね」









2011.06
宇宙で一番日吉が好きという気持ちが宇宙から落下してぐしゃぐしゃになったものが、これです


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