Daisy Angel.4.









 宵が開け
 アンゼは朝一番に飛び起きて、朝食の支度を始めた。眠い目を擦りながら布団から出てきたマリアにはポークとサラダのバンズを、マンタイムにも同じものを用意する。朝食の支度を済ませた後は、急いでカソックに着替え、マリアを連れてトゥルームの元へと向かった。
 トゥルームが朝、何時に起きて動いているかは分からない。昨日からの勢いを保ったまま、迷惑を承知で彼女の家のベルを鳴らす。
 暫く間を置いた後、朝露に宿る陽光の様な彼女の瞳が、扉の合間から覗く。

 「………あら、珍しいお客さんね。何かしら?」

 寝起きなのか、すでに起きていたのか、彼女の言動は何れにしても予測がつかない。

 「先生、朝早くから申し訳ございません。…お力を借りることはできませんか?」
 
 唐突な懇願にトゥルームはわずかばかり瞠目したように見えた。数秒の間を取り持った後、首を傾げる。アンゼがここまで必死になるのは珍しい。物静かで消極的なのが取り柄なのはトゥルームもよく知っている。

 「珍しいわね、必死になる貴女も、頼みごとも。そんなに急ぎの用なのかしら?」
 「お願い致します…!どうしても、今日でないと、嫌なんです…っ」

 レターズフェス最終日。一世一代のワガママのつもりでアンゼは懇願した。両手を絡めて深く頭を下げた後、急激に恥ずかしくなって、顔が紅潮する。上昇する体温とは相反して、無理強いをしていることにトゥルームが機嫌を損ねていないかと、不安の波が押し寄せていた。足元から冷えてくる妙な居心地の中、「………内容次第では、次はないわよ。」と、静かに許諾をしてくれたトゥルームの言葉を聞く。その次には安堵が押し寄せて、目頭が熱くなっていた。


 あれこれと事情を話して、また頭を下げる。
 事情を聞く前に許諾してしまった以上、トゥルームが嫌がる素振りを見せることはなかったが、彼女が改めて「わかったわ、」と了承をくれるまでは、長く長く沈黙が保たれた。

 「ドロテーアにも、協力を要請しましょうか。」
 
 トゥルームがぽつりと零した打診案を聞くや否や、マリアは一目散に兄弟のもとへと飛び立っていた。




レターズフェス最終日 正午




 春爛漫の森が息する健やかな晴天だった。
 トゥルーム、マリア、アンゼ、それからドロテーアは、塔の屋上にいた。東西南北に柱をこさえ、屋根をつけただけの場所で、風に煽られながら、準備していた大量のチョコレートを運び終えたところだ。
 おどおどとしがちなドロテーアとおろおろしがちなアンゼが一緒にいると話に決着がつかずなんでも間延びする。そのたびにライナルトとマリアが口を挟み、トゥルームがすぱっと結論だけを切り取るバランスの良さで、なんとか話が進んでいた。奇妙なやりとりである。チョコレートを運ぶ役目を負ってくれたマンタイムとライナルトは既に階下へと降りて、街へと出ていた。
 あれこれと打ち合わせ、午前いっぱいかかって、作業を終えた。

「それにしても、よく思いついたわね。塔からチョコを飛ばして町中に届けるなんて。」

 チョコレートを相手にひたすら術式を組んでいたトゥルームが、作業の終わりが見えた頃にそうぼやいた。トゥルームのそばで鐘を見上げていたマリアは、ふふんと胸を張って誇らしげだ。

「そーよ!なかなか思いつかないことよ!なんだってマリアが教えてあげたんだから!」

 先日、空から石や花など、様々な形で「思い」を撒いたマリアは、アンゼにも同じ知恵を授けてくれた。思い切って実行に移したのである。

「そう…。チョコレートの数からして、それが得策かもしれないわね。」

 本を片手に術式を組んでいたトゥルームにしてみれば、チョコレートの多さに嫌気がさしていたのかもしれない。街を眺めていたアンゼは、恐る恐る振り返り、トゥルームを見上げた後、眉を下げて申し訳なさそうな表情で萎縮した。
 
「申し訳ございません…。」
「謝ることじゃ、ないわ」

 ぱたんと本を閉じ、杖を持ち直したトゥルームは、ヒールをこつりと響かせながらアンゼの隣に歩み寄った。手すりの傍に二人でたたずみ、森の向こうに広がる街を眺める。それは童話を切り取った一枚の絵画の様だった。

 「それだけ伝えたい人と、気持ちがあるということでしょう。声をかけてくれたことは、嬉しいわ。間然するところがあるわけじゃないのよ。」
 「先生、…」
 「ただ、段取りも大事よ」
 「はい…」

 再び萎縮したアンゼの背を、ドロテーアがなだめた。

 「まぁ、良いではないか。段取りも済んだし、わらわとトゥルームの力で準備が整ったのじゃ。あとは、アンゼ次第なのじゃ…。」
 「はい、…。頑張ります。」 
 
 アンゼは きゅ、と両手を絡め、チョコレートの前で意気込んだ。
 いよいよ始める気配を察すると、鐘をひたすら見上げ首を傾げていたマリアも振り返り、尾を揺らした。
 
 
 














『 多大なる感謝と 愛を込めて
  幸福を祈りますーーーーーーーーー  』




















「これは…?」

 その場にいた誰もが驚愕した。
 キラキラと眩い煌めきを放つのは、あの錆び付いた鐘である。新調したかのような、というよりも神々しさすら覚える黄金色の美しさに、誰もが目を奪われていた。
 鐘が光りだしたのを合図に、塔がきらびやかに光り出す。朝日を反射して尚、眩しい煌めきの中、屋上の床の石段がステンドグラスの様な鮮やかな文様に変化をしていった。それは透けて、光を通し、あの天使の壁画に注がれた。手を伸ばした最上段の天使を照らしていた。

 「何かしら…?唐突に、…」
 「これは、まさか…魔法?何かをきっかけにもとの姿に戻ったということか?」
 「…天使様、きれい…これは、…?」

 皆が口々に違うことを呟く中、祈りも忘れて壁画を見下ろすアンゼを見つけたのはマリアだった。
鐘の下で頭を抱えていたが、一人だけ目的意識を持っていたのか、「は!」っとして立ち上がり、アンゼの背中に抱きついた

 「アンゼ!何してるの!今よ!今!」

 マリアはアンゼの肩をがくがく揺すって耳元で騒ぎ立てた
 「え??」
 「いーーーーーまーーーーー!今が一番いい感じーーーーー!!」
 「は、はい!?」

 何が何だか分からないまま、アンゼは再び念じ始めた。相変わらずの狼狽っぷりを発揮してわたわたと落ち着くまで時間をかけたが、始めの軌道に戻るまでの合間にトゥルームとドロテーアの意識が戻って来る。再び魔法に手をかけると、カゴいっぱいのチョコレートが浮き上がり、手すりの向こうへと飛んで行った。

 それは街の方角へ、時折森の中へと降りて、そして海まで飛んでいく
 息を吹き返した塔の煌めきと、陽光に照らされるチョコレートを送り出す様に、鐘がゴォン、と鳴りつけた。
 その光景は、あまりにも尊いもののように思えた。


























嗚呼

天使とは
本来 花のように愛らしく
鳥のように軽やかに飛立ち
人々に一粒の愛を振り撒くような 存在なのかもしれない。

























 「終わったのう…」
 チョコレートが飛び立ち終え、最後の一袋が街の喧騒に降りて行ったのを見送り、ドロテーアが呟いた。

 「……ありがとうごさいます。もう、なんとお礼を伝えたら、…」
 成し遂げた後の充実感、幸福感、満足感、様々な感情が湧き上がる中、アンゼは立ち上がって深々と頭を下げた。鐘の下でステンドグラスと化した床を叩いて遊んでいたマリアも向き治り、ふん!と胸をそらして「いのしし鍋でいいわよ!」と声高々に踏ん反り返った。実働をしたドロテーアは微笑ましいものを見る目でマリアを眺めていたが、トゥルームは静かに義娘の出で立ちを眺めていた。何か説教でも始めるのかとひやりとしたが、やがて少しだけ微笑んだような空気を察すると、アンゼはようやくホッと胸をなでおろす。

 「……礼には及ばないわ。その代わりに、この鐘…今度調べさせて頂戴。興味があるわ。」
 一瞬で錆を落とした鐘。光るグラスの煌めきは礼拝堂にまで降り注いでるにちがいない。やっと教会らしくなったこの塔は、トゥルームにとって興味を引いたようだ。
 
 「勿論です…!むしろ、そんなに面倒をおかけして申し訳ございませんわ…。」
 「妾も興味はあるのう…。なんだか、まるで衣替えをしたようじゃ。これなら結婚式も出来るかもしれんのう…。」

 ぽつりとぼやいたドロテーアの言葉を聞くや、その場の全員が固まった。
 何を意図して固まったのか、アンゼには解らなかったが、赤面したり目を反らしたりしている魔女二人の姿を見ていると、鈍いアンゼでもわかることがある。
 


 「………では、お二人の結婚式は、私が取持たせて戴きますわね?」

 
  

 
 


 これが、私が求めた生きる道
 もう、誰かを待つことはしない

 私は私の在り方で、生きていくの。






fin.
 








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