*** 「いったぁぁぁぁい!!」 舞踏会の夜から数日、ファルルの足はローリングした尾を引いて真っ赤に腫れ上がっていました。あまりに痛くて家事もままならず、セツ王子に別れを告げたことも相まってヒステリックを爆発させ、ついにウリセスママもファルルに構うのを止めました。部屋に閉じこもってぴぃぴぃ泣く姿は兄を亡くした当初の灰かぶりそのものでした。 「ファルルよう、そろそろ立ち直ろうぜい。泣いても喚いても一夜限りのことじゃねぇか。そもそも夢みてぇな時間だったんだから、夢だと割り切って次のこと考えねぇとよ」 「うるさい!」 人型の姿からチンチラに戻ったモシナを捕まえると、泥団子でもこねるようひっちゃかめっちゃかにもふりました。鬱憤をもふもふにぶつけると、クッションみたいに壁に向かって投げつけます。ばいん、と跳ね返って転がるモシナは盛大にため息を突きました。 (今日もこんな1日を過ごすのかい・・・・・・) モシナがやるせない思いを抱き始めた矢先、ファルルの部屋の戸を開けて料理長が入ってきました。 「ほ、ほげ・・・・・・」 ぷるぷる震えながら戸の隙間から顔を出し、廊下の外を指さしました。すると片手では戸の重さに耐えかねてずるずると体が押され、料理長は首が戸に挟まって紫色に変色していきます。 「あんだよ料理長、来客でもきてやがんのか?」 モシナは起き上がり、料理長の首分の隙間から外を覗きました。すると、階下が何やら騒がしいご様子。聞き耳を立てると、驚いてファルルのそばに戻ってきました。 「おいファルル!! 王子が訪ねてきてるぞ!!」 「ふえ!?」 ファルルが戸を開けて玄関まで降りた時、料理長は土色の体を横たえました。 * 「この家に、このガラスの靴を履ける者はおらぬか! 先日の舞踏会に参加した娘の忘れ物だ!この靴を履くことが出来る者をプリンセスに迎える!」 人んちの玄関で声高々に宣言したキューレの手には、赤いクッション台に置かれたガラスの靴が輝いていました。その後ろには畏まったセツ王子が控えており、ずらりと並んだ二女義母の視線を一身に受けています。 「やぁっだすっごいチャンス到来じゃなぁい? あの靴が履ければ玉の輿なんてこんなチャンス滅多にないじゃない。なんとかして履きましょ!」 「とりあえず、3人交代で履くにゃ〜! まずはロッテの番だにゃん!」 家の構造として、玄関前にある階段から二階の廊下までは吹き抜けになっています。廊下の柵から顔を覗かせて玄関を覗くと、カルロッテとピノがあくどい笑いをこさえているのが見えました。ウリセスママはソファに腰を掛けて顛末を眺めています。 キューレは椅子に腰かけたカルロッテの前にガラスの靴を置きました。するとカルロッテの足のサイズは大きく、足の甲が入りません。ガラスでできているだけに柔らかく広がらないのです。 「ちょぉっと、少しだけ、数日で成長しちゃったかしらぁ・・・・・・」 「・・・・・・そういうレベルではないねぇ」 ごまかしが効かず引きつった笑いを浮かべるカルロッテの背後からピノが忍び寄り、肩に腕を回して抱きつきました。その右手には大きなナイフを持ち、 「入るように切っちゃえばいいんだにゃぁ💜」 「ちょぉっとぉ!? 何考えてんのよあんた!!」 無邪気な笑みを浮かべながら足の甲めがけて腕を伸ばすピノ。顔面蒼白でそれを拒んで足を揺らすカルロッテとの攻防が始まりました。 「だぁって、こんなチャンス滅多にないにゃん! 自分でも言ってたにゃぁ」 「そうだけど少し待ちなさーーーーーい!!」 「ああもう、ほんとに醜悪至極ですな」 目の前の攻防を眺めながらキューレは心底嫌そうな表情を浮かべました。肩越しに王子に視線をやり、「もう帰りませんか?」と訪ねます。 「この家ではありませんよ、セツ王子。ガラスの靴が履けたからとてこんな女たちはプリンセスにふさわしくありません」 「キューレさん・・・・・・」 確かにそうかもしれない。キューレの言葉の説得力に頷きかけたセツ王子ですが、その言葉を聞き逃すことなくピノが眉を寄せました。 「男に二言はないにゃ〜〜! 王子ともあろうお方が、一方的に口約を反故にする気にゃ?」 「貴方、随分お口が達者だねぇ」 ギルドで交渉をする機会もあったピノは徳になることにはがめついのでした。キューレも眉を寄せて言い返そうとした時、ぐぐ、と言い淀んでいたセツ王子がぽつりと 「確かに・・・・・・、一国の王子が一方的に言葉を取り下げるなどあってはならない・・・」 「王子!?」 責任感の強い王子はピノの言葉を鵜呑みにするしかありませんでした。焦るキューレを余所にピノはにんまり笑い、「そうこなくちゃにゃぁ💜」と声を弾ませながらカルロッテの足にナイフを押しつけます。 「いったぁああああああい!!!」 一部始終を二階の廊下から眺めていたモシナとファルルは真っ青になっていました。 「ど、どうするんでいファルル! 王子がカルロッテに取られちまうぞ!」 「そんなこと言われてもぉ・・・・・・」 「大体、あの靴はお前のもんだろう!! 早く履いてこい!」 「足が腫れちゃってるから無理だもぉん!!」 「うううおおおおおおおおおおお!!!!」 二人であわあわもだもだ。狂気にも見えるピノの所業にもガラスの靴の存在にも完全に困惑していました。そもそもセツ王子がやってくるだなんて想定外で、ファルルはパンク寸前です。 「全く、人ってのはどうしてああも欲に負けるのかね」 「うわ!」 いつの間にか背後に立っていた魔法使いマルスの言葉に驚き、モシナとファルルは飛びはねてしまいました。 「こんな所に隠れていないで出て行って靴を履いてきたら済む話だろう? 何をしているんだね」 「ファルルの足は怪我で腫れ上がって靴なんか履けねぇんでい」 「だったら治してやればいい話じゃないかね?」 マルスは懐から魔法の杖を取り出しました。 「問題は、ファルルがセツ王子のプリンセスになる覚悟があるのかどうかだろう。靴を持ってわざわざ探し回っているということは、あっちはお前を選びたいのかもしれん。どうするんだね? 早く決めんと最悪の顛末になる」 「う・・・・・・」 最悪の顛末。 足を切られてセツ王子に嫁ぐカルロッテ。そして好きでもない女を娶るセツ王子。 これは幸せな顛末とはほど遠いはず。 だけど、自分が出て行ってどうなるでしょう? 本当にそれでいいの? ファルルは鳥羽の耳を引っ張りながらまた泣きそうになりました。起こっていることがファルルには大きすぎて処理するのが困難です。その姿を見たモシナは小さく肩を落とし、首をふるふると横に振ります。マルスも仕方がなさそうに魔法の杖を掲げました。 「仕方がないね、こうなったら怪我を治して送り出してやろう。ビビd」 「ふぇ!? あ、 だ、・・・・・・駄目ぇ!!」 魔法の杖が振られる気配を感じ取り、ファルルはマルスの腕に飛びかかりました。唐突のことで驚いたマルスの腕から魔法の杖がポロリと落ち、それをファルルがつかみ取ります。次の瞬間何を思ったか、ファルルは魔法の杖をガラスの靴めがけて投げつけてしまいました。 がしゃぁん!と音を立ててガラスの靴が砕け散る音が響きました。 「あ、・・・・・・」 「にゃあああああああ!!!」 「なんてことを・・・・・・」 「oh・・・・・・」 皆、口々に落胆の色を浮かべます。杖が飛んできた方向にいる泣きべそをかいたファルルを見つけるや否や、それぞれが不満と困惑の表情を向けてきました。 しかしヒステリックスイッチが入ったファルルには全員カボチャ人間も同様です。 「王子の馬鹿!! そんなプリンセスの選び方でいいの!? 本当に愛せる人と出会うまで無理矢理結婚相手なんて見つけたくないって言ってたくせに、靴履いたらお嫁さんってなんなの!? そんなんだったら初めからそうすればいいじゃん!! 靴フェチなの!? 何なの!? 王子なんか、もう、靴フェッチーノ馬鹿にゃんこ!!!」 きゃんきゃん騒ぐファルルの幼稚な悪口付きのヒステリックに、一同静まり返ります。 「な、なぜその話を・・・・・・?」 「セツ王子・・・・・・」 『靴フェチなの?』という的外れの突っ込みをあえて封じ、キューレは王子の動向を見守ります。セツ王子は数歩前に出て二階にいるファルルを見上げ、目を懲らしました。 「もしかして、貴方が舞踏会でお会いした、ファルルさん・・・・・・?」 「王子・・・・・・!」 二人の間に舞踏会の楽しい記憶が蘇り・・・・・・ 「ないないないない!!!あり得ない!!!あの子はうちで留守番してたのよぉ!?」 「あんな汚い灰かぶりが舞踏会に入れる訳がないにゃ――――!! 他人のそら似の同姓同名のどっかの知らないファルルだにゃん!!!」 蘇りかけたところで姉二人の剣幕に負け、セツ王子は後ずさります。般若のような顔をしてセツ王子の前に立ちはだかる女の形相たるや恐ろしいものがありました。 「あーあ、勢いに押し殺されてらぁ・・・・・・」 モシナがどうにもならないカオスな展開を眺めながら苦笑しています。 「収集がつかないねぇ」 マルスも同感でした。あぐあぐ泣き散らかしているファルルはマルスのシャツで涙を拭い、子供泣き状態です。 「い、いえ・・・・・・! ここは引きません!! あのお嬢さんは他人のそら似のファルルさんではない筈です!!!」 後ずさったことで背水の陣にでもなったのか、セツ王子はキリ! と意思を固めた表情で仁王立ちをし、ファルルを指さしました。 「あの足の怪我は、舞踏会の夜に階段からオリンピック金メダル級のローリングを見せてくれた証!! それは間違いなくそこにいるファルルさんです!!」 ビシィ! と揺るぎない事実を突きつけられ、姉たちはどう返していいか分かりません。ぐぅの音も出ずにそれぞれ顔を見合わせている中、セツ王子は階段を上がりファルルの所まで向かいました。 「違いますか? ファルルさん!」 「ほえ・・・・・・王子・・・・・・どうして?」 「あの夜、貴方は他のどの女性にもなかった気遣いを私にくれました。私が幸せになることを心の底から願ってくれた。そんな女性は初めてで、あの夜から貴方のことが忘れられませんでした。だから貴方を迎えに来たんです。私のプリンセスになって下さいませんか?貴方を愛しているんです」 王子が膝をついて手を差し出します。ファルルは泣きべそばかりの表情に赤みが差し、ぶわわと鳥羽がふくれました。 「だって、ファルルはこんなに鳥の羽が生えて汚くて・・・・・・」 「美味しそうで可愛いです! 私も半獣なので、お互い様ではないですか!」 「猫ちゃ・・・・・」 「猫じゃありません!」 ようやく突っ込むところを突っ込み、セツ王子は胸を張ります。いつまでもマルスにひっついてもだつくファルルを見かね、マルスは「ビビデバビデブウ」と呪文を唱えました。するとファルルはあの夜と同じドレスをきた美しい姿に変身したのです。 「わぁ!」 「やっぱり!貴方は人力車で現れた私のプリンセスですね!」 その姿を見るや否や、キューレも姉たちもウリセスママも驚きを隠すことが出来ません。そして美しい姿に変わったファルルはようやくセツ王子の手を取ることができました。そしてマルスの手によってそっと背中を押されます。ファルルは惜しむようにマルスを見上げましたが、マルスが柔らかく微笑んでいたので、瞼を瞬きました。 「おめでとうプリンセス。約束通り、君がプリンセスになるまでを見届けることが出来たね」 「天使様・・・・・・あの、ありがとうございます! 天使様の魔法のおかげです!」 あの夜、可愛くなる魔法をかけてくれなかったら、舞踏会にも行けなかった。自分に自身がないままだったら、一生籠の鳥だったかもしれない。それを変えてくれたマルスへの感謝を込めたつもりだったものの、マルスはゆっくり首を横に振りました。 「魔法の呪文はね、『ビビデバビデブー』だけなんだよ。だからあの時、俺は魔法を掛けていないのさ。君が自分で変わろうとしたからこそ得た結果だって事だね。俺は横からベンツが欲しいと嘆いただけの事」 「え??」 ファルルの裏返るほどの驚いた声に肩を揺らして笑い、マルスは光の中に消えていきました。 『これで分かってくれただろう? 主は常に君を愛し、君の歩む先に彩り豊かな道を敷くのだと 少しのきっかけ、少しの言葉、少しの選択で未来が変わるということ 魔法なんてなくたって、大抵の幸せは君の手で掴むことが出来るのだよ おめでとうプリンセス・ファルル。君の幸せだけを願っているよ』 むかしむかしのお話。 醜くかわいそうな灰かぶりは、プリンセスとなって王子に迎えられ、幸せにくらしました。 めでたしめでたし。 [mokuji] [しおりを挟む] |