シンデレラ!2






 





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ファルルがはっと我に返った時、モシナがマルスに歓喜の抱擁をしていました。ぐりぐりもふもふ頬ずりし、ひとしきりの喜びを爆発させていた様子を目の当たりにしました。自分も同じくらい喜んでいいはずなのに、何故だかその気になれません。あまりにもびっくりしてネガティブだった感情が払拭されたのも一瞬で、少したてば意気消沈していた心持ちがぶり返し、ファルルの温度は下がっていきました。
「というわけで、この魔法の杖を一振りすれば、君は素敵なレディになれるのだよ。さぁ、なりたい自分を思い浮かべてごらん。この魔法で叶えてあげるからね」

なりたい自分・・・・・・

 ファルルはうーんと腕を組んで考え始めました。

なりたい自分とは何でしょう? 

 キラキラでふわふわで、童話に出てくるようなお姫様を思い浮かべます。彼女たちはどうしてあんなにキラキラで生き生きしていて愛されているのでしょうか? どうして自分はこんなに自信が持てないのでしょうか。

「魔法でキラキラしたお姫様になれるのかなぁ?」
「ドレス、アクセサリー、髪のセット、メイク、煌びやかになる為なら何でも叶えてあげるがね」
「ううん・・・・・・」

 確かに、見た目からキレイになりたい。この耳の羽も汚いし、体中に生えている羽も汚らしいと言われて嫌いでした。この羽がかわいいと言ってくれたのは兄だけ・・・・・・。優しい兄の姿をいつも思い浮かべて恋しがるのはもう癖になってしまいました。しかしあの頃の自分はこんなに卑屈だったでしょうか?

「昔はなぁ〜、ファルルもお姫様だったのになぁ」
「へ?」
 やれやれと肩をすくめながらモシナは言いました。
「お洒落だって楽しそうにしてたじゃねぇかい。リボンつけたら兄の所に走って行って可愛い?って見せてよう。あのときはなぁ〜、ベルホルトが1年中お前のことを可愛い可愛いって甘やかしてたからなぁ・・・・・・」

 そう、ファルルはお洒落が好きでした。可愛いと言ってくれるからこの羽も好きでした。マルスみたいに真っ白な羽じゃなくても兄は褒めてくれたから。それが嬉しくてドレスも自分で作ったし、貝拾いをしてアクセサリーを作ったり、女の子が好きなことはみんなしました。そんなファルルが可愛いと、近所の人もみんな褒めてくれました。
 けれど兄がいなくなってから、ファルルは何も手に付かなくなりました。お洒落もしなくなり部屋から出ることもなくなりました。見かねた父が新しい家族を連れてきた時も、ファルルは悲しみに明け暮れた挙句に義理の家族たちを突き放してしまいました。そしてウリセスママは「なんて生意気な子」と罵り、灰かぶりとしての日々が始まったのです。

「もしかして、ファルルが灰かぶりなのは自分のせいなのかな・・・・・・」

(だけど今さらどうしろというの? 何を悔やんでもこの現実は変わらないのに)



「レディ、君が悲しみながら生きていくことも、こんな風に虐げられて生きていくことも、死んだ兄は望んでいないよ。もし舞踏会に行くことが出来たら、君の人生は変わるかもしれないね」
 マルスは柔らかく語りかけました。ファルルは俯いていた顔を持ち上げて、マルスの金瞼を見上げます。
「・・・・・・本当?」
「本当だとも。心を閉ざした君が一歩踏み出す最高のチャンスになる。そしたら道が開けることだろうね。もし君が変わりたいと願うなら、俺は今から君に、『可愛いくなる』魔法をかけよう。君は今からあの頃みたいに、たくさんのお洒落をする。キレイになる努力をたくさんしたら良い。今宵だけは君の努力を俺が保証してやるからね、そして俺は君が『プリンセスになる』ことができたら、魔法使い冥利に尽きるというものだ」
「ほ、ほんとう!?」

 今度こそファルルは飛び上がってマルスを仰ぎました。マルスは隻眼をゆがめてもちろんと微笑みます。感極まったファルルは両手をぐっと突き出し、「お願いします天使様!」と膝をついた。マルスは魔法の杖を掲げます。
「メルセデスベンツ、メルセデスベンツ、ミソジマデニメルセデスベンツ、ファルルよ、可愛くなーれー」

 マルスの超棒読みな詠唱が終わるとあたりがキラキラと輝き始めました。煌めきはファルルの頭上から降り注ぎ、希望の光となってファルルの目に映ります。その光を浴びた途端、ファルルは動き出しました。
「ファルル、お風呂に入ってきます!!」

 猛ダッシュで浴室へと走って行くその背中を、モシナとマルスは微笑ましく見送りました。


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「いいかねファルル、メイクっていうのは塗ればいいってもんじゃないんだが・・・・・・」
 風呂から上がって体中をキレイにしてきたその後の時間はあっという間に過ぎていきました。隠していた化粧品を引っ張り出し、下地からベースメイクからマルスの手によってあれよあれよという間に完成していきます。ピンク色の春らしい甘みを乗せた瞼、唇、それが済めば髪をセットするところまでトップメイクアーティストの如くマルスは働いてくれました。「聖なる従属たるもの、主の為に化粧も出来なくてどうする」とぼやきながらドヤ顔をしていましたが、そんなものよりもファルルはドレスが心配でなりませんでした。
 タンスから引っ張り出したピンクのドレスはモシナにかじられてちぎれています。相変わらず不格好でしたが、なんと料理長が調理場から持ってきたラッピング用のリボンを縫い付け、アンシンメトリーなデザインに見せるように纏めてくれました。左の脹ら脛が捲れてしまいましたが、足首にお花のアートを飾ることで可愛く見せることが出来ました。
「可愛いじゃないかね、女の子はこうでなければいけない」
鏡に映ったその姿は昔のファルルそのものでした。いいえ、昔のファルルよりもとても可愛く見えました。それは魔法のせいなのでしょうか?

「すごい、これなら舞踏会に行ってもいいかもしれない!天使様、ありがとう!」
「お礼はまた今度にしよう。さぁ馬車を用意するとしようか。モシナ、カボチャの用意は出来たかね?」

 ドレスを纏ったファルルとともに家の外に出てみると、モシナはカボチャを用意して待っていました。しかしここで困ったことが起きました。カボチャがとても小さかったのです。
「あんにゃろう、ピノが勝手に食いやがったにちがいねぇ! こんなちっこいモンしかないんじゃしょうがねーだろうが!」
「ネズミも足りないのかね?」
「町に行けば、獣っぽい野郎はそれなりに居るけどよぉ・・・・・・」
カボチャの馬車を作るには材料不足でした。馬車を捕まえようにも、舞踏会がある以上町にいる民間の馬車を捕まえるには時間が掛かってしまいます。マルスは仕方なく、いいえ、意を決して、魔法の杖を構えました。
「時間がないんだ、一か八かやってみるかね。ビビデバビデブー、馬車になーれ」

しゃららら・・・・・・

 マルスの棒読み魔法がキラキラと光を放ちカボチャとモシナを包みます。まばゆい光が止んだ後、ファルルの目の前に現れたのは、――――







人力車とはっぴを着た人型のモシナでした。




「・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・」









人力車とはっぴを着た人型のモシナでした。(二回目)






「さっきメルセデスベンツだの言ってて出てくるのがコレかよ畜生がああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


ファルルはものすごい馬力で走り抜ける人力車モシナの荷台に乗り、舞踏会まで急いで向かいました。
「その魔法は0時には解けてしまうからね!」

 遠のくファルルにマルスは声を張り上げます。
「ありがとう天使様! お留守番と夜食のご準備をお願いしまあす!」
「うん?!」

 そう、マルスは気づいてしまったのです。ファルルを送り出してもまだ仕事が終わらないことに。お留守番を押しつけられているということに気づいたとき、モシナとファルルの姿はすでに見えなくなっていたのでした。






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