むかしむかし、とあるリベアム国の小さな街角に、ファルル・シンデレラという少女が住んでおりました。ファルルは早くに兄を亡くし、義理の母と二人の姉たちとともに暮らしておりました。 「やい灰かぶりのファルル!! 廊下が汚いだろうが! 早く掃除をしな!」 「ファルルおなかがすいたにゃ〜〜! 早く御飯にしてくれないと、お前を食べてしまうにゃー!」 「ちょっとファルルぅ!? 庭のプールが全然キレイになっていないじゃないの! 水抜きしなさいって言ったでしょぉ!?」 「ご、ごめんなしゃい・・・・・・」 長女カルロッテ、次女ピノ、そして義母ウリセス・・・・・・。3人の意地悪な義理の家族は毎日毎日、ファルルを虐げこき使いました。哀れなことに、そんなファルルを救ってくれる人間は家庭内にはおりませんでした。 ファルルは毎夜、泣きました。屋根裏部屋にこもり、汚らしい羽が生えた耳も背中も頭巾で隠しながら、窓の外にぽっかりと浮かぶ空を見上げ、月の光に死んだ兄の遺影を照らします。写真の中で柔らかく微笑む兄だけが、ファルルの涙を拭ってくれるよう。 「う、う、お兄様・・・・・・ファルルはもうやっていけません・・・・・・」 もとより口下手で引っ込み思案のファルルは兄がいなければ何もできませんでした。見よう見まねの家事も怒られてばかり。悩みを打ち明けられる唯一の友達と言えば、チンチラのモシナやフェアリーの料理長だけ・・・・・・。彼らはいじめられるファルルを見かねてたくさん手を貸してくれました。それゆえにファルルは彼らにだけは心を許すことができたのです。 今宵もファルルはチンチラを抱っこし、料理長が横で初期微動を起こす気配を感じながら、3人で夜空を見上げました。 「あーあ、童話みたいに王子様がやってきて、ファルルを連れ出してくれないかなぁ・・・・・・。でもこんなに汚いファルルじゃぁ、王子様は見向きもしてくれないかな」 兄と過ごした愛しき日々は記憶の彼方。それを思ったところで現実が変わることはありません。 王子様なんて夢のまた夢。 寝ても覚めても日常は厳しいものばかり。 ファルルは肩を落としたのでした。 ** そんなある日。 朝から義母と姉たちがやたらと忙しそうでした。あれやこれやと動き回っている様子に気づき、ファルルはそっと様子を伺いました。 「ちょっと! ベルトが届かないじゃないの! 新しいのを持ってきな!」 「お母様の腰が太いからだにゃ〜」 「牧草でも巻いときなさいよ、牛なんだから」 姉たちは義母ウリセスには辛口でした。 「あ、あの・・・・・・お昼ご飯の支度が・・・」 柱の陰から顔を覗かせ、恐る恐る報告をすると、耳にアクアマリンのピアスをつけているカルロッテが作業片手に振り返りました。 「ランチならいらないわよ、今日はこれからお城の舞踏会に行くんだから」 「お、お城・・・・・・? 舞踏会??」 「王子様が、お嫁さん探しをかねて舞踏会を開くんですってぇ!うっふっふ、玉の輿〜ってね〜」 「お姉様、海軍の彼氏はどこ行ったにゃ?」 「今は喧嘩中だからまた後で。あんたこそ、パン屋どうしたのよ」 「パン屋と結婚するよりも王子と結婚した方がおいしいものがたくさん食べれるにゃ〜〜」 堂々と浮気宣言の二人の義姉を眺めつつ、ファルルは何ともいえない表情を浮かべていました。しかし、王子様の舞踏会という言葉がすぐに脳内を満たしていきます。それはつまり、とてもきらびやかなパーティに違いないのです。 「ぶ、舞踏会・・・王子様・・・」 ファルルは手を組み、まだ見ぬ王子様を思い浮かべます。きっとキラキラで格好良くて、お城は大きくて・・・・・・それは童話のような空間であることでしょう。夢見るファルルの乙女心がむくむくと膨れ上がり、思わず顔がにやけました。 が、 「この灰かぶり!! お前は留守番だよ!!!」 ばし!!!とウリセスママから腰に巻けないベルトを投げつけられて我に返りました。 「いたぁい!」 思わず頬を押さえてウリセスママを睨むファルル。この今にも爆発しそうな泣き顔を見つければ、本編ならばここでママが引くのですが、今回はパロディということでウリセスママも横柄です。フン、と鼻を鳴らし、化粧をして化け物みたいになった顔面をファルルに近づけて言いつけました。 「いいかい!? 今日は私たち、深夜まで帰らないからね! 私たちが帰ってきたらちゃんと鍵を開けて迎えられるように起きてるんだよ!! 先に寝たら1週間ご飯抜きだからな!」 「ふええ・・・」 ぶわわ、とファルルの鳥羽が膨れ上がりました。あまりのショックで後ずさりをした後にぺたんと床に腰を落とします。それを見ていたチンチラのモシナがそっと寄り添い、チと舌打ちをしました。 「てやんでい、自分が玉の輿になることしか考えてねぇって感じだぜ・・・・・・」 義姉は王子との一夜を夢見て、義母は娘たちを王子に見初めさせようと必死のご様子。しばらくすると姉たちは煌びやかなドレスを身に纏い、颯爽と城へ向かっていきました。 遠のく馬車を窓から眺め、ファルルはぐすりと鼻を啜ります。 「う、う、う、・・・・・・ファルルも行きたい・・・・・・王子様に会いたいよう・・・」 「ファルルよう、いっそのこと城に行っちまおうぜ、ドレスの1着くらいお前も持ってるだろうが」 「ドレスはこの前、モシナがかじっちゃったじゃあああん!! ファルルのピンクのドレスー!」 「oh・・・・・・」 兄がまだ生きていた時、ファルルは毎日キレイなドレスを纏っていました。ピンク色のふわふわのドレス、背中がぱっくりと割れてそこにはちょこん生えた羽が覗くかわいらしいドレス。しかし、兄が死んで父が再婚した後、それらもすべてあの意地悪な義母に回収されてしまったのです。取り返しに向かってくれた筈のモシナですが、「ついうっかりねずみなもんで」を発動し、前歯のケアがてらかじってしまったというのでした。それでも捨てられずにタンスに仕舞われたままになっていたことを思い出し、改めてドレスを引き出してハンガーに掛けてみたものの、やはり不格好で、ファルルは肩を落としてしまいました。 「もう、・・・・・・無理かなぁ・・・・・・」 汚いドレス、汚い羽、汚い見た目。鏡に映る自分はどこをとっても自信が持てません。ドレスを纏う姉たちの美しさ、堂々と胸を張って生きる長女カルロッテの邁進たる生き方、天真爛漫で奔放な次女ピノ・・・・・・。比べてみれば内向的で自分に自信が持てないファルルが虐められるのは当然なのかもしれません。あまりに違い過ぎる人間性。王子様だって、彼女たちが良いと思うに違いないと思いました。 ファルルはぽろぽろと涙をこぼしました。何をしたところで自分は駄目なのだと思ってしまうのは、どうしてなのでしょう。 しかし次の瞬間、床に落ちた涙が呼び寄せたかのように、ファルルの背後に神々しい魔方陣の軌跡が現れました。 ごぉん、とまるで教会の鐘を思わせるような荘厳な音が響きます。モシナとファルルは振り返り、さっきから無関係に揺れていた料理長が風圧に負けてコロコロ転がっていく最中、光の中から現れる男の影を見つけたのです。 「ふわ・・・・・・!?」 光が止んだ時、自分の目の前に立っている紳士を見上げてファルルは頬を赤めました。 シャンパンゴールドの煌めく髪、隻眼を隠す眼帯、そして獣のような金瞼・・・・・・天使を思わせる大きな白い羽を持っているその男は、ファルルの前に膝をつき、ふわりと微笑みました。 「ご機嫌よう、哀れな子羊、小さなプリンセス。随分とお困りの様だね」 「ふ、ふわ・・・・・・王子様・・・・・・!?」 どこから見てもキラキラでふわふわでしゅっとしていてかっこいい。ファルルは瞼をキラキラと輝かせながら手を組んで見上げますが、男は首を振りました。 「君が望むなら、此処で王子の真似事に興じても構わないがね、残念ながら君が求める王子を演じるには財力に欠ける。今宵は魔法使いの真似事をしに、馳せ参じた次第。君の為にね」 「ふぁ、ファルルの為・・・・・・?」 「俺の名前はマルス。君を舞踏会に連れて行って差し上げよう」 「!」 ファルルとモシナは口をあんぐり開けて固まってしまいました。 [mokuji] [しおりを挟む] |