Knock.2






 





客人を部屋に通し、自室に戻るかと思いきや、足先は再び吹き抜けの玄関へと向いた。




10分も前と同じ様に、2階の廊下から吹き抜けの玄関を見下ろした。
来客が来ることなんぞは珍しくも無い。拒もうが何しようが蹴り開けてくる輩も居たのだから、そんな事は構わないのだが、只1つ気になったのは、この城という場所が、妙に懐かしいという感覚だ。2階の手摺の傍に立っていると、何故か懐かしい気分になる。前にもこうやって誰かを待っていた気がしてならなかった。そんなあやふやな記憶の中に自分の居場所を見出したって仕方が無いのだが、何となしに考え事をしようと思うと、自分の部屋に要るよりも捗る気がしていた。

客人を招くというのも、初めてではない。そういえば、あの部屋に通したのは5人目だ。
ティアラと近靖に、ノットに、キヴィットも一度くらいは通しているだろう。ならば、彼女が5人目になる。ノットが掃除を遣り尽くしたのは随分と前の話だから、また埃を被り始めているけれど、他の処に比べれば比較的過ごし易い部屋なのだ。こうして誰かを通す事が、日常だった気がしてならない。とはいえ、昔にも何処かに住んでいたとして、こんなに埃塗れの城だっただろうか。現在は廃れた古城に勝手に住み着いているから、仕方が無い部分が多いにせよ、いい加減なんとかするタイミングでも来れば、手を加えようとも思っていた。その機会が向こうからやってきて、今は部屋で寝ている。とはいえ、彼女1人では手が足りないほどにはこの城も広い。エメロを引っ張り出して来て魔法で何とかしてもらう方が早いだろうか。彼を交渉するにも体力は使いそうだが、

「……魔法か、」

ふと、デゥケーンは思い至る。自分の掌を裏返して見下ろした。
あまりに自然に使っていたから意識していなかったが、魔法を使う事が出来ていた。例えば灯籠を付けること、消すこと、扉の開閉、この城を手足の様に使っている。無意識に行っていたから、気付かなかった。ならば、やろうと思えば、埃を払うくらいは出来るのではないのか。

「……」

デゥケーンは掌を見下ろした侭、瞼を閉じた。どうやって、魔法を使えば良いのだろう、…等とは、考えない。何時だって傲慢に構えているのだから、ただ命じれば良い。自分は命じるだけで良いのだと、知っていた。
パキン、と指を弾く音が響いた



その瞬間、城中の窓が開いた。
淡い光を纏い、城全体が目映く光る。深い森の宵闇の中に居て、光りの城の様に光り、月にも届く様に夕刻の様に空を染めた。
古城中の埃が窓から出て行く。それは真っ黒な蝙蝠の大群の様だが、空に向って胡散する時には星屑の様な光りとなって消えた。
古びた家具は生まれたての様に美しく潤える。シャンデリアは目映く光り煌めいて、曇っていた硝子は美しく夜空を映した。
やがて渦巻く光の輪が玄関テラスに集まって来る。幻聴かと思える程にざわざわと人の声が聞こえ始め、人々の幻影がうごめき始めた。カランと音を立てる髪飾りを揺らす温かな風に紛れて、男の脇をメイドが擦り抜けて駆けて行き、黒服の使用人が忙しそうに花瓶を持って走っていった。まるで何時か見た、家臣達の姿の様に思えたけれど、認知することが出来なかった。それは置いて来てしまった記憶の中に居る、掛替えの無い家臣達の幻影だ。玄関テラスに楽器が跳ね乍らやってくると、ハープが弾かれる。バイオリンを持ったメイドの幻影が、サレナが寝ている客間に向って掛けていった。弦を弾き乍らスキップをし、扉すら擦り抜けてサレナの傍でくるりと回ると、隣の部屋へと壁を擦り抜けて消えていくだろう。

やがて騒ぎの終息を命じる時が来る。目映い光はランプの螺子を捻る様にして引いて行き、控えめに城中の灯りが灯るだけの景色に変わっていった。けれども以前の様な寂れた古城の姿ではない。絢爛な城の姿が戻っていた。あの幻影達はまた、好き勝手に動いている。まるでデゥケーンの記憶が再生されているかの様に。けれど物理的に働いていた。

目に飛び込んで来る光景に、デゥケーンは穏やかに笑った。喪っていたものに、少しだけ近づいた気がする。こうして幻影を追い乍ら、時には過去をも求めることが、生きるということなのかもしれない。




コツリと、靴音が近づいて来るのが解った。その靴音の主は、1人しかいない。

「……驚いたろう。」

肩越しに視線を送り、サレナに問うた。何が起ったのか皆目検討が付かないとは彼女の言葉を聞かずとも察するに容易い。デゥケーンは垂れがちの瞼を細め、彼女の表情を眺めた。

「……、此れは、一体…」
「掃除が終わっただけのことだ。それ以上、知る必要はない。」
「…、」
「とはいえ、少し気分が善い。拗ねられても適わんな…。」

サレナが何事か言いかけた所を被せる様に、というよりも、単に独り言の続きの様に言葉を続けたところで、彼女の発言を巻き込んでしまったのかもしれない。だがデゥケーンは気に留めるでもなく、今度は半歩足を引いて身体の向きを変えてサレナに向き合った

「………ダンスは如何かな、レディ。ホールは貸し切りなんだが、」

デゥケーンは左手を差し出して、サレナを招いた。困惑、当惑、若干の呆れ、諸々の感情を浮かべているだろうサレナが手を差し出す可能性は極めて低いだろう。腕の茨も然り、首を縦に振るとは思えない。けれども、想定される如何なる理由であったとしても、この男にとっては取るに足らない事でしかない。黙するサレナを眺めて、視線が絡むと、不敵な迄に瞼を細めて小さく笑った。


「…舞踏会は城違いではなかったのか?」
「[昨日迄の話だな、」
「…、…私は、」
「構いやしない。」

ゴーン、…と、振り子時計が何度も鳴った。
それは何ヶ月も遅れた始まりの鐘の音だったのかもしれない。




「私の門出には美しい女人が必要だ」




傲慢で善い。不遜で善い。其れが自分だというのなら。



fin.






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