Knock.






 





いちいち城から出ようとは思わないが、人らしい生活に戻る必要性は在るだろう



「明日からは、もっと早い時間に来るといい。とーさんとやらと相談して、時間を決めて教えに来る事だ。明日は15時に此処で待とう。」

深夜1時になる少し前、いつも通り本を読み終えてディスカッションをやり終えたキヴィットにそう告げた。別れ際の台詞にきょとんと瞼を見開くキヴィットは、暫く考えた後に「どうしてだ?」と質問を投げて来る。理由は2つ、もう人に戻る時間に拘束がないこと、そして少女の親に申し訳が立たないことだ。
正直に言えば、今迄は誰が何をしてようと気に留める事は無かった。この少女も、ただの鳥類だとさえ思っていたけれど、 勝手にやってきて、好き勝手して帰るだけの鳥、そんな認識だった。懐かれて行くにつれ、少しでも生産的な時間にしてやった方が良いだろうとか、親が出て来たら面倒そうだとか、要らぬ気遣いや本来の責任感等も多少あったにせよ、根幹は厄介払いに過ぎなかった。けれどこの生が紡げた要因の1つは何かと考えると、彼女が飛んで来てくれたからに他ならない。恩人だから丁重に扱おうとは思わないが、今迄やさぐれていた反動で感情のいろはが戻って来ていて、本来の自分を取り戻しつつもあるのだけれど、それはこの少女の後押しが大きい。何より、自分が思っている以上に、愛着が生まれていると自覚していた。飼い犬に向ける様な感情かもしれないが、常識のものさしで計れば、そんな少女を深夜に呼び出している方が可笑しいのだ。

「解った!とーさんと相談してくる!じゃぁなデッカいの!」

意気揚々と手を振って、夜空に飛び立つオレンジ色の影をテラスで見送った。鳥の姿が見えなくなると、テラスの柵に背を預け、大きな古城を見上げる。こんな風に全容を眺めた事はなかった。まずまずの大きさの城だと思う。広過ぎず、狭過ぎず、1人で管理するには丁度良い大きさだと思った。図書室に喫煙室、玄関から吹き抜けになっているホール…2階に続く階段。ずっと1人で過ごして来たこの部屋も、広さは十分だった。以前に暴れ廻ったお陰でめちゃくちゃになっているから、若干の不自由を感じるようになってきているけれど。
心情の変化に伴い、目に付く物も変わって行く。この部屋もこのまま使うなら、整理が必要だろうか。それとも部屋等いくらでもあるのだから、他に自室を作ろうか。その前に、掃除をした方が良いんじゃないだろうか。そういえば食事はどうしようか、…生活水準をどうやって取り戻して行くべきか。「生きる」ということに意識が向くと、こんなに変わるものがある。変えるべきものがあるということは、今迄の自分がそれだけ放任していたということだ。デゥケーンは柳眉を下げて苦笑した。背後に広がる森へと視線をやる。その向こうにある、街にまで。彼処には、賑やかな時間が流れている事だろう。山奥の古城で、賑やかな喧騒を思う。それはとても懐かしい。同時に温かな気持ちになった。嘗て、街を治めていた者だからこそ思う感情なのだろうか。今は別の誰かが治めているのだろうが、街が平穏だということは自分の統治下になくとも構わずに嬉しいと思った。暫くぶりの人らしい感情に自覚を持って、しかりと噛み締め吟味しながら、デゥケーンはテラスを後にしようとした。

だがデゥケーンの長い耳は、足音を捉える。
振り返り、テラスの柵の向こうを覗き込むと、細長い影が門を潜った所だった。












女というのは何時だってこちらの都合は考えない
不倫好きの女は昼に来るし、未亡人は夜にやってくる
彼女らの贈って来る合図は露骨であったり秘めたるものであったり形を変えるが、こちらがどのように動いてくるのかをねちっこく観察してくることが多い。その視線の温度や質でどんな女なのか大凡の察しが付く事があった
この國に来たばかりの頃、野獣でしかなかった頃は、そんな事迄考える必要もなかった。人との関わりそのものが億劫だったし、人の姿を保てる1時間でどうこうしようとも思わない。何より客人も限られていたからだ。





一夜にしてそれらが真逆になった


故の今、 今宵 この時
さてどうしたものかと、考える
この國で生きて行くのだと、紡いだ生を確かなモノにする為に、今後どうしていくべきか。有り余る時間の使い方に錯誤する長期の見方と、あの扉を潜ってくるだろう、客人を思う今の事。


カラン、カラン、と髪飾りが揺れる音と靴音を携えて、デゥケーンは2階の廊下を進む。吹き抜けの玄関ホールを見下ろす位置で立ち止まり、玄関扉を眺め見た。
錆びた蝶番が悲鳴を上げ乍ら扉が開く。重々しい扉の隙間から夜気が埃を舞い上げ、凛とした佇まいの女性が姿を現すのだろう。蝋の灯りを点点と宿すだけの仄暗い城の中で、彼女の視線が男の影を捕らえる迄、男は亡霊の様に其処に立って沈黙していた。





「…………残念ながら、舞踏会をお探しなら城違いだ。」









暗闇に波紋を起こす低い声は健在だったが、其処に敵意は含まない。
扉が開く事を恐れる必要は、もうないのだから。





fin.






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