懐刀の在処 申編 後編






 















 一世一代の大勝負を終えて、申は力なく幹に凭れた。
 勝者――――、近靖の足音はしっかりと地を踏みながら遠のき、やがて樹々の合間に消えて行った。色あせた木の葉が舞い落ちる、大寒の夜のことである。




 動けない訳ではなかった。
ところどころに負傷はしたが、致命的なほどに大きな怪我をした覚えはない。自分の方が余程、近靖を裂いたつもりだったが、それも通用しなかった。
今さら戦況を振り返って自分を咎める必要もない、過ぎたことを悔やむような性質でもない。敗北した事実を包み隠して覆そうなどとは思わない。敗けたのだ、それだけの事だから。

一周回って結局は、この街にくる前と同じ結果になってしまった。自分から売った喧嘩にもかかわらず、彼は飼い主で、自分はお伴、その役割は変わらない。自分が猿だった頃と、変わらない。
変わらないはずだが、一つ違いが生まれたのは、この腹の底に煮えくり返るような、熱が生まれたことだ。申は眉を顰め、納めどころの解らない感情の名前を探した。近靖の背を見送りながら、ずっと考えたが、解らなかった。解らないということは、知らないという事だろうか。少なくとも、猿だった頃には感じたことがないワダカマリで、それは灰汁のようで、蓋をしても沁み出てきて、妙に苛々する、心地悪いものだ。表面上はそんな感情は知らぬふりをして、取り繕うことは出来るかもしれないが、いつまでも腹の底に居座る気がした。
どうにも居心地が悪くておもむろに自分の腹に手を添えると、激痛が走った。手のひらを返して持ち上げると、べとりと鮮血が付着しており、まだ止まりそうになかった。
意識をしていなかった事に意識が向くと、途端に痛みがぶり返してくる。心持ちの痛みも相まって身体中の激痛を脳が受け入れ始めると、思った以上に重症なのだと解った。そういえば、近靖が一度だけ太刀を払い薙いだのを思い出す。きっとあの時だと、脳裏に映像が蘇った。申が振り抜いた小刀を下から掬い上げるように切っ先で跳ね、手首を返し申の横腹を浚った。綺麗な半月を描いた軌跡を彩るように後付けされた鮮血は、自分の腹から飛んだものだったのだろう。自分の身体にいくら傷が付こうと構わなかったから、その後の追撃のことばかり考えていた。

自分はそこまでして、何が欲しかったのだろうか。近靖という男に、何を求めていたのだろうか。
同じ戦線に臨み、対峙したあの瞬間から、自分と近靖は何が違ったのだろう。
ちり、と腹が熱い。血が溢れているからなのか、さっきから自分を煽る別の何かの仕業か、もう判別が付かなくなってきた。瞼が重くて、少し寒い。冬なのだから当たり前だが、さっきよりも、寒い。汗が引いたのだろうか。


 そういえば、遠い昔、仲間を連れて暖かい湯に浸かったことがあった。
 あそこは暖かくて、いつまでも浸かって、毛づくろいをした。とても幸せな時間だった気がする。寒い時にはいつも、仲間と其処に通ったのかもしれない。桃太郎以外の記憶は何も残っていないから、確かなことが言えないけれど。

 「仲間かぁ……、」

仲間とは、なんだったろう。吐息交じりの声はあまりに小さくて、自分でも聞き取ることが出来なかった。
目の前が暗転する。





Fin.

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長く長く完結できなかったですが一旦の潜りをここで!
そばさんにパスします!拾って下さいませ!

よろしくお願いします。。




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