「そないな出来ならまだまだ店にはだされへんな」
「…、」
――――――――――……
ブーツが濡れていくのも関係無しに、真っ白な地面に躊躇なく足跡を残して歩いて行く。丈の短いコートのポケットに手を突っ込むと、冷えた風が容赦なく顔に刺さった。
「さみー…」
「おー、金ちゃん!今日は休みなん?」
チラリと店内を見渡すと、いつもなら一番に聞こえてくる鈴のような声は未だに耳に届かない。
「アイツは?」
「多分いつものとこや。金ちゃん悪いんやけど迎えに行ってくれへんか?また雪降るらしいんや」
眉毛を下げて微笑んだ店主に、わざとらしく溜め息を吐くと、首に巻いた赤いマフラーを鼻が隠れるまで上げ、再び白い世界へと足を伸ばした。
店から数分の小さな公園。
雪の積もった小さな遊具たちは色を失い、妙に静かだ。
そんな白い世界の片隅に、白い上着を羽織ったアイツがいた。
(消えそう…)
「オイ、不審者」
「…金ちゃん…」
濡れるのも気にせずベンチに座り込む八恵の隣に立つ。
昔から落ち込むと此所で泣いていた八恵を、良く柔兄と迎えに来ていた。
「なんや知らんが帰んぞ。オトン心配してたで」
「…うん。ごめんね…」
そう言いつつ、立ち上がろうとはしない八恵を横目に、ポケットに突っ込んでいた手を出すと、目の前に移動した。俯いていた八恵が此方に顔を上げた瞬間、両頬をガシッと掴み更に上を向かせ、目を見開いて驚いているその瞳は、微かに潤んでいた。
「女は身体冷やすな!!アホ!」
「ご、ごめんなさい…」
唇をきゅっと閉じて眉間に皺を寄せて耐えるぶっさいくな顔の両頬を引っ張って、更にブサイクにしてやる。
「ぶっ!!」
「いひゃいよ!!ひんひゃん!!」
少し赤くなった冷たい頬に、自分の熱が移るようにと親指で撫でて、自分のマフラーをぐるぐると巻き付けてやった。真っ白な世界に白いコート。透けるような白い肌で、この白い世界に溶けて消えてしまいそうな八恵に、ここにいるんだと目印みたいに赤いマフラーが色を差す。
「帰ろ帰ろ、こんなとこにおったら死ぬ」
「うん…ありがとう、金ちゃん…………あのね、」
帰り道、八恵は自分の作った菓子が親父さんに認めて貰えず落ち込んだこと、早く一人前になって親父さんを安心させてあげたいと思っていることをぽつりぽつりと話していた。あーとかうんとか気の抜けた返事しか自分には出来なくて、柔兄だったら気のきいた一言で、八恵を励ましたんだろうなと思う。
「あ、」
上を見上げながら立ち止まった八恵と同じように、上を見上げると、薄暗い空からゆっくりと落ちて行く雪が、八恵の頬に落ちた。
そういえば親父さんが雪降るって言ってたな…
それを拭いもせずに、見上げたままじっと空を見つめている。
とっくに追い越した身長は、いつの間にこんなに差をつけたのだろうか。
普段よりも小さく華奢に見えるその肩に、どうしようもなく触れたくなった。
何でこんなにも触れたくなるのだろうか。
何でこんなにも触れてほしいんだろうか。
また一つ、ゆっくりと落ちて行く雪は八恵の小さな唇に落ちていく。
後を追うように自分のそれを重ねて、直ぐに離した。
「………冷た」
「………………うん…」
再び歩き始めると、八恵も並んで歩き始めた。
白い世界と裏腹に、欲が溢れた20回目の冬のこと。