本編の06を読んでから此方をお読みください。
照りつける太陽を睨んだところで真夏の砂浜は涼しくはならない。寧ろ余計暑さを感じて、あまりの眩しさにクラクラする。
暑い暑い今日という夏の日に、私はとある海に来ていた。
地元である京都は盆地で内陸にあるためか海に親しみもなく、どうもこの潮の香りが苦手だった。
そんな私が何故海に来ているかと言うと……
「柔造くん!皆でビーチバレーやるんだけど、柔造くんも私達とやらない?」
「俺は暑いの苦手やからええわ。皆で楽しんできぃ。」
「えぇー!?大丈夫ー?私飲み物買ってこようかぁ?」
隣で無防備に群がる女子たちに笑顔を振り撒いている志摩柔造を横目に、馬鹿馬鹿しいとパーカーを羽織り立ち上がると、飲み物でも買いに行こうと海の家を目指して歩きだした。
正十字学園に入学して二年目の夏。
夏休み中にクラスで海に行こうと言う話が出たのは、夏休み一ヶ月ほど前のことで、クラスのほぼ全員が参加希望していたため、どうせなら一泊にしようと話が進んでいった。
私と柔造は塾のこともあり、不参加の予定だったのだが、クラスの女子からの激しいブーイング(不参加への)と強い要望により、柔造は塾の休みに合わせるという条件で参加することになった。私は苦手な海に、ましてや好意を持った相手が女子に囲まれる姿など見たくはないという一心で、不参加だ!!と突っぱねていたのだが、抵抗も虚しく柔造に無理やり連れて来られたのだ。
高校生になるまで、ファンクラブなんて漫画やアニメの世界だけのことだと思っていた。
母の実家である宝生の家に預けられたのは、小学校に上がるのと同時期だった。魔障を受けた私を両親が心配し、日本の祓魔師集団として名高い“明蛇宗”の僧正血統の一つが、その宝生家だったことから、私を預けることを決めたんだそうだ。と言っても、二年後には実家に戻ったわけだが。
そして宝生家に並んで僧正血統のもう一つが、柔造の実家である志摩家で、その二年の間、従姉妹の蝮ちゃんと柔造と一緒に学校に通い、遊んでもらっていた。
実家に戻ると同時に学校も転校して、中学校も学区違いだったから、正十字学園で再会した時の柔造の人気ぶりには驚いたし、何処か知らない人のように感じた。
蝮ちゃんと共にいることが多く、自然と昔のような関係に戻って、三人でいることが増えて、そして数ヶ月前…
まだ桜の咲く季節に微妙に変化した彼との関係も平行線のままで、もやもやしている所に追い討ちをかけられわけだ。
「…やっぱり来なきゃ良かったわ……」
「****さ〜ん!」
のこのこついてきてしまったことを後悔していると、前から走ってくるクラスメイトの一人に声をかけられた。
「?」
「あ、あのっ!!俺、ちょっと話しがあるんだけど、いい…かな?」
「…ええけど…」
泳がないの?と意味のない雑談を始めて、なかなか話を切り出さない目の前の彼に、私も戸惑ってしまいどうしたもんかと考えていると、背後から腕を引かれ、砂に足をとられて倒れそうになる寸前のところを誰かに受け止められた。
「***、お前具合悪なったんやから、早よう日が当たらんとこ行かんと脱水症状起こすで?」
「ちょっ!?じゅうぞ…!」
そのまま手を引いて歩きだした柔造の横顔が少し怒っているようで、何も言えずに着いていくしかなかった。
「何で黙って一人で行くんや!?」
「な、別に飲み物買いに行くだけで柔造の許可必要ないやん!!」
「ボケぇ!!お前今どんな格好してるんかわかってんかぁ!?」
「どんなもなにも、さっき柔造と一緒にいた子らだっておんなじ様な格好やったろ?」
どうやら私の格好に不満があるのか、捕まれたままの手が痛い。苦手な人付き合い、苦手な潮の香り、苦手な暑さに、怒っている柔造。涙を滲ませないように眉間に精一杯力を入れる。
「ごめん…」
「…俺が何に怒ってるかわからん癖に謝んなや。」
「わかってる。わかってるけど、はっきりせんのはお互い様やろ?」
「っ!?」
「私は…好きやない人とキスなんか出来ひんよ…?」
捕まれていた手を振り切ると、そのまま海を後にした。
夕方になって宿の庭でバーベキューを始めたクラスメイト達に声をかけられたが、食欲もなく、ましてや柔造と顔を会わせるのは気まずいと一人部屋にこもっていた。窓から見える海は昼間とは違い幻想的で波の音とクラスメイト達のはしゃぐ声が静かに聴こえてくる。
目の前の浜辺を茫然と眺めていると、ふと、人の影が見えた。只の人なら気にもしないのだが、少し離れている此処から見ると白いドレスを来ている様に見えたのだ。
「花嫁…さん?」
一人海を眺めているその姿は異様で、心配になった私は部屋を飛び出した。
先ほど見た女性がいた場所まで走って来てみたが、誰一人見当たらない。不安になって海の方まで見渡したが、波は穏やかなままだった。
見間違えたのだろうか?そう思ったのと同時に魔障を受けたことがあるのだから、霊(ゴースト)の類いが見えてもおかしくはないと、背筋に緊張が走った。
宿に戻ろうと踵を返そうとすれば、遠くから誰かが近づいてくる気配がして、思わず印を組む。しかし、それは無駄だったようで、目の前に現れたのは良く知った人物だった。
「…柔造。」
「一人でこんな時間にふらふらしとったら危ないで。」
「うん…」
気まずさからか、上手く言葉が出てこないでいると、昼間とは違い優しく手を繋がれると「デートしよか!!」と浜辺をゆっくり歩きだした。
繋がれた手は心なしか冷たい気がして、熱を分けてあげたくて少し力を込めると、柔造は急に歩みを止めた。此方を見ようとしないのを不安に感じて、もう一度手を握ってみる。
「かっこわる…お前にばっか言わせて…」
「え?…っ!?」
手を思い切り引かれ、次の瞬間抱き締められていた。ちょうど肩に頭を押し付けられて、少し苦しい。
「俺は***が好きや。俺も好きやない奴となんかあんなこと出来んわ。ただ今の関係が壊れんのが怖くて言い出せんかった。」
「…うん。」
「でも今日、お前が男と喋ってんのも、お前の水着姿をじろじろ見られんのも我慢ならんかった。」
「うん。」
男の人って硬いんだなぁと何処か冷静な自分がいた。それから、今この瞬間が一番幸せかも知れないと、昼間我慢した涙が再び込み上げてくる。柔造の胸の辺りに添えていた手を背中に回して私からも抱き締めてみた。
「柔造?」
「ん?…」
「大好き。」
ヒュッと一瞬息が止めたのが、肩に置かれた額から伝わってきた。もう一度強く抱き締められて、とうとう我慢出来ずに、少しだけ涙が零れた。
多分お互い何時から好きになっていたかなんてわからないんだと思う。わかるのは今は相手がとても愛しいということだけだ。
暫く手を繋いで浜辺を歩いたり、少し止まって笑いあったりをして、彼曰く初デートを楽しんでいたが、クラスメイトが心配するからと、早々と宿に帰った。
柔造と戻ったのが偶々数人に見られてしまい、ひっきりなしに女子が部屋に訪れ、尋問されたのは言うまでもない。
お風呂から上がった後に布団に入ると、バーベキュー中に宿の女将さんが怪談を教えてくれたのだと、同じ部屋の子達が話し始めた。
「昔目の前の海で花嫁が自殺したんだって!!」
「なにそれ、怖〜い!!」
「旦那さんになるはずだった人が結婚式当日に海で殺されらしいよ。それで、花嫁が海で旦那さんと一緒になれるようにって。」
「可哀想だねぇ。私だったら絶対犯人怨むな!!」
「それがさ、それ以来赤い月が現れた日に若い女の人がその花嫁に連れていかれるように自殺するんだって〜!」
「ちょっと止めてよ〜!」
「(…花嫁)」
やがて、ひとしきり喋った後、昼間から海で遊んで、遊び疲れたのか皆寝静まってしまったが、私は先ほどの話が気になってなかなか寝付けなかった。
やはり、夕方のあれは霊だったのだろうか。もし、皆が言うように人に害をあたえる霊ならば、上に報告した方が良いのではないか…
すっかり考えに耽ってしまい、気分転換に何か飲もうと一人部屋を出て一階のロビーにある自動販売機まで向かった。
「あれ?まだ寝てなかったんか?」
自販機の前には先約がいて、寝付けないのは私だけじゃなかったのかと、少し安心した。
「柔造こそ。」
「そりゃ、まぁ…」
「何?なんかあったん?」
煮え切らない反応をして頭を掻く目の前の彼を横目に、自動販売機に小銭を入れてミネラルウォーターを買う。落ちてきたそれを出すために膝を折って取り出し、振り返ろうと立ち上がった瞬間、顔の横に手が伸びてきた。
何故か自販機に軽く押し付けられ、逃げられない様に柔造の両腕が私の顔の直ぐ横に伸ばされている。
「なにこれ…?」
「何って…せっかく両想いになったんやからイチャついてもええやろ?」
「はっ!?何言うてはりますの!?」
「ブッ!!何で敬語…」
「うっさいわ…」
片方の手が今度は頬に伸びてきて、触れた瞬間ピクリと肩が震えてしまった。頬に添えられた手の親指が撫でる様に行き来して、なんだかその仕草がいやらしい。
「顔真っ赤。」
「…熱い。」
知らない間に近づいていた顔がニヤニヤと笑っている。全く、なんでこんなにも余裕なんだろうか。人の気も知らないで…
帰ったら蝮ちゃん怒るかなぁなんて考えてながら、目を閉じると更に近づいてくる気配がして、唇が触れる寸前。
「お前が変な話すっから寝れなくなっちまったじゃねーか!!」
「静かにしろ…って、あれ?柔造なにしてんの〜?」
「あ、****さんも♪」
「お、お前熱あるんやないか!?」
不自然な体勢のまま、柔造は私の額に手を当ててわざとらしく演技をした。
「あ、あぁ!!そやね!!なんか熱い思ぉたんよぉ!お水も買おたし、は、早よぉ寝ますわ…」
「お、お大事にぃ〜」
「「?」」
そそくさと部屋に帰ると未だ物凄い音をたてている心臓を落ち着かせようと胸を押さえつけた。
「…………ん…?…なんや…まだこんな時間か。ふぁ…」
深夜、時計は後数時間で日が昇り始める時間を指していた。勿体無いと思いつつも良い夢をみれた気がして気分が良い。その原因はきっと昨日のことがあったからだろうと、昨日の浜辺の事や自販機の前での事を思い出して、思わずにやけそうになった。
幼いうちから魔障を受けた彼女は、普通の人が見えないものが見えたせいで、小学校では虐めにあっていた。やっと虐めがおさまってきた後も、それがトラウマになったのか、人付き合いが苦手で、成長して善くはなっているけれど、それでも正十字学園で再会してもう二年目に入っているが、未だ俺と蝮以外とは殆ど話をしようしない。
だから無理やり連れてきたのは少しでもクラスの奴らと仲良くなれれば良いと思ったからだ。
しかし、実際はあいつの水着姿を見せたくなくて、パーカーを着るように仕向けたり、俺以外の野郎が近づかないように常に***の隣にいるようにした。そんな矛盾が***を苛立たせていたんだろう。
結局は休みの間も一緒にいたかっただけなのかもしれない。そう思う分にはとっくにあいつに惚れていた。
完全に目が冴えてしまい、まだ寝ている奴らを起こさないように起き上がると、窓から異様な風景が見えた。
「赤い…月!?」
この時間に月があんな海の真上に堂々と浮かんでいるのもおかしいが、何より不気味なほど綺麗な赤い色をした月など見たことがない。ふと、視線を下げると浜辺に向かって一歩一歩ゆっくりと歩いていく人影が見えた。
「***!?」
離れているため見えにくいが確かに***で、何処か様子がおかしい。急いで鞄から錫杖を取り出すと浜辺に向かった。
(直ぐにそっちに逝くからね…)
頭が…痛い…!
(幸せになれるはずだったのに…!!)
誰の声や…!?頭が…割れそう…
「***っ!!止まれっ!!」
何故か半透明の白いドレスを着ているように見える***は、どんどんと海に向かって浸かっていく。
腕を掴んで引っ張ると払い除けて進んで行く。
「止めろっ!!止まれ***!!」
「『邪魔をするなっ!』」
「…!?何や!?」
「『邪魔をするならこの女同様に殺してくれる!!』」
穏やかだった波が***の周りを渦巻いて行く。渦巻いた海の上に浮かぶ***が腕を高く挙げると不気味な音と共に地響きが起きた。
「何や!?***目ぇ覚ませや!!」
「『この女は私と共に連れて逝く』」
「霊か!?何の怨みか知らんが***は返してもらうで!!」
「『そんなに一緒に死にたくばシネ』」
***に憑いた霊の背後から巨大な竜巻が起こる。このままでは***の身体もろとも飲み込まれてしまう。***を助けようにも渦巻いた水に浮かび、かなりの高さに立っている状態でどうすることも出来ない。
「くそっ!!」
錫杖を目の前に突き刺すと、暗唱を唱える。
「“ここに海(ワタ)の神の女(ミムスメ)豊玉姫の命(ミコト)、自ら参出て…”」
「『無駄なことだ、大人しく海に沈め』」
浜辺に沢山の警察と青いビニールシートで隠された一角。近所の野次馬が何事かと集まってきている。
そこへタクシーが一台止まると中からその場には似合わない白いウェディングドレスの女性がハイヒールを脱ぎ捨て、ビニールシートまで駆け寄っていく。
( さん?嘘よ…!! さん……い、いやぁーーーー!!!!)
これは…
(許さない…私は幸せになるはずだった……あの人と……)
この映像は皆の話に出てきた花嫁の…
『そうよ…』
映像が消えた瞬間、今度は目の前に映像に出てきた花嫁が立っていた。
『貴女も一緒に連れて逝ってあげる』
なぜ?
『死んだのにあの人の所に逝けないの。あの人も誰も迎えに来てはくれない…だったら私が逝けるまで道連れにするの』
関係のない人を巻き込むの?
『…寂しいの』
「『…寂し、い』」
竜巻は徐々に沖に近づいてくる。暗唱に集中すると***の背後から水の壁が広がっていく。
「“ 天津日高日子波限健鵜葺草不合の命と申す…”頼む!持ちこたえてくれ!」
広範囲に広がる水の壁をなんとか保つよう再び暗唱を続ける。竜巻は壁にぶつかり激しく波が揺れ、水の壁も少しずつ削られていくように竜巻が迫る。
しかし、竜巻の威力も削られ、位置もそれている。
「『寂しい…苦しい…』」
「***ー!!」
大きくずれた竜巻と共に壁が崩れていく。***を乗せた渦巻いた水も、不安定に揺れ、***の身体が傾いた。
「くッ!!」
ドボンッ!!
『寂しい…苦しい…』
なら、一緒には逝ってあげられへんけど、私が送ってあげる
手を握って一緒に上に向かって手を伸ばす。
彼はあっちの世界で待ってるよ
『温かい…』
耳をすまして
[ ]
ほら、呼んでるよ
[ 、おいで…]
ふわりと浮かんで行く彼女の手を離す
『ごめんなさい…ありがとう………』
彼女の伸ばした手の先に、もうひとつ手が伸ばされて、彼女の手を優しく掴むと、二人は強い光の中へ消えていった。
光が眩しくて目を閉じる。
***
柔造……?
ドボン!!
苦しくなって目を開くと身体は海に沈んでいた。
「(なんで!?)」
もがいて上を目指そうと手を伸ばすが、思うように身体が動かない。まるで自分の身体ではないようだ。
「(助けて…柔造…!!)」
足がもう動かない。ゆっくりと目が閉じられていく。微かに手が握られたのを感じると、そこで意識は途切れた。
「***ッ!!目ぇ開けえ!!おいっ、***!!」
「…………ん」
「しっかりせぇ!!」
「ゴホッ、ゴホッ……じゅう、ぞ?」
「あほ…大丈夫か?今医者呼んだから。」
目の前にはびしょ濡れの柔造がいて、空も明るくなっていた。少しして自分が死にかけていたことを思い出して、身体が震えだした。
「死ぬんか思うた…」
「大丈夫や、死なせんよ。」
「ふ…ぅ…」
震えが止まらなくて涙まで溢れてきたのと同時に柔造はずっと握られていた手を離して、寝かされていた身体を少し起こすと抱き締めてくれた。
震える手で柔造のTシャツを掴むと、額や瞼に温かいものが降ってきて、徐々に落ち着きを取り戻していく。震えもおさまり、涙もおさまるとシャツを掴んだままだと気づいて慌てて離す。
「ごめ…!伸びちゃっ、ンッ!?」
突然唇に柔造のそれを押し当てられ、思わず胸を押し返すがびくともせず、逆に後頭部を押さえつけられて、より深くなっていく。何度も角度を変えてされるがままのキスに息があがる。
「も、…む、り…!んっ」
「……」
やっと離れた時には酸欠状態でくらくらした。身体を預けていると苦しいくらい抱き締められて、今度は背中に腕を回した。
「焦った…お前霊にとり憑かれよって、もし俺が気づかんかったら死んでたかと思うとぞっとするわ。」
「ごめんね…助けてくれてありがとう。」
「無事で良かったわ。」
暫くして数人の祓魔師が駆けつけ、事情を説明すると、医工騎士が手当てをしてくれた。幸い二人とも体力の消耗が激しかったが目立った怪我もなく、海の中で上手く動けなかったのも、霊に身体を乗っ取られていたため直ぐには動けなかったということだ。
帰りの電車の中。
「見てよあれ〜!!」
「や〜ん!!柔造くんやっぱり****さんと付き合ってたんだぁ〜!?」
「でも何か可愛くない?」
すっかり寝入ってしまった私と柔造は、お互いの頭を寄せあい、手はしっかりと繋がれていた。
end
番外編ということで、この際過去の詳しいとこを入れちゃおうとした結果がこれです。本編の06の回想シーンと繋がっています。
あれ?無駄に長い…