祓魔師の重たく厚いジャケットを羽織り職員寮を開けると、先ほど整えたばかりの癖のない長くストレートの髪が靡いていく。

花が……


職員寮から正十字学園へ向かう道の途中、学生寮からもそう遠くない場所に咲く一本の桜。ぱっと咲き、あっという間に散る所が儚い人生を思わせるから好きだと誰かが言っていた。誰かなんて本当は考えなくてもわかるんだけれど。

今年も例外なく、美しく咲き誇り道行く人々を魅了していたこの桜は、今まさに散り行こうとしていた。


私が祓魔塾に入学して一年目の春は、桜の木の前に置いてあるベンチを陣取って、飽きもせず来る日も来る日も…桜が散るその日まで眺めていた。

次の年、そのベンチには二人座るようになった。



『透子はほんまに桜好きやなぁ。』



志摩柔造は私が幼い頃、京都で暫くお世話になった“明蛇宗”である母の実家、宝生家と肩を並べる志摩家の次男で、従姉妹である蝮ちゃんの幼なじみだった。
魔障を受けた幼い頃、両親がいない宝生の家で心細く、周りの人が見えないものに恐れていた時に、柔造と蝮ちゃんがいつも一緒に居てくれた。
二人は喧嘩が耐えなかったけれど、それでも二人は私を守ってくれた。


『桜見てると兄貴思い出すんや。縁側でよう一人眺めとったわ。』

『……そう。』


柔造の祖父と兄は“青い夜”で亡くなったらしい。
家族を誰よりも愛してる柔造にとってそれは宝物の一つが、世界の一つが無くなったのと同じだったと思う。そして跡継ぎとなった彼にのし掛かるものはどれ程のものなんだろう。



私は明蛇のことは詳しく知らない。
だからこういう時、蝮ちゃんならきっと彼の気持ちが理解出来るのかも知れない。





サァー………
通り過ぎる風が、花びらを舞わせてまるで別世界に迷い込んだみたいでとても綺麗だった。

横から伸びてきた手が私の頭に乗ってしまった花びらをとり『よう似合うわ』なんて恥ずかしいことを平気で言うから、冗談だってわかっているのに恥ずかしくて、それでも彼は太陽みたいに笑うから、目をそらせないでいた。


『なんでお前が辛そうな顔すんねん。』


柔造は困ったように笑って、私の乱れた髪を直した。


『髪伸びたなぁ。』

『うん、長い方がええって言ってくれたやろ?』

『透子の髪は綺麗やな…』





それから少しだけ…少しだけ間を置いた後、それが当たり前みたいに柔造の唇が私のそれに触れた。





雰囲気に流されたのかも知れない。

だって此処は別世界みたいで、私は太陽みたいな笑顔の柔造が好きで、嫌じゃなかったから。
ごめんと謝る彼に、謝るくらいならしなければいいのにと思ったけど、なんだかもう愛おしいと感じたから、私はとっくに柔造に恋していたんだと思う。



透明なそれが不透明な色をもち、幼なじみに近い関係から恋人になるのにそう時間はかからなかった。




幼い自分たちは探るように、確かめるように恋愛をした。
全部初めてだった。全ての初めてが柔造で嬉しかった。


幼い自分たちは、未来を信じて疑わなかった。









「八坂先生?」


桜が散っていく。
名を呼ばれたことで一瞬飛んでいた思考が戻され、呼ばれた方向を見ればいつもの三人組だった。


「大丈夫ですの?えらいぼーっとしてはりましたけど。」


彼によく似た顔は心配そうに此方を向いている。


「うん、大丈夫。おはよう。」

「お早うございます。」

「どこか具合悪いとちゃいます?」


勝呂が礼儀正しく挨拶をすると三輪が心配そうに眉を下げる。


「ううん!ただ桜が散っちゃうなぁと思って。」

「へー、立派な桜ですねぇ。」


そやな、と勝呂が花びらを手のひらに一枚落とす。やはり日本人ならば皆桜に目を奪われるらしい。


「それより透子せんせ!この辺に住んではるの!?今度遊びに行ってええ?」



…志摩(こいつ)を覗いて。



「旧約聖書の詩篇全部言えたらね。」

「そんな殺生なぁ〜…!」







この子達を見て、ふと思う。

明蛇はサタンの被害にあい、この子達もたくさんの悲しい現実を見てきたのだろう。しかし私の目の前にいる三人はいつだって前を向いて歩いている。




彼らが屈託のない笑顔をみせてくれる度に、



彼が今、笑っているような気がするのだ。















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