祓魔塾にも職員室なるものが存在する。先程奥村と志摩に課題を渡した後、職員室に戻った私は、決められた席に座り溜め息を吐く。

今年は曲者ばかりの集まりのようだ。

サタンの落胤。三人組は“青い夜”で有名なあの明蛇宗の子。しかも後々調べれば勝呂は座主血統の子。奥村がサタンの子とわかればどうなるか…
そして山田…あの子も少し気になる。

雪男は新任だし優秀だが少し固すぎる。それは経験の積み重ねでどうにでもなるが、何しろこの面子だ。


頭を抱えていると、隣の席である雪男が、二つのコーヒーカップを両手にお疲れ様ですとその一つを差し出してきた。


「すみませんでした。僕のミスで教室を滅茶苦茶にしてしまって。」

「ん?あぁ、どうせ奥村が絡んできたんでしょ。気にしない、気にしない!私の授業でも早速居眠りしてたし。」

「ハァ…すみません。兄がご迷惑を…」


雪男は藤本神父の葬儀の際、一度も泣かなかった。奥村燐を責めることもせず、ただじっと現実を受け止めていた。
真面目すぎるのは本当に損だと思う。特に雪男みたいなタイプは気の抜き方を知らないのだろう。まだ15歳のこの少年の背にはどれだけのものを背負っているのか、想像も出来ない。


「雪男、手出してごらん。」

「え?」

「いいから。」


雪男のマメだらけの掌を撫でて綺麗な手だなと思った。白い綺麗な手の甲とは違い、銃器の引き金を引く指の皮は厚くなっていて、何度も潰れたのかマメの出来たところはデコボコしている。


『「優しい手だな」』

「っ!」

「藤本神父が良く言ってたの。“雪男の手は思いやりのある優しい手だ”って。だからアイツは誰よりもいい医者になれるって。」

「父さんが…」

「雪男、あなたの身内は確かに奥村、…燐だけかも知れないけれど、私は貴方達を守りたいと思ってる。燐を守れるのはあなた一人だけじゃない。だから雪男はもっと周りに頼りなさい。藤本神父もそう望んでるはず。」


雪男の手をなるべく優しく握ると、少しだけ、本当に少しだけだが握り返された。俯いた顔からはどんな表情なのか読み取り難いが、ぽたぽたと落ちてくる雫を暫く黙って見ていた。


正直まだ奥村燐を信じるとはどういうことかわからない。ただ今わかっていることは燐も、雪男も、大切な父親をなくした15歳の少年だということだ。

この二人を見届けよう。







『お前の手は優しい手だな。』

『なんか介護施設みたいだね。』

『オイオイ、褒めてるんだぞ?』


あんなに嬉しかった父さんに言われた言葉を忘れていたなんて、思いもしなかった。

『雪男、お前は良い医者になれる!だから無理に祓魔師なんてならなくても良いんだぞ。』

『兄さんを守ろうって言ったの父さんじゃないか。』


僕は父さんに頭を撫でられるのが好きだった。確かこの時も父さんは何時もと変わらない笑顔で撫でてくれてたと思う。


『祓魔師じゃなくたって兄さんを守れるさ。生まれつき魔障を受けていたお前には自分を守る術を教えたかった。だから今は好きなことをして良いんだよ。ただ、これだけは忘れるな。もしも燐が一人になってもお前は燐を信じてやれ。』


大好きだった、尊敬してた父さんが死んだ。祓魔師なら何時だって死は付き物なんだから覚悟はしていた。泣いてはいけない。父さんが居なくなった今、兄さんを守れるのは僕一人なんだから。泣き虫だった幼い頃の自分とはもう違うのだから。

そう思っていた。


『燐を守れるのはあなた一人だけじゃない。だから雪男はもっと周りに頼りなさい。藤本神父もそう望んでるはず。』


しっかりしなければ。そんなことばかり考え、感情的な兄に苛立ちを覚え、思ってもいないのに死んでくれと言葉が出てきた自分に嫌気がさして、それでもマニュアル通りにしか行動出来ない自分に笑いすら覚えた。


そんな自分に頼ってもいいのだと、甘えていいのだと透子さんは言った。
握られた手に大好きだった父さんの手の温かさと同じものを感じて、何故父さんの最期を見取れなかったのか、祓魔師になって良かったと言えなかったのかという後悔と、もっと一緒にいたかったという悲しさがどうしようもなく込み上げてきてた。




暫く泣いて、その間、透子さんも黙って手を握っていてくれた。
もの凄く恥ずかしくなって、逃げ出したくなったけれど、ずっともやもやとしていた気持ちが晴れてすっきりとしていたから、何だか可笑しくなって笑ってしまい、僕の笑った顔を見て、透子さんは「やっぱり親子だね。笑った顔が神父(せんせい)と似てる」と言った。



僕はその言葉がとても嬉しかった。














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