『透子、俺には双子の息子がいてな。可愛くて可愛くて仕方ねぇんだ。』


私がまだ正十字騎士団に入って間もないころだ。


『でもな、燐…兄の方なんだが、そいつはその内力を持て余す。』

『力?』

『そうだ。今はまだ抑えられてはいるが、もしそうなったら周りは燐を見放すだろう。そしたら透子、お前はアイツを信じてやってくれ…』

『…何故私なんですか?』

『さぁな。だが、お前は何者にも染まらない強さを持ってる。だからどんな奴でも理解してやれるんじゃねぇかって思うわけよ!』



数年前に藤本神父が残した言葉はこのことだったのかと今になって理解する。

藤本神父の最期は悪魔として覚醒した息子の奥村燐くんをなんとかサタンの手から逃がそうとしていたところ、サタンに身体を憑依され死亡したらしい。
聖騎士だった藤本神父がそう簡単に憑依されるわけがないと嘆いたところでもう藤本神父は帰っては来ない。

尊敬してやまなかった人が呆気なく死んでしまったのだ。




『ここの大根(おでん)美味いからたくさん食えッ!息子達には内緒だぞ!』


『透子、たまには家に帰ってやれよ?家族は宝だ!!』


『違うッ!身体じゃない、頭を狙え!』


『お前くらいの弟子がいるんだ。変わった奴だが、友達になってやってくれ。』


『透子。元気でな…』







「せんせいッ!!」

まだ暗い部屋の中、ベッドから身を起こし携帯を開くと時計は午前4時頃を示していて、携帯を閉じると再びベッドに身を沈めた。夢を見ていたらしく、身体は汗でじとりと湿っていて気持ちが悪い。
職員寮を借りているため学園は目と鼻の先で、今から寝ても十分睡眠はとれるのだが先ほど見た夢のせいで眠れる気がしなかった。

今日は入学式だ。
あれから、サタンの落胤は人類の脅威となりうるため始末すると上は判断したらしいが、何の思惑かサタンの息子…奥村燐は今日から正十字学園に入学するらしい。
どういうことなのだろうか。何故藤本獅郎はサタンの息子と知っていながら奥村燐を育てていたのか。何故「名誉騎士」であり聖十字学院理事長であるフェレス卿はサタンの息子を殺さなかったのか。

そして私は…彼を受け入れられるのだろうか…?


『そしたら透子、お前はアイツを信じてやってくれ…』

「っ!」


朝からぐるぐると回る思考を止めようと、シャワーを浴びるためシャワールームへと向かった。







学園が終了し、いよいよ祓魔塾が始まる時間。
今年の生徒は8人。この中から一体何人が脱落するのか…本当なら受験の時点で大体は把握しておくべき資料を当日に見るなんて信じられないと、雪男から貰った生徒の名簿と資料を捲っていると、同じ京都出身の派手な頭の少年が此方を睨みつけていた。


(あぁ、例の奨学金の子か…)

もう一枚捲ると今度は坊主頭に大きな眼鏡をかけ、『子猫丸』というなんとも珍しい名前。この子も京都だ。今年は京都出身が多いらしい。同郷ということもあって何だか親しみを覚えていると、またも京都出身者だった。


(…っ!…志摩ぁ!?)


しかも親しみを持つには馴染みすぎる名前で。










「は〜い、席ついてね〜。」


一斉に此方を見る祓魔訓練生。女子二人で仲良く座っているのが神木と朴。人形を片手に座っているのが宝。1人奥へ座りフードを深々と被っているのが山田。三人で固まっているのが京都出身者の勝呂、三輪、志摩。

そして…

(この子が…)

「初めまして。私が聖書・教典暗唱術を教える八坂透子です。さっきは魔障の儀式で酷い目にあったそうだねぇ。くれぐれも私の授業では問題を起こさないように!では、授業始めるよ。」


授業を始めて15分後…
私が話す声以外は静かな教室…が。

「ぐー」
「すぴー」

コイツら…


「奥村ァー!!志摩ァー!!起きんかい!!」


「うぉっ!!」
「す、すんまへん!!」


反射的に謝った志摩に少し呆れながら溜め息を吐く勝呂と三輪。奥村に至ってはまだ眠気眼だ。


「あんたら後で課題とりにきいや!?ええな?私の授業でサボるなんて考えんことや。」

「「…はぃ…(ほ、方言!?)」」


全く初日からこんなだなんて聞いて呆れる…

祓魔師は常に死と隣り合わせ。自分が足を引っ張れば班全員が死にかねないのだ。そのためにはどう対処するか、自分は何が得意で何が苦手か祓魔訓練生のうちに学ばなければならない。それをわかって貰わなければ困る。


「では、ここまで。」


チャイムが鳴り教室を出る前に廊下に奥村と志摩を呼び出し課題を見せる。


「はい、これ。明日までにやって提出。全く初日に寝るのなんてあんた達だけだったよ。」

「っ!!何だよこれ!習ってねぇとこじゃん!!こんなのわかるわけねぇだろ!」


奥村は課題を見るなり勢いよく食って掛かってくる。腕を組んで小さく息を吐くと冷静になるよう努める。




「奥村、あんた塾辞めなさい。」

「「!?」」

「いい?祓魔師はいつも班で行動するの。周りの足引っ張るなら辞めなさい。でないとあんた…仲間を殺すことになるわよ。」
「なっ!!」

「習ってないなら予習しなさい。勉強はなにも教えられるだけじゃないわ。自分で調べて学ぶこと!いいね?」

「……ッチ!」


奥村は課題のプリントを少し乱暴にとると、1人中に入ってしまった。
血は繋がらずとも父が自分の目の前で死んだのだ。きっと言葉の意味が痛いほどわかったのだろう。態度は乱暴だが、サタンの子が祓魔師になるという選択をしたくらいだ。

藤本神父の言葉を…信じたい。

彼はもう危うい場所まで近づいているはず。少しでも早く力をコントロールできるようにならなければ…


「あの…せんせ?」

「ん?あぁ、ごめんね。はい、これ。志摩も明蛇なら詠唱騎士希望でしょ?私の授業ついてこれなきゃ資格とれないよ。」

「?あれ、先生僕が明蛇の人間って知っとったん?せや、さっき京都訛りやったし。」

「そりゃあ受け持つ生徒のことくらいは知ってるよ。それに私は京都出身。」

「なんやぁ!嬉しいわぁ、こんな別嬪さんと同郷で!」


人懐っこい笑みとか恥ずかしいことを平気で言うところはアイツとそっくりだ。まぁこの子の方が軟派っぽいけれど。
歳が余りにも離れていたから忘れていたが、そういえば末っ子がこのくらいの歳だったと今になって思い出す。


「本当そっくりだね。」

「へ?」


何のことかわからないという顔を向ける志摩を無視して次は寝るなよと声かけた私は職員室に戻るため背を向けた。

















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