※グロまではいきませんが、吐き気を連呼していますので苦手な方は注意してください。








『何故我を喚ばない。主はもう契約の下、あの方の配下となったのだ…そして我は主の配下となった…力を求めよ…さすれば時を越えてその力我が物に…』





数日間同じ夢を繰返し、その度に目が覚めた。そして今日も同じ夢によって覚醒された頭は割れるように痛み、それによって強い吐き気を催した。まだ眠っている父と母を起こさぬよう静かに扉を開けると、酷い吐き気を静めるために自室を出た。



――――――――……


「透子…ちょっと顔色が悪いんやない?具合でも悪いの?」

「本当だね。忙しそうだったから無理しすぎたんじゃないのかい?」


朝食を運ぶ母は、私の顔色を見ると額に手を当てて熱がないか確かめた。ソファーに座り新聞を読んでいた父も母の声に反応して此方を覗くと心配そうにダイニングテーブルに近づいてきた。


「大丈夫、寝不足なだけ!」

「お休み貰えませんの?こっち帰ってきても殆ど家に居ないやないの」

「まだ来たばかりやないの。そんなに休んでばかりもいられません」


いただきますと運ばれたばかりのお味噌汁を少し行儀が悪いが啜ると、何も入っていない胃に染み渡るようだった。
夜明け前の胃には殆ど何も入っていない状態の中で、吐き出すものは胃液しかなくて、少し荒れてしまった胃と食道が痛む。しかし、せっかく用意してくれたのと、心配させないようにと少しずつ胃の中へおさめていった。





「オン、アキシュビヤ、ウン」


微かな温かさを感じ、包帯を解いていく。


「これで一先ず傷は見えない。まぁあくまで隠しただけだから治ったわけじゃねーがな」

「ありがとう、シュラちゃん」


先に出張所に着くと、誰もいない部屋で手首の奇妙な傷をもう一度シュラに見てもらい、何とか目立たないよう隠してもらう。場所が場所だけに、いつまでも包帯を巻いている訳にもいかないため、綺麗に見える手首をそっと撫でると安堵した。


「それで?何かあったのか?」

「えっ!?な、何が!?」


脈略のない質問に思わず声が裏返った。そんなに顔に出てしまっているのだろうか。

正直、昨日の事が頭から離れず、ふとした時に思い出しては顔から火を吹きそうな程だった。


「やけに顔色が悪い。その傷の影響で何かあったんじゃないのか?」

「あぁ…そっちか。ううん。ただ…変な夢のせいで寝つけなくて」


的外れな事を考えていた自分に心の中でで渇をし、誤魔化すように問いの答えを探した。しかし、あの奇妙な夢がこの傷の影響なのだと決めつけるには、何とも現実味のない話で、シュラであっても話すのを躊躇われた。


「お前のこっちでの仕事は病人を看ることだからと言って、何が起こるかわからんからな。合間みて休めよ」

「ええ…ありがとう」





燐に用事があると言うシュラと共に、虎屋に向かうと、まだちらほらと寝間着姿の者がみてとれた。
部屋にいない燐を探しに朝食が用意されている大広間を見に行くと、ぽつぽつと人がいる程度で、混んでいた時間は過ぎたのだろう。そんな中、一際賑やかな席に燐はいた。


ドクン――――


「!?…ッ!」


突然心臓が大きな音を立てて騒ぎだし、左手首が痛んだ。しかし、それも一瞬で、手首の傷は未だに隠れていた。


「せやせや、奥村くんこれからプール行かへん!?」

「はぁ?」


今日あの子達は一日休みらしく、一緒にいた志摩は休むより遊びに出掛けたいようだ。
シュラが静かに燐に近づいて行くのを黙って着いていく。


「それってアタシもお誘いがあるのかにゃ〜」

「あら、私も久しぶりに京都散策したいわぁ〜」


シュラが燐のTシャツを引っ張りながらお説教を始めたのを横目に「先生おはようございます〜」と暢気に挨拶をする志摩と、その横で金髪の“志摩”が物凄い勢いで朝食を平らげている姿を眺めた。

チラリと視線を下げると、反対に視線をこちらに向けて上げている彼と目があった。


「おはようさん」

「おはよう、ございます…」


優しすぎる眼差しに頬が紅くなっていくのがわかり、思わず目を反らすと、燐を連れてシュラは去ってしまった。出遅れた私は何とも気まずい状況に戸惑っていると、手を下に引かれ、そのまま柔造の隣に膝立ちになった。
驚いていると額に大きな手が当てられ、ずいっと綺麗な顔が近づいてきた。


「熱は無さそうやな。顔色めっちゃ悪いで?」

「は!?えっ、ちょっと…!!」

「ちゃんと寝てないやろ?隈出来とる」


焦る私を無視して頬や手に触れる柔造を見て、目の前の二人は混乱してるのか目が点になっている。金髪にいたっては器を落としていた。
他の人の眼も気になって、肩を押して距離をとる。


「だ、大丈夫やから!!」

「じゅ、柔兄…!何なんやこの女!!」

「あ?何て、恋人や」


ブーッと吹きだす志摩に汚いと突っ込む余裕もなく…さらりと言った柔造の肩を押した状態のまま、固まってしまった。

恋人……

よりを戻そうと言葉にはしなかったが、改めて言葉にされた甘い響きは、もう何年もそういったことに無縁だった為か、酷く恥ずかしく、そして少しだけ嬉しかった。



「はぁーーっ!?柔兄にはもっとゴイスーボディの金髪美女がお似合いやろ!?」

「ああん!?失礼やぞ金兄!こんな別嬪捕まえて!!透子先生の美乳を見たらそんなこと言えへん「死にたいんか?」

「「すんません」」


懐から出した銃とクナイを馬鹿二人に突きつけて静かにさせると、ちょっと来てと柔造の腕を引いて広間を後にした。









「ちょっと!何も今言わなくてもいいじゃない!!」

「言葉戻っとるで」

「早口になると標準語の方が…って!そんなことはどうでもいいっ!」

「まぁええやないか!別に隠す事でもないんやし」

「こっちは仕事中だし、私は志摩の先生でもあるの!もう…」


興奮したら少し目眩がして、思わず彼の腕を掴む。彼は掴んでいない方の腕を私の肩に回し、寄りかからせるようにすると、心配そうに顔を覗き込んでくる。
思ったよりも目眩は酷くて、素直に柔造の肩に額を押しつける様に寄りかかった。


「ほんとに大丈夫なんか?」

「…寝不足でちょっと貧血なだけやから…もう大丈夫」

「俺今日から復帰やさかい、この後会が終わったら出張所におるけど、何かあったら遠慮せんといいや?」

「おん、あとちょっとだけ…こうさせてて…」


離れなければと頭では思っていても、触れている箇所から伝わる温もりが心地好くて、寝不足の身体が癒されていく気がした。髪を撫でる手が止むと、そのまま頬に触れた手が優しく上を向かせる。重なった唇が小さく音をたてて離れていき、私は彼の背に回していた腕を離した。


「いってらっしゃい」

「おん」








――――――――――……



「あら、殆ど手ぇつけてはられまへんなぁ。お嫌いなもんでも入ってはりましたか?」

「いえ、すみません。ちょっと食欲なくて…でも美味しかったです。ごちそうさまでした」


昼食を頂き、未だに気分の優れないまま昼は過ぎていった。胃が痛み、午後には頭痛も始まって、正直布団の上に倒れこんでしまいたいと思いながらも、休みにも関わらずしえみが手伝いを進んで行っている姿をみて、甘えてもいられないと奮起したのだった。


そうしてすっかり日が落ちた頃、今日はもう帰れそうだと歩いていると、三輪の興奮した声が聞こえてきた。


「明陀が僕の唯一の居場所…それを壊す危険のある日人は……僕にとっては敵や!!!」


ドクン――――――


まただ……


胸を押さえていると燐が此方に向かって歩いてくる。


「!透子…」


微かに聞こえた燐の言葉は、出会った頃よりも成長していて、修業頑張ってねとだけ声をかけた。燐が去った後も立ち尽くす三輪に近づくと、びくりと肩を揺らした。


「此所は?」

「え?あ、はい!此所は明陀の墓で…僕の両親もここに……」

「そう…手を合わせてもいい?」

「は、はい…ありがとうございます」


三輪と書かれたお墓の前で手を合わせる。帰ってきてから毎日来ているのだろうか。花も線香もまだ新しい。


「燐が怖い?」

「それは…」

「私も正直怖いの」

「!」


この場所に訪れる前の、アマイモンの襲撃のことを思い浮かべると、綺麗なままの左手首を隠すように握る。今でも鮮明に思い出せる。自我を亡くして襲いかかる、人間とは言い難い燐の姿は、あの優しい笑顔の彼とは全くの別人だった。


「またあんな風に突然自我を亡くすかも知れない。力をコントロール出来なくて、周りを傷つけるかも知れない…………でも何より、燐を護れない方がずっと怖い」

「!」

「もしも燐じゃなくて自分がサタンの子だったとしたら、自分の意図しない所で周りが傷ついて、忌み嫌われるとしたら…私だったら耐えられない。そんな思いを今燐が必死に乗り越えようとしてるなら、私はそれを護りたい。だから…」


俯いて拳を握る三輪の手をとってほどく。


「それに…燐だけじゃなくて三輪や生徒達みんなを護りたい。そんな力、無いのはわかってるけど、私は私のやり方でみんなを護りたいの。だから三輪は三輪のやり方で明陀を護ればいい。燐もきっと今それを考えてる。多分…勝呂もそうだと思うよ?貴方達を護るのは私達に任せて、三輪は自分に何が出来るのか、ゆっくり見つければいいよ」

「……」





















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