「ぐすっ……」

「………」


暫く柔造に抱き締められたままぐずぐずと泣いてしまい、恥ずかしさと気まずさから落ち着いた今でも顔を上げられずにいた。誰に見つかるかわからない状況に早く離れなければと思う半面、心地好い体温にこのまま身体を預けていたくなる。


「柔造さん何処行ったか知っとるか?」


バッと思いきり顔を上げると、柔造も外の様子を伺うように耳を傾けた。どうやら蟒叔父様が居なくなった柔造を探しているようだ。彼は溜め息を吐きながら頭を掻くともう一度私を抱き締めた。


「もう行かなきゃ…」

「…喋り方……」

「…え?」


身体を少し離すと顔を覗きこまれた。


「京都弁…もう使わんのか?」

「あぁ…いや、何年も向こうに居たから何となく……気緩んだ時はこっちの言葉も出るけど…」

「なんや、今は気張っとるんか?」

「……………ちょっと…緊張してる…」

「……っぷ」


先程までの雰囲気は何処へ行ったのか、突然笑いだし余裕の彼の胸に軽くパンチを食らわした。


「柔造」

「…ん?」

「ごめんね。本当はずっと一緒に居たかった…だけど夢を諦めることも、あのまま付き合っていけるかも自信がなくて、結局柔造を傷つけた…」


柔造は立ち上がって、私の手を引いて立ち上がらせた。着物を着ていたことをすっかり忘れていたため、少し着崩れてしまい慌てて直し、柔造の浴衣も私が握っていたせいか胸元が大きくはだけてしまい目のやり場に困る。


「まだ透子の気持ち聞いてへん」

「私の気持ち?」

「過去のことはもうええ、俺は今の気持ちが知りたい」


真っ直ぐに見下ろされ息が詰まる。

言っても良いのかな…柔造のことを好きでいて良いのかな…


「わ、私…」


声が震えてしまい再び涙が溢れる。


「私も好き…」

「…おん」

「忘れたことなんて一度もない」


遮るように柔造の唇が触れて、離れていく。本当に触れるだけのキスに目を閉じることも出来なかった。もう一度近づいてくる顔に思わず目をぎゅっと閉じると、再び柔らかい感触が私の唇に降ってくる。今度は確かめるようなキスが何度も何度も繰り返されて身体の力が抜けそうになるのを必死で絶えていると、柔造の腕が私の腰に回って支えられた。


「……」

「………ん…」


やっと離された頃には軽く息が上がり、身体を柔造に預け、抱き着いているような形になっていた。


「悪い……」

「大丈夫…それよりもう行って。叔父様が捜してる」

「ん…お前虎屋にいるんか?」

「夜になれば実家に帰る。でも暫くは虎屋で魔障者の看病しにくるから…」

「おん、じゃあまた…」


去り際に髪を一撫ですると、静かに襖を開けて出ていった。私はまだどきどきと大きな音をたてる心臓が落ち着くまで部屋を出ることが出来なかった。







―――――――――………





「お疲れ様」


あの後火照る顔を隠しながら、すっかり忘れていた所長さんの薬草茶を、子息とあんな事になった直後で若干の気まずさを感じながら運んだ。
乾いた制服に着替え、まだちゃんと訪れていなかった出張所に顔を出しに行くと、調度仕出しに口をつけているシュラと燐たちが集まっていた。


「シュラちゃ〜ん」

「何だお前、気持ち悪いにゃ〜抱きつくな」

「そのビールちょうだいっ!」

「はっ!?これは私のお楽しみだ!お前は実家帰るんだろ」

「…ケチ」


どかりとシュラの隣に腰掛けるのと同時に、勝呂はその場から去っていき、後を追うように志摩と三輪が着いていった。燐はちらちらと此方を振り向きながら三人の分の仕出しも持っていき追いかけていく。


「…やっぱり生徒達の様子が変ね…」

「う〜ん?まぁ大丈夫だろ。お年頃って奴だ」

「……」

「……前々から思ったんだけどよぉ、雪男にしてもお前にしてもごちゃごちゃ考え過ぎじゃないか?もっとシンプルに生きていかないと早死にするぞ?」


お前らは真面目過ぎるんだと綺麗に盛り付けられた煮物の人参を口に放り込み咀嚼する。回りはまだ忙しなく働いている者で賑わっていて、暢気に酒を頂戴しようとしていた人間の何処が真面目なのかと微苦笑を浮かべた。勿論半分は冗談のつもりだったが。


「…ん?そういえばお前…怪我はどうしたんだ!?」

「…………その件で聞きたいことがあるの」


人目を避けてシュラの泊まる部屋に移動すると、私は左腕の包帯を解いていく。
シュラは少しだけ眼を大きく開けると直ぐに戻された。京都に来た日の夜に起こった出来事を詳しく説明をすると、信じられないと腕を組んで腕のペンタクルをまじまじと見つめる。


「シュラちゃんなら何か知っているかと思って」

「いや、残念ながらこんなケースは聞いたことがない。ただ…知ってると思うがペンタクルと魔術ってのは関わりが深いんだよ。もしかしたら何かの呪いの類いか……」

「呪いって…何だかファンタジーの世界ね」

「悪魔どうこう言ってる時点で十分ファンタジーだろうが!実際魔術は昔行われていたものだし、形は違うが日本にもそういった文化は古くから伝えられてきた。お前が得意な真言や詠唱は呪文の一種だろうが!」


普段から普通の人には見えないものを見ているせいか、多少のことなら驚くこともないのだが、突然呪いをかけられましたと言われてもぴんとこない。それに、呪いとは基本的には人間の間で行われるものだったはず。少なくとも呪いをかける悪魔など聞いたことがなかった。


「調べてはみるが、その傷は隠しておけ。今は燐のことや不浄王の目の件で正十字騎士團は過敏になってる。何言われるかわからんからな」

「そうね…」




真実を知ろうとすればするほど闇に隠れていくようで、気味の悪さだけが残る、そんな夜だった―――――…




















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