新幹線にギリギリで乗り込むと、携帯電話をマナーモードにしようとポケットから取り出すと、ふと数時間前の事を思い出した。













「いやー、この度は大変でしたね。御身体の具合はいかがですか?」

「本調子ではありませんが問題ありません。」


目の前にいるフェレス卿は座ったら気持ち良いであろう以かにも高そうな椅子に腰掛け、片手にティーポットを持ち、高めな位置からもう片方の手に持った受け皿に乗せられたティーカップに紅茶を注ぎながら尋ねた。


「貴女もご一緒にいかがですか?良い紅茶が手に入ったんですよ。」

「結構です。で…用件は何でしょうか。」

「案外せっかちでいらっしゃる。では本題に入りましょう。実は先程入ったばかりの情報何ですが、何者かにより“不浄王の左目”が盗まれました…そして、まだ確かな情報が入ってはいませんが“右目”の方も何者かにより狙われた様です。」


不浄王…!?話では聞いたことがあるが、実際の所殆ど知らない上に、立て続けに起こる良くない出来事に、眉を寄せた。


「左目は騎士団内の最深部に、右目は京都出張所の深部に封印されていました。左目は今犯人を追っている最中です。右目もたった今入った情報なので定かではありませんが、未遂に終わったとは言えかなりの被害が出たとか…そこで八坂先生には京都出張所に行って頂きたい!!」

「!…しかし…片腕ががこれじゃあ警護するどころか逆に邪魔になりますが。」


片腕には吊り包帯が痛々しく巻かれており、優秀な医工騎士のお陰で歩けるようになったとは言え、もし再び右目が狙われた時に戦闘は愚か、フォローすら出来ないだろう。


「確か八坂先生のご実家は京都だとか…本調子でないところを申し訳ありませんが、生憎人手不足でしてね。候補生も含めた何名かの先生方祓魔師にも京都に向かってもらいますが、八坂先生にはご自身の療養も兼ねて、一足先に京都出張所で魔障者の看護にあたって頂きたい。」

「…わかりました。では身支度が整い次第、出発します。」










新幹線の出発を表す音で我に帰ると、慌てて電源のボタンを長押しした。
未だに故郷に帰ることが信じられず、そう言えばなんやかんやで高校卒業後に一度実家に帰った以来、京都には帰っていなかったことを思い出す。
京都に帰るのならば、寝泊まりも実家の方が何かと都合が良いわけで…
電源ボタンを長押しして、再び携帯電話の電源を入れると、素早くメールを送って電源を切った。





――――――………



「今頃汽車の中ですかねぇ。」


懲戒尋問の末、半年後に行われる祓魔師認定試験に合格する事を条件に不問に処された奥村燐は、教えを請うため霧隠シュラに頭を下げた。
我が兄弟はどのように成長するのか楽しみですねぇ…


「ハッハッハ!!実に愉快!!これだから物質界に留まる事を止められない!!」


まるで子供のように脚を上げて椅子を回転させると、ベリー類がふんだんにあしらわれたタルトに勢いよくフォークを突き立てた。フォークを突き立てられたラズベリーから甘い香りが立ち上ぼり、紅い果汁が滴るのを眺め、笑みを溢した。


「我が末の弟の成長を見届けるには少し貴女も邪魔なのですよ、八坂先生…」






――――――……



まだ身体がダルいせいか、新幹線の中で何度も寝ては覚めてを繰り返した。やっと目的地に到着したのは日が落ち始めた頃で、出張所への挨拶は明日にして、今日の所は実家に帰ろうかと携帯電話を取り出す。


「透子っ!!」


突然名前を呼ばれた事に驚いて、危うく携帯電話を落としそうになった。キョロキョロと周りを伺い声の主を探すと、此方に小走りで女性が向かってくる。


「!お母さん!!」


最後に見た時よりも髪が短くなっていたが、間違いなく自分の母親で、突然の再会に何も準備が出来ておらず、挙動不審になってしまう。


「お、お母さん、何でここに!?」

「何でやないでしょう!!久し振りに自分からメールしてきたと思っとったら突然「今から帰ります」なんて送っといて!!何べんも連絡したのにケータイは繋がれへんし…それよりその怪我…!!」


腕の包帯を見て母は顔を青くした。他に怪我をしていないか確認するように頬に手を当てながらまじまじと様子を伺っていた。


「仕事で急に帰ることになって…ごめんね。暫く此方に居るんやけど、家に泊まって大丈夫かな?」

「何可笑しな事言うてるの、泊まるんやなくて帰るんでしょ!?お父さんも心配してたんやから!!」


母は持っていた最小限の荷物を奪うと車まで運び、母が運転する車の中で、京都に帰ってきた経緯とこれまでの事を簡単に話した。京都出張所には母の弟である蟒伯父様や、宝生の者が居るためか再び顔を青くした母に、死者は出ていないことを話した。


数年振りの実家に着くと、家の中には灯りが灯されており、既に人がいることがわかった。玄関を開けて、ただいまと声を掛けると、リビングから顔を出した父が優しく出迎えてくれた。


「お帰りなさい、透子さん。」

「ただいま、お父さん…!!」

「あら、私の時とは偉い違いやね。」


抱き着かんばかりに駆け寄るのを見て母が呆れたように言う。


「ミヤコさんから連絡が来て、仕事を切り上げてきたんだ。会いたかったよ、僕達のお嬢さん。」


少しだけ白髪交じりになった以外はそんなに変化はなく、幼い頃から時々“お嬢さん”と呼ぶ時のいたずらっぽい仕草は今でも優しいままだった。懐かしさと両親の変わらぬ愛情を感じて、うっかり泣いてしまいそうになるのを堪えた。


「私もう24歳だよ?」

「僕にとってはいつまでたっても可愛いお嬢さん(娘)だよ。それよりこの怪我はどうしただい?可哀想に…」


痛々しい腕や顔の傷をみて、悲しそうな顔をする父に大丈夫だよと伝えると、怪我をしていない方の肩に軽く手を置いて微笑んでくれた。いつの間にか奥にいた母が顔を出して「いつまで玄関にいるの!?早く入りなさい!!」と私達に言うと、背中を押されながらリビングに入っていった。







この穏やかな中で、今か今かと密かに時を待つ黒い影に、気付くはずもなかった……

























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