「はぁ…はぁ…」

「ひっっ、息…苦し…」

「志摩さん!」


暴走したように戦う燐達を置いて安全な場所に非難し、森から炎が広がっていく光景が見えた。

強くあばらの辺りを蹴られたらしい志摩は一人で立っているものの、先程から呼吸がし辛いのかひゅっと音をさせながら息苦しそうに胸を抑えていた。
見れば三輪の左腕は腫れ上がり、勝呂の口からも血を吐いたのか跡が残っていて、雪男におぶさっているしえみの首筋にはガーゼが貼られていた。

しかし……


(一番酷いのは私だな…)


血の足りない頭でふらふらとしながらふとそんな自嘲的なことを考えた。
私に肩を貸すシュラは森で勢いを増す炎を見上げ舌打ちをした。


「…シュラさん、貴女こうなるのわかっていて僕を外しましたね。兄の剣をみると言っていたじゃないか!その顛末がこれか!!」


背後から珍しく声を荒げて叫ぶ雪男に、シュラは振り向かずに「まぁあわてんなビビリメガネ」と返し、代わりに私は少しだけ首を後ろにひねった。
この動きだけでもかなりの激痛が走るが、必死に耐える。


「あれ、だけ……他の人が…お、こってるの…見ると…怒る、気…うせる…なァ…ハハッ……」

「全く…アイツがキレるとお前より厄介だよ。」

「ごめんね…一人で勝手に、行って…」

「これでお互いチャラだろ。」


ありがとう…


最後に一言伝えると、私は意識を失った。




――――――――――――………




「透子さん!!」

「安心しろ。痛みで気失っただけだ。」

「あの…どうなってるんですか…燐は……説明してください。」

「兄は……」


シュラさんから気を失った透子さんを預り、何から話せば良いのか困惑していると、血の気のない透子さんの顔をチラリと見た。先程の涙の跡がまだ残っていて、浅く呼吸を繰り返しているが、痛みからか微かに乱れている。




「いやぁ青いな…まるであの夜のようじゃないか。」


いつの間にか現れた白いロングコートを纏う姿にそこにいる全員が驚いていた。いつから居たのか、灯台の頂上から燃え上がる炎を仰ぎ見てる。


「誰?」

「おはよう諸君!オレはアーサー・O・エンジェル…ヴァチカン本部勤務の上一級祓魔師だ。」


エンジェル…!?じゃあこの人が例の…!


「つい最近任命されたばっかの現『聖騎士』だよ。」


聖騎士…神父さんの…


「そしてシュラ、オレはお前の直属の上司だ。」

「フン」

「しかしシュラ、これはどういう事なんだ?君の任務は故・藤本獅郎と日本支部長メフィスト・フェレスが共謀し秘密裏にしているものを調査報告する事じゃなかったか?」

「だってどーせアタシ以外にも密偵送ってんでしよ〜?」

「まぁな、だがもう一つ大事な任務があったはずだ。もしそれが…」








ポンッ


「グルルオ"オ"グア"あ"ア"ッ」


シュラさんとエンジェル氏の会話を遮るように、再び何処から現れたのか全員が驚く中、随分と可愛らしい音の後に響いたのは、獣のような叫びだった。その音と共に現れたのはフェレス卿と兄さんだった。理性を失ったその姿はまさに…


「…燐!!」


しえみさんの叫びにすら彼には届いてはいないようだ。今にも人に襲い掛かりそうな勢いで鳴き続ける彼をフェレス卿が抑えながら、この状況には似つかわしくない挨拶をエンジェル氏に告げる。


「おや、お久しぶりですねエンジェル。この度は聖騎士の称号を賜ったとか…深くお喜び申し上げる。」

「『もしそれが…サタンに纏わるものであると判断できた場合、即・排除を容認する』…シュラ、この青い炎を噴く獣はサタンに纏わるものであると思わないか?」


フェレス卿が兄さんを掴んでいない方の手で鞘に刀を納めると、兄さんは電池の切れた玩具のように意識を失った。





――――――――――…………




おとーさーん!おかーさーん!


「透子さん、転びますよ。」

「透子、此方へいらっしゃい。」


おとーさん、またおはなししてぇ!


「いいですよ。透子さんはお話が好きだね。」


だっておとーさんは“せんせい”やからなーんでもしってるんやもん


「透子は本当にお父さんにそっくりやねぇ。」

「元気で活発な所はミヤコさんにそっくりですよ。」

「もう!ふふふ、」





やだぁ!!わたしいかないもん!!おかあさんたちといっしょにいるぅ


「透子…お願いよ。怖いもんから貴女を守るんは叔父様達の力を貸してもらわなあかんのよ。」


いややぁ!おじさまのところになんかいかん!!


「透子さん、」


おとうさんとおかあさんといっしょやないとやだよぉ


「ではこうしましょう。寂しくなったり怖くなったら神様にお願いしてごらん。」


かみさま?


「そう。神様が透子さんのことをずっと見守ってくれているから一人じゃないんだよ。直ぐに迎えに行くからそれまでは宝生のお家でいい子に出来ますか?」


…おん。わかったぁ…


「いい子だね。さ、おいで。今日は特別に僕のとっておきのお話を聞かせてあげましょう!」





「私にも娘がおるから仲良うしてやってな?ほら、蝮。隠れてないで挨拶しい。」

「蝮や…」


八坂透子です!






蝮ちゃんもこわいの見えるん?


「あくまっていうんやって!父さまが言ってた!!」


アクマ?


「あては大きくなったら父さまみたいにあくまをたおすんや!!」


たおせばこわいの見えんくなる?


「そうや!」


じゃあわたしもなる!!







「あ、蝮。おまえ友だちいたんけ?」

「おさる!!なにしにきたんや!!」

「おとんのおつかいやドブス。」


蝮ちゃんのお友だち?


「こんなやつ友だちやないわ!!」

「おまえだれや?」


透子、蝮ちゃんのいとこ


「オレは柔造や!!よろしくな!」






お父さん、お母さん。私正十字学園に行って祓魔師になる。


「そんな危険な…」


自分の身は自分で守りたいの。大丈夫!心配せんといて!!


「もし怪我でもして身体に傷が残ったりしたらどうするの!?貴女女の子なんやから…」

「…ミヤコさん、行かせてあげよう。」

「あなた…」

「僕たちの子だよ?心配ありませんよ。」


お父さん…あのね、もしも祓魔師以外になるとしたら、教員になりたいな。お父さんみたいに大学の教授はちょっと無理だけどね。






「あれ!?もしかして透子か!?俺、志摩柔造!蝮の幼なじみの!覚えとるか!?」


志摩…柔造くん!?久しぶりやね!!まさか正十字学園(ここ)で会うなんて!!


「懐かしいなぁ!!元気やったんか!?これからまたよろしくな!」


柔造くんも元気そうで!此方こそよろしく。


「その柔造くんって止めや。昔みたいに柔造でええよ。」







藤本神父(せんせい)!!


「お、透子〜お前また試験トップだったらしいなぁ!!いや、優秀優秀!!」


でも実技系は苦手やから…幾らテストの点数が良くてもそれだけやと祓魔師にはなれへんもん


「そんなこたぁねーぞ?知識があるって事は色んな事に対応出来る。咄嗟の判断力は祓魔師には重要なことだからな。透子は良い祓魔師になるぞ!!」





「こいつが息子の一人、雪男だ。色々教えてやってくれ。」

「奥村雪男です。よろしくお願いします。」


八坂透子です。よろしくね。







「あの、八坂さん。これ…」


あのさぁ、その八坂さんって止めてよ。透子でいいわ。


「え、でも…」


私も雪男って呼ぶからさ!








奥村っ!!起きなさいっ!


「うげっ!!なんだなんだ!?」


なんだじゃないよもう!5分も集中出来ないの!?







燐っ!


「…透子……」


燐っ、貴方は武器なんかじゃない!


「透子…」


生きて…!私の勝手な願いだけど、燐に生き ていて欲しいの。貴方は藤本神父が残した希望なの…!だから…!








燐、人間に…失望しないで……








「透子さん…?」


重い瞼をゆっくりと上げると、真っ白な天井が目の前に広がっていた。息をゆっくりと吸い込んで、様々な体の痛みと、長い間眠った時のような頭痛がじわじわと甦ってきた。


「具合はどうですか?」

「雪男…」

「皆さんは大丈夫ですよ。兄のことを話しました。だいぶ動揺してましたが…」

「…雪男…」

「あの後、フェレス卿が懲戒尋問にかけられて、兄さんは半年後の祓魔師認定試験に合格を条件に釈放されました。」


ベッドの横に椅子を置いて淡々と語るその顔は伏せられていて見えにくい。しかし見えたからと言って、私は彼の気持ちはわからないだろうなと起き抜けの頭はそんなことを思った。

そうか…燐を守れなかったのか…


「透子さん?」


動く右腕を上げ、手で顔を覆って涙を流した。泣いてはいけないと強く思いながら、また誰一人守れなかったことが悔しくて、溢れる涙を抑えることが出来なかった。雪男は暫く黙って傍らに居てくれたが、また様子を見に来ますと告げて部屋を出ていった。













補足:
主人公のお父さんは大学教授で娘にもさん付けして敬語で話します。癖です。とっても優しいお父さんです。
お母さんはミヤコさんです。ミヤコヒメヘビから取りました。主人公の(少ない)楽天的な部分やシビアな部分は母譲りです。












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