「…ぷっくっくっく」
肩を揺らして笑うシュラの横で、私は口をあんぐりとだらしなく開けているしかなかった。
「ほらみろ!訓練開始10分と経たず炎使ったぞあいつ!」
「〜〜〜〜!!!」
こちらの彼は肩を揺らして怒り耐えていた。実際は背中しか見えないのだが…
「まぁ大丈夫だろ。この暗闇じゃ逆に目眩ましになるはずだからな―――」
青年期は感情のコントロールがまだまだ未熟な部分がある。といっても、雪男のような実際の年齢よりも老成した子も中にはいるのだが。
そんな大人でも子供でもない時期の真っ只中に燐はいて、特に燐は複雑な過去を持っているせいか、余計に感情を抑えられていない。私の勝手な憶測だが、炎は燐の感情にリンクしているらしく、自分で制御出来ないのも、感情を上手くコントロール出来ていないからではないかと考えていた。
「…………兄の能力を隠し通すのに限界を感じる。」
「フケたなー雪男ぉ。三年前はあんなに可愛かったのに…今じゃすっかり疲れきったサラリーマンみたいだぞ?」
「放って置いてくれ!!」
しかし、無理もない話だ。燐のことは異例中の異例。力を抑えろと言うのは簡単だが、実際私達に悪魔の…サタンの力の抑え方など知るはずもないのだ。ただでさえ何を考えているのか分からない理事長(フェレス卿)の下、燐の存在を隠し、祓魔師として育てるなど、雪男がピリピリするのも分かる。
「シュラさんはどういうつもりなんですか?何故本部へ報告せず、こんな所で油を売っているんです。」
「アイツ…燐に剣を教えてやることにしたー♪報告は現状保留だ。」
「!!!!ほ…本当ですか!ど…どうして……」
確かに剣の指導ならシュラちゃんが適任だが、何故本部に黙ってまで燐に剣を教える気になったのか、私も疑問に思った。
「んーアイツ、アタシに聖騎士になるって
ほざいたんだぞ!にゃっはははははは!!」
「(燐らしいけど…)それだけ?」
「何をやってるんだ兄さん…!!」
「大志を抱く少年は嫌いじゃないんだ。獅郎に頼まれた時は冗談じゃないと思ったけどな。」
「神父(とう)さんが…」
藤本神父(せんせい)……だからシュラちゃんは……
「ただ、まだ青臭すぎて全然やる気が起きないがな。気に喰わないが燐を鍛えるやり方に関しては奴に賛成かもな。」
―――――――――…………
夜明け前の新鮮な空気が流れてきたのを感じると、一つ伸びをする。暫く動かずにじっとしていたせいか、あちこちが固まっていたようで、ゆっくりと体を起こしていく。
「午前四時をまわりましたね。」
雪男が時計をちらりと見て告げる。
「むにゃむにゃ…」
「……………!!(この野郎…!)」
眉間に皺を寄せて、すっかり寝入ってしまったシュラを睨みつける雪男は既に数時間経っているというのに、疲れを一切見せずに森を注意深く見張っていた。
「まぁまぁ、私が見てるから雪男も少し休めば?」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。仕事なんで。」
「(私も一応同僚なんだけどなぁ。)」
雪男が唯一、私に感情を露にしたのは藤本神父が亡くなった時だけだった。にこりと微笑んだ顔は優しいのに、どこか温度を感じられず、思わず熱を確かめるように頬に手を当てた。
「え?透子さん!?どうしたの!?」
「ゆき…」
ピィィイ――!
「んにゃっ」
高い音と共に小さな光と煙が空高く上がった。それまで眠っていたシュラはその音で目覚めたらしく、私も立ち上がり煙の上がる方向を確認する。
「もうギブアップか、早いな。」
「私が行くよ。」
対悪魔用の銃に銃弾を詰め、残りは脚に巻き付けたケースに入れて準備をする。
「透子さんはシュラさんが寝ないように見張ってて下さい。僕が行きますから。」
「お〜うっせぇのはさっさと行け〜」
「………チッ!!」
ストレス溜まってるなぁ。
それでも、常に冷静な雪男にここまで表情を変えさせるとは…燐のことも含め、シュラちゃんには本当に敵わないなと苦笑いしながら雪男の銃を手渡すと気をつけてと一言告げて見送った。
「シュラちゃーん、あんまり家の子虐めないであげてよ。」
「にゃははは!!透子、2人のお子ちゃまのお守りしてる場合じゃねーんじゃねぇ〜の?“じゅうぞう”とやらが泣くぞぉ♪」
「!?な、なんで!?」
「この間寝言で呼んでたにゃー♪『じゅ〜ぞ〜会いたいよ〜』」
誰の真似をしてるのか、声色を高くして甘ったるい喋り方が癇に障ったが、それよりも寝言とは言え、そんな寝言を口にしてしまった自分に後悔する。
「………自分で手離したくせに、図々しいよね。」
「(ありゃーこれは意外だなぁ…)忘れられないほどいい男ってわけか。」
「ふふ、そうね。いい男かも。」
シュラとこんな話をしていることがなんだか可笑しくて、一瞬感傷的になった気持ちが落ち着いた。
それから暫く、過去の話をぽつりぽつりと話した。学生時代のこと、藤本神父のこと、柔造のこと…
興味なさそうに、でもちゃんと話を聞いてくれていたシュラは、藤本神父の話をした時だけは怒ったような、切ないような顔をして聞いていた。
「しかし意外だな。」
全て話終えると、シュラはにやりと口角を上げながら此方を見た。
「は?」
「割りとこざっぱりしてる奴だと思ってたからな。男の子のことで悩んでる透子はある意味貴重だぞ!」
「そんなことないよ…。どちらかと言えば昔からこんな性格だったから友達も殆どいなかったし、泣いてばかりだった。ただ…塾の講師始めてからは少し変われたかな。」
「ふぅ〜ん…」
「柔造のことは…最近思い出す機会が多かったから…余計なことまで思い出しちゃって…ハァ〜、それまでは割りと大丈夫だったんだけどなぁ〜〜」
盛大な溜め息と共にばたりと後ろに倒れこんで大の字になる。思ったよりも星が沢山出ていて、パチパチと焚き火の音が鳴った。瞬きもせずに星を眺めていると、一瞬、黒い影が横切った。
え!?
「おぉ〜♪やっと一人めが帰ってきた。」
シュラの声で我にかえると宝の姿が見えた。どうやら一人らしい。
立ち上がり、もう一度眼を凝らして木々の間を覗いたが、黒い影が見えることはなかった。
―――――――………
「で?燐くん、シュラちゃんとの約束は守れたのかなぁ〜!?」
あれからまた暫くして、出雲ちゃんが化燈籠を無事にここまで運び、時間はかかったものの、他の五人も力を合わせて無事に帰ってきた。
「うっ…!そ、それは…!!」
「貴様ぁ…開始10分もしない内に使っただろう…!?」
「(ヒィィ!!悪魔がいらっしゃる…!!)スンマセン…!!」
「全く…ん?あれ?そういえば…」
「雪男は?」
「お前ら全員か?」
シュラと自分の声が被った瞬間ぞくりと背中に緊張が走った。
何っ!?
気配を探るため神経を張り巡らしていたせいで、私はしえみの変化に気がつけないでいた…
そして、黒い影が二つ。
目の前に現れた相手見て、背筋が凍った。
この時はまだ、この先に起こることなど、知るよしもなかった―――…
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