じゅうぞー…






弱い声色で誰かが俺を呼ぶ




…誰や…俺はまだ寝ていたいんや…




微睡みの中漂う真っ白な世界は徐々に黒く塗り潰されて、視界から光が失われていく。暖かな空気はやがて冷たいものとなり、背筋から緊張が走った。

世界が完全に闇に包まれた瞬間、突然目の前に女が一人横たわっている姿が表れた。真っ暗な暗闇の中、自分が何処にいるのかさえもわからないのに、その姿形が見えることに妙な感覚を覚える。

ピクリとも動かない女は少し離れているためか顔が良く見えなかったが、撫でたらさらりと流れるであろう、長く綺麗に伸ばされた、明るい栗色の髪と白く透き通る肌が、真っ暗な世界に唯一色を成している。




一歩一歩ゆっくりと近づく。



死んでるんか…?



最後にもう一歩踏み出した瞬間、足下が崩れて思わず仰け反り、危機一髪のところで後ろへ下がった。

目の前がスローモーションのようにゆっくりと崩れ落ちて行く。女の身体もゆっくり、ゆっくりと傾いて行く。

傾いた身体は先ほど見た時とは違い何故か血だらけで、傾いた拍子で此方を向いた顔を見た瞬間…








「透子っ!?」





目が覚めた。

「なんや…夢見が悪い…」


少し着崩れた浴衣を直す。
汗ばんだ身体が気持ち悪く、夢に出てきた女の顔が目覚めたはずの頭から離れない。普段なら洗顔と歯磨きを簡単に済ます程度だが、汗の気持ち悪さともやもやとする感情をはらいたくて、起きてそうそう風呂場に向かった。


「ふぅ。」

「なんや、今日はやけにはやいな。」

「おはよう。」


汗を流して脱衣場を出ると、既に祓魔師の制服をきたおとんが丁度目の前を横切った。


「ちょうどええわ。後で部屋に来なさい。」

「?はい…」


おかんが用意した朝食を食べ、自分も制服に着替えると親父の部屋を訪れた。
仕事の話だとばかり思っていた俺は、一言告げて襖を開けて驚いた。


「なんや、おかんもいたんけ?」

「座りなさい。」

「……はい。」


仕事の話ではないようだが、何か大事な話らしく何時もなら明るく、おとんを尻に敷くようなおかんも今は黙っている。


「お前ももう25やろ。そろそろ良い歳や。」

「はぁ…?」

「柔造にねぇ、虎屋の女将さんが良いお話を持ってきてくれはったんよ。」

「………」







ーーーーーーーーーー………



「皆さん、今日から楽しい夏休みですね!」


「…おい、例のモノは持ってきたか?」


「―――ですが候補生の皆さんはこれから“林間合宿”と称し…“学園森林区域”にて3日間実践訓練を行います。」


「えぇ、バッチリ♪」


「引率は僕、奥村と霧隠先生と八坂先生が……って!さっきから2人とも何こそこそしてるんですか!?」


正十字学園は夏休みに入り、生徒達の大概は帰省する中、終業式終了後の早々に最寄り駅で集合したのは勿論祓魔塾の1年の面々。


「ん!?いや、何でもない何でもない!!」

「にゃほう。」

「全く…では、夏休み前半は主に塾や合宿を強化し、本格的に実践任務に参加できるかどうか細かく皆さんをテストしていきます。この林間合宿もテストを兼ねていますので気を引き締めていきましょう。」


気合い十分の生徒達の返事が出発の合図となり、次々と路面電車に乗り込む姿を見守りながら今朝シュラに告げられた事が頭を過る。


『透子、今回お前は手を出すな。』

『…どういうこと?』

『あのガキの事だよ。どうもお前はアイツに構いすぎる。今回の合宿は今後どうなるかを試す必要があるからな。お前には大人しくしていてもらうぞ。』

『……』



「透子さん?」

「えっ!?」

「電車出ますよ?」

「あぁ、ごめんなさい。今乗るわ…」


電車に揺られること数十分。暫く歩いたその先に学園森林区域が見えてきた。この森林区域は学園都市の最下部に位置し、様々な悪魔が潜んでいる。


「…祓魔師いうか…行軍する兵隊みたいな気分やな…」

「重い、暑い」

「しんどい…」

「蚊が多い…」

「シュラちゃんあんな薄着で虫大丈夫なのかしら…」

「うおーい滝だ!!」

暑さと大量の荷物を背負いながら森を進んで歩く生徒達は口々に不満を洩らすなか、一人だけはこの状況を楽しんでいた。


「おーい!ちっちゃい滝あるぞー!飲めっかなコレー!!」

「「止めなさい奥村くん(燐)」」

「なんでアイツあないに元気なんや。」

「何気に奥村くんて体力宇宙ですよね。」


「何かピクニックみてーだよなー!」


――――――――――………


「よっし!!ありがと出雲ちゃん、しえみ。」

「ふふふ、楽しいね!!私キャンプ初めてだからドキドキする!」

「ふん。」

「おーご苦労ご苦労〜」

「シュラちゃん次夕飯作るんだから少しは手伝ってよ。」


各自作業をしていれば、すっかり夕食の時間になった。女子が作る予定だった夕飯は、しえみと出雲ちゃんの危なっかしい手つきを見兼ねた燐が、慣れた手つきでカレーを仕上げた。正直カレーなんて誰が作ってもそうそう違いがでるわけないと思っていたが、今まで自分が作っていたものとこれほどまでに違いがでるものかと、そこそこ自炊していて女である自分は少しばかり落ち込んでしまった。

「う、うまい…材料は変わらないはずなのに…!?何入れたらこんな美味しくなるわけ!?」

「透子さんも料理するんですか?って…聞いてます?」

「ん!?…あぁ、まぁそこそこね。一人暮らし始めてからは特に。」


最近はちょっとさぼりがちだが、毎日外食は経済的にも健康的にもよろしくないため、余裕がある時は自炊するようにしていた。といっても作る相手もいなければ、食にそこまでこだわらない性格もあって、レパートリーは少ないし簡単なものばかりだ。


「へぇ、僕も透子さんの料理食べてみたいな。」

「私の料理なんかより美味しいもの毎日食べてるじゃない。羨ましいわ。」


燐の料理の腕は勿論のこと、雪男達の寮にはウコバクもいるはず。間違いなく私の貧相な料理よりも美味しいであろう。


「わかってねぇーなぁ透子〜ビビリーは“お前”の料理が食べたいんだよぉ〜♪」

「?まぁ別にいいけど…」

「ちょっ…!!僕はただ純粋にっ!!」

「なんやなんや〜?先生らえらい盛り上がってますやん♪」


余り焦ったり戸惑ったりした表情を見せない雪男が珍しく焦っているから、少し笑ってしまった。笑っている私を見て再び困ったような恥ずかしいのか少し照れているような顔をして顔を隠すように膝に顔を埋めたから、今日は本当に珍しいなぁともう一度クスクスと笑ってしまった。






「…では夕食が済んだところで今から始める訓練内容を説明します。」

「つまり肝試し肝試し〜♪」

「いえーい♪」

「シュラさん、透子さん…任務中です。」


夕食後、私とシュラちゃんは用意していた例のモノで楽しんでいた。


「つかその女18歳や言うてなかったか!?」

「18歳?何をバカなことをこの人は今年でにじゅうろ…」

パッコーン
「んにゃー手ェすべった〜」

「おい…………仕事をしろよ…!!」

「やーん、ゆっきーが怒ったぁ〜」

「「「「「「「……」」」」」」」


―――――――――――……


一通り訓練内容の説明が終わると、各自が四方に一に着いた。
私は先程燐に何かを話していたシュラちゃんの方をチラリと覗きみる。

雪男の号令と銃声で生徒達は一斉に走り出すのを見送ると、無事に全員が帰って来ることを祈った。

もう一度チラリとシュラちゃんを覗きみると、まだ缶ビールを煽っていて、それを雪男が呆れて見ていた。


「…よっ…と、ちょっと失礼〜」

「透子…どこ行くんだ?」


立ち上がり魔方陣の外へ出ようとする私に缶ビールを持ったままシュラちゃんが問う。その声は先程の酔っぱらった時に出すような甘ったるい声ではなくなっていた。


「……やだなぁ、聞かないでよ恥ずかしい。これでも一応女なんだから〜♪ちょっと飲み過ぎたみたい。」

「お前燐の後をつける気だな?どこまで過保護なんだよ。」

「透子さん…」


心の中で舌打ちすると今だ酒を離さないシュラちゃんの前に立つ。


「私はてっきりシュラちゃんが監視するのかと思ってたけど?わざわざ私に釘指しておくなんて怪しいのよ。一体なに考えてるわけ?」

「あたしゃガキのお守りをするためにアイツを生かしたんじゃねーよ。ベッタリ張り付いて監視しろって?冗談じゃねェ。」

「遊園地の時も燐には監視がついた…今回も何があるかわからないし、まだあの子は力をコントロール出来ない!!」

「おいおい、透子…お前までビビリー見たいに頭硬くなったのか?」

「シュラさん!!」

「まぁそう騒ぐな。透子…お前はアイツを…燐を信じてねぇのか?」

「!?」



『透子、お前はアイツを信じてやってくれ…』


『お前は何者にも染まらない強さを持ってる。だからどんな奴でも理解してやれるんじゃねぇかって思うわけよ!』


藤本神父……



「可愛がるのは構わんがこれは試験だ。あんまり感情に流されるなよぉ〜♪」


そういうと、シュラちゃんはごくりといい音をさせながら缶ビールを飲み干した。雪男は小さく頷いて、再び森へと視線を戻す。
私は一つ溜め息をつくと、シュラちゃんの隣に座った。


「シュラ…やっぱあんたは藤本神父(せんせい)の弟子ね。」

「ふん…いつまで炎を出さずにいられるか見物だな。」





こうして実戦任務への参加者をかけた試験が始まった……













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