「大丈夫?」


目を開くと、一瞬の浮遊感はもうなくなっていて、目の前で膝をついて心配そうにしている透子ちゃんの姿があった。


「透子…ちゃん?」

「間に合って良かった。怪我はない?」

「うん。大丈夫。」

「…あはは!あははは!!すげー!!」


抱えていた霊の子供はまるで映画でも観てるかのように面白がって喜んでいた。


「!?な…なに笑ってるの……し…死んじゃうとこだったんだよ!?」

「ぼくもう死んでるもーん!」

「あ!そっか!」


透子ちゃんを見ると先程木材が落ちてきた所をじっと見つめていた。


「ぼくうまれたときからびょうきだったから、外であそんだこともしかられたこともだっこしてもらったこともなかったんだ。」

「え?」


「だから今日はおもしろかったよ。ありがとね、おねえちゃん!」


そういうと霊の子供は目の前から突然消えてしまった。


「透子ちゃん!何が起こってるの?」

「私にも…しえみは此処にいて。」


透子ちゃんは此処に残るよう指示すると走り出してしまった。
はぐれてしまった燐が心配だ。もし何かに巻き込まれてしまっていたらと不安になった私は、怖い気持ちを押し殺して、透子ちゃんの後を追った。





――――――――……



「!…燐っ!」


怪我をして膝をついている燐に駆け寄る。後ろからしえみが付いて来ていて、怪我をしている燐に驚いたのか、私と同じ様に駆け寄ると燐の肩に手を置いた。


「触んな!!」

「!」

「……」


様子のおかしい燐に戸惑うしえみ、ハッと正気に戻った燐は作った笑顔を見せた。燐の顔の傷を診ようと頬に手を伸ばそうとしたその瞬間、上げた右手を掴まれた。


「…山田……」

「………」


「しえみさん!」

「…雪ちゃん…!」

「大丈夫ですか!?」


すると、漸く現れた雪男達が状況を説明しろと言わんばかりに眉を寄せて駆け寄ってくる。私の腕を掴んでいた山田は掴んでいない方の手に持っていた降魔剣を燐に差し出すと「遅ぇぞ雪男」と話しだした。


「……!ま…まさか…」

「久しぶりだな。」

「…!……し…」

「まぁいい加減この格好も飽きた頃だったしな。」


山田の声は初めて聞いたはずなのに、懐かしい声が聞こえてくる。


「アタシは上一級祓魔師の霧隠シュラ。」

「…シュ…ラちゃ…!」

「久しぶりだなぁ。透子。」


パーカーを脱いだ姿は初めて見る顔ではなくて、良く知る人物だった。


「日本支部の危険因子の存在を調査するために、正十字騎士団ヴァチカン本部から派遣された上級監察官だ。」

「上級祓魔師…監察官…!?」


免許と階級証をポケットから出すと椿先生に提示してみせた。


「シュ、シュ………………………シュラちゃ〜〜〜〜〜ん!!!!」

「「「えーー!?」」」


ガバッと首元に抱きつくとシュラちゃんはグエっとカエルを潰したような声を出したが、私はかまわず久しぶりの再会を喜んだ。


「おい、暑苦しい!」


シュラは心底嫌そうに眉を寄せて、私の頭を押し返した。


「あぁ、ごめんごめん。相変わらずいい体してるね〜!ていうかサイズ合ったの付ければ?」

「ほっとけ、それよりコイツ日本支部の基地に連行するから。あと支部長のメフィストと話したいから引きずってでも連れて来い。それ以外の訓練生はみんな寮に帰しちゃってー」

「!!…ちょっと、どういうこと!?」


シュラちゃんは何も言わずにそのまま燐の首根っこを捕まえ、歩き出してしまった。他の生徒達は雪男の指示か、入り口で待機していたようだ。急に現れたシュラの存在とそれに連れて行かれる燐に戸惑っているようだ。雪男が寮に戻るよう指示を出すと心配なのか不安なのか、なかなか足を動かそうとしない。


「…とにかく、寮に戻って。ね?」


生徒達が寮に帰って行く姿を見送ると既に扉を開こうとしていた雪男達の後を追った。

正十字学園地下。
正十字騎士団の基地であるこの場所はいつきても重い空気に満たされた空間で苦手だ。


「お久しぶりですね〜☆シュラ。」


椿先生が早くも呼び出したのか、暗闇の中からフェレス卿は現れた。何時もの飄々とした態度は変わらない。


「単刀直入に聞く…よくも本部に黙ってサタンの子を隠してやがったな。お前一体何を企んでいる。」

「………」


今までの不可解な山田の行動がシュラのやったことだと解れば全てが合致する。
あの候補生認定試験の時も、結局は発動までにいたらなかったが、あの程度の悪魔なら印と暗唱で蹴散らすことなんて、シュラにとってはたわいもないことだ。それに雪男や私には顔所か声すら割れているのだ。まともに声を出そうとしないのも頷ける。


「企むなど滅相もない。確かに隠してはいましたが、すべては騎士団の為を思ってのこと…」


隠していた…
しかし、今まさに本部の人間であるシュラに奥村燐(サタンの落胤)を知られてしまった……このままでは燐が殺されるのは間違いない。隣を横目で見れば、雪男は冷静にフェレス卿の話しを聞いていた。


「サタンの子を騎士団の武器として育て飼い慣らす…!……この二千年、防戦一方だった我々祓魔師に先手を打つ機会を齎すものです。」

「武器!?フェレス卿、御言葉ですが言葉を選んで下さい!」

「透子、少し黙ってろ…メフィスト、だとしてもまず“上”にお伺いを立てるべきだろ?」

「…綺麗に仕上がってからと思っていましたのでね。」


本人を目の前に、物扱いする二人に冷静でいられず、口を挟もうとシュラの肩に手を伸ばした瞬間、横から伸びてきた手によって制された。雪男は何も言わずに首を横に振ると、掴んでいた腕を静かに離した。

眉を下げて切なく微笑み、まるで「ありがとう」と言われているようで、もうそれ以上言葉を発することが出来なかった。雪男も同じように辛いのだ。しかし、燐を生かしておくにはもうこれしか方法がない。それを頭では理解出来ても、体は熱を持ち、怒りに震える。


「…藤本獅郎もこの件に噛んでいるのか?」

「ええまあ、炎が強まるまでは藤本に育ててもらっていました。」

「シュラちゃん!藤本神父は燐を人間として育てた!!大切な息子だったから命を落としてまで助けたはず!だから…」

「………どちらにしろ上には報告する。その前にコイツを尋問したいから大監房を使わせてもらうぞ。」


シュラは燐の首を掴んだままで、雪男の話しを無視して監房へと向かっていった。
呆然と立ち尽くす中、フェレス卿の笑い声だけが響く。


「さてさて、どうなるか見物ですなぁ。」

「……」


闇に消えていく姿を睨みつけてから、シュラ達が消えて行った先を見つめる。不意に藤本神父の顔が浮かび、唇を強く噛んだ。
藤本神父の燐への愛は確かにあったはずだ。どんな形でもいい。燐に生きていて欲しい。例え武器としてでも、その時がくるまでの間、普通の“人”として育てた藤本神父の意志を信じたい。しかし、力のない自分が怒りをぶつけた所で燐を救ってはやれない。武器としてでも生きてもらう他ないのだ。
一番怒るべきは偽善的なことしか出来ない己だ。



監房の前まで来ると、扉をじっと見つめてひたすら開かれるのを待つ。今私に出来ることは見守ることだけだから…


ズドドッ
「!」


恐らく監房内から激しい音が繰り返し聞こえる。何かあったのではと、扉に駆け寄ってみるが開けることは出来ない。額を扉につけて二人が無事であることを祈った。



暫くすると、音もおさまり、重い扉が開かれた。


「燐っ!シュラちゃん!」

「…透子……」


力無く私の名前を呟いた燐を、思いっきり抱き締めるが、少し驚いただけで、何時もの元気はなく大人しく腕の中に収まっている。


「燐っ、貴方は武器なんかじゃない!」

「透子…」

「生きて…!私の勝手な願いだけど、燐に生きていて欲しいの。貴方は藤本神父が残した希望なの…!だから…!」


燐は私の肩に頭を預けると、ズルりと力を抜いて膝をついた。必然的に私も両膝を床につけるともう一度燐の頭を抱き締めた。


「燐、人間に…失望しないで……」












ピンポーン
自宅のインターホンが鳴り、お風呂上がりの濡れた髪を拭いていた手を止めた。滅多に人など訪れない部屋に一体誰だと覗き穴を覗いた。


「…は?」


ゆっくりと扉を開けると、目の前にコンビニの袋が現れた。


「にゃは!部屋用意されるまで泊めて(ハート)」

「……」


机の上に広げられたビールや酎ハイの缶とおつまみの数々。既に数本が空けられた缶が転がっていた。


「上への報告は保留にした。暫くは塾の講師という名目でアイツの監視をする。」

「そう…ありがとうシュラちゃん。」

「そのシュラ“ちゃん”って言うの止めろって言ってんだろォ?」

「ふふん、ちゃん付けは私なりの友達の証なの。…まぁ半分は嫌そうなシュラちゃんの顔見るのが面白いからだけど♪」


お酒が進み、今までの出来事をお互いたくさん離した。雪男や燐のこと、他の生徒のこと、私生活のこと、たわいもない話だがちゃちゃを入れつつも聞いてくれるシュラに不思議と安らいでくる。

「…ねぇシュラちゃん。燐には生きていて欲しいけど、そのせいで他の人に傷ついて欲しくないと思うのは自分勝手かな?」

「無理な話しだな。どちらかが犠牲にならなきゃならねぇ。」

「……私は見たくないのかも。燐や雪男や生徒達が傷ついて、誰かが皆から離れて行く姿を…別れる辛さも独りは怖いことも知っているから…」


瞼が重くなってきて、いよいよ机に突っ伏すと、心地良い冷たさが火照った体の熱を逃がしてくれそうな気がした。


「“仲良しごっこはしなくていい”なんて…偉そうなこと言って…教師失格…な、の……」

「やれやれ、もう寝ちゃうのかぁ〜?」


頬をつつかれている感覚とまどろみの中でなぜか愛しい人を見た気がした。





「じゅうぞー……あいたい…よぉ……」














おまけ

「…つーわけで、この度ヴァチカン本部から日本支部に移動してきました。霧隠シュラ18歳(ハート)でーす。はじめましてー。」

「美乳の次は巨乳の先生やなんて、俺往生しますわ。」

「(…18?……)」










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