正十字学園には通称メッフィーランドと呼ばれる遊園地が存在する。その名前の由来は言わずもがな、どっかの誰かさんの名前から取っていて、その遊園地の至る所に無駄に大きい銅像が立っていた。
夏真っ盛り、若い学生で尚且つ夏休み中であれば遊びに来てもおかしくはないが、残念なことに、今メッフィーランド入り口前に集合している祓魔塾生達は遊びに来たわけではなかった。
先日の初任務を終えて数日、再び任務が言い渡されたのだ。
「暑い…溶ける……」
「透子さん、大丈夫?」
「雪男…あんた…見てるだけで暑い。」
「規則だしね。透子さんは丈短いだけ良いじゃない。」
全員集合を待つ間、夏の暑さにやられ、寄りかかっていた柵に更に体を預ける。仕方のないことだが、こうも暑いと怠さを覚え、蝉の声が一段とやる気を奪っていく気さえした。
ふと横を見れば、山田と宝がそれぞれ好きな事をしていて、山田は相変わらず暑苦しい長袖のパーカーに深々とフードを被っていた。暑くないのか……
まだ見ぬ顔への興味もあり、柵から体を離すと、山田の目の前に立ち、顔を覗き込みながらフードに手をかけた。
「ねぇ、フード被るのや…」
ガシッ!
瞬間、フードに触れた手を勢い良く掴まれた。ギリギリと強く握られる手に驚き、ごめんなさいと謝れば、直ぐに払われた。
「…驚かせたみたいね。ごめんなさい。熱中症には気をつけて……」
「………」
掴まれた手に違和感を感じて、掴まれた部分を見つめていると、先ほどから話をしていた三人組と燐の方から私の名前が聞こえてきた。
「まぁ、透子せんせーのナイスバディー見れただけええですわ。あれは細いけどなかなかの美乳で「し〜ま〜く〜ん?」
「ひっ!透子先生!!」
「ふふふ…しばかれたいんか?え?」
「め、めめめっそうもございませーん!!」
隣に座り頭を鷲掴みにして横へ向けると、涙を流しながら両手を顔の横まで上げて降参のポーズをしている。志摩の横で勝呂は顔を青くして、逆に三輪は少し頬を染めて此方を見ていた。
「全く!私じゃなくてもっと可愛らしい子達が同じ学年に居るんだから、その子達の話で盛り上がりなさいよ。例えば…」
「すみません!遅れました…!!」
多感な時期の少年達(というか志摩)へ、説教をしようしていると、珍しく遅刻気味であったしえみと出雲ちゃんが此方へ向かって走って来る。
「し、しえみ?どうした?キモノは?」
「着物は任務に不向きだからって…理事長さんに支給していただいたの…神木さんと朴さんに着方を教わっていて遅れました…!」
「なんであたしが…」
「へ、変じゃないかな?」
着物の方が難しいはずなのに、制服の着方がわからないと言うことは、洋服を着たことが無いからなのか、新鮮に見えるその姿は今時の高校生となんら変わらない。
普段も勿論歳相応に見えるのだが、着物は露出が少ない分、禁欲的に見えるから、露出の高い制服姿を見ていると随分と違う印象になった。
「えーよ、えーよ!杜山さんかわえーよ!」
「うん!似合ってるよ!」
「あ…ありがとう!」
短いスカートから出る足には白く長いニーハイに、着物では判りづらかった胸が強調され、燐は気が気でないようだ。
雪男に顔面を強打され、やれやれと笑うしかなかった。全員が揃い、いよいよ任務が言い渡された。今回の任務はこのメッフィーランド内にて霊による目撃と被害が報告されており、その霊を二人一組で捜索するものだった。
そして私達教師はその監視及び生徒が捜索した霊の処理にあたる。
「この霊はランド内のいたる所で目撃されており出現場所を特定できないタイプ。外見特徴は“小さな男の子”で共通。被害は現在“手や足をひっぱる”程度…ですがこのまま放置すると悪質化する恐れがあり危険です。」
「見つけたら私達に連絡してね。」
「外見の特徴はもっと他にないんですか?」
「見つければすぐそれと判るので説明不要だネ。」
いよいよ各ペアに分かれて捜索が始まり、ペアは四組に分かれた。
三輪・宝のペア、山田・勝呂のペア、神木・志摩のペア、奥村・杜山ペアに分かれることになった。
「…じゃあ燐は右側で私は左側探すね!」
「おー。」
生徒達が二人一組になって捜索している中、私は燐の監視をするため燐・しえみのペアを尾行していた。いくら霊の捜索だけとは言え、悪魔の力に頼り過ぎている燐に何かあればしえみにも危険が及ぶ。そのため燐には監視がついたのだ。
しえみをチラチラと横目で見くてはニヤニヤしたりソワソワしたりと忙しい燐を見て、建物の影から苦笑いが漏れた。
「じゃ…じゃあ今度俺と一緒に遊びにこよーぜ!」
しえみが遊園地への憧れを漏らすと燐は言った。
「うん!」
嬉しそうに頷くしえみ。
「(……)」
燐は完全な人間ではない。しかし、今しえみの目に映る燐は人間以外の何者でもない。藤本神父も普通に生きて普通に恋をして普通に幸せになって欲しいと願っていたから雪男と分け隔てなく育てたのだと私は思っている。
出来るならこの約束が果たされる事を、そして、辛い別れがこれ以上燐に訪れる事のないよう祈りたい…
影から見える二人に不幸は似合わないのだから。
張り切る二人が遊園地内を暫く歩いているうちに燐が突然走り出し、しえみが慌てて追いかける。メリーゴーランドの前につくと、小さな男の子の霊が涙を流して作り物の馬に乗っていた。
「どうしたの?…どうして泣いているの?」
「…おい、悪魔に話しかけんな。」
燐は恐らく雪男に連絡をしようと携帯電話を取り出したが、何を思ったのか携帯電話を切ると霊に向かって怒鳴りつけた。
「(…ハァ)」
連絡をしようとしない二人にとりあえず雪男には報告しようと携帯電話を取り出し、電話をかける。すると、泣いていた霊は先ほどの涙は嘘かのようにしえみに悪戯した後、捨て台詞を吐いて逃げてしまった。
「ちょっ…!」
《はい、奥村》
「っ雪男!ごめん!かけ直す!!」
《え?ちょっと、透子さ…》
雪男が言い終わらないうちに電話を切ると、二人を追いかける。しかし…
「……見失った…ていうかあの二人足早っ!」
あっという間に見失ってしまった二人を探していると、前からしえみ一人が歩いて来るのが見え、急いで建物の影に隠れると霊を発見したらしいしえみは、走って追いかけていく。しえみについて行けばその内燐も見つかるだろうと、私もその後について行くことにした。
「こら、待ちなさい!」
霊との鬼ごっこ状態が続き、一向に燐とは遭遇しないしで、埒があかない。
すると、近くで何かが崩れる大きな音が聞こえ、振り返ると遊園地のメインであるジェットコースターの中央が真っ直ぐに崩れ煙がたっていた。今は私達以外は誰もいないはず。明らかに不自然な事態にしえみたちも心配ではあったが、ざわつく胸に不安を覚え、私は踵を返した。
――――――――…………
「う〜〜〜〜ん」
落ちていると言う浮遊感の中、勢い良く顔を殴られる。歯は数本抜け、皮膚は燃えるように熱いという以外感覚がない。
「(あちぃ…)」
俺は死ぬのか?
「ガッカリだ。こんなものに父上と兄上が夢中になる理由が解らない。」
地上に叩きつけられ、体中がミシリと嫌な音をたてる。いてぇしあちぃ。
「あーあ…いい退屈凌ぎになると思ったのになっ…!」
どくん
「グルル…」
どくん
「(あちぃ…!誰か…止め、てくれ……!)」
どくん…!
「ガアアア!」
コロス…!
ドン!
「…ワーイ、そうこなくては♪」
コロス、コロス、コロス…
コロ…「助けて!」
「!」
大きな地震に先ほど崩れたジェットコースターの鉄筋や木材がしえみの上に落下していく。
「(し…)」
危ない…!逃げろ…!!
「オン・バザラ・タラマ…」
「(しえみ!!!!)」
「…キリク・ソワカ!」
伸ばした手から放たれる青い炎。
それと同時にしえみに向かって伸びてきた無数の手がしえみの体を捉えた。そしてしえみの上に落ちてきた木材たちは青い炎によって一瞬で燃え尽くされ、無数の手が巻き付けられたしえみの体は無数の手…千手観音の下へと引かれ移動した。
「…あれは…透子の…」
俺は…何を……?
ドカッ
「あれれ、どうしたんですか?さっきのはもうおしまいですか?」
トンガリアタマは俺の降魔剣を再び持つと遊び足りないとでも言うように剣に手をかけて撫でる。
「兄上には止められていたけど、こうなったら剣を折ってしまおうかな。」
「な!?…何を…」
「“八つ姫を喰らう”」
「!?」
「“蛇を断つ”!」
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