候補生認定試験が終わり、季節はすっかり夏に移り変わった。今日も痛々しいほど太陽が照りつける中、試験に合格した生徒達は晴れて候補生になったわけだが、訓練生とは違いここからが大変なのだ。
そんな太陽が眩しい今日。候補生になり初の任務だ。


「夏だー!海だー!」

「水着やー!ナンパやー!泳ぐでぇ奥村くん!!出雲ちゃん着替えや着替え!早よう水着や!海が大好きやーー!!」


にも関わらず締まりのないこの二人…
先日言い渡された初任務の班には、燐・志摩・出雲ちゃんの三人と引率で椿先生と私が付くことになった。人数が多いのと、何でも椿先生が私用のためもう一人教員が欲しいということになったのだ。


「燐、志摩…今日が初任務だってこと忘れないでね?」

「俺は既に初任務は済ませてあるぜ!ほら!!こうして使い魔だってできたしな!!」

「へぇ〜奥村くん凄いなぁ。」

「ふん、」

「あれは雪男の任務に勝手についてっただけでしょう。」


数日前、藤本神父の使い魔だった猫叉のクロが暴れだし、雪男含めた祓魔師にクロの処分が言い渡された。雪男が言うには、そこへ燐が勝手についてきてしまい、クロの声を聞いた燐が一人クロを止めたという。今ではすっかり燐に懐いており、今回の任務にも連れてきたようだ。

すっかり浮かれている二人と嫌そうにため息を吐いた出雲ちゃんに大丈夫なんだろうかと任務内容を説明した。






「海来てなんで海藻取らなあかんのや…」


初任務の内容は悪魔除けの薬を作るための海藻をとること、三人に与えられた任務なので椿先生と私は見ているだけだが、それはそれで退屈だった。どうやら此処は椿先生の奥様の実家があるらしく、今日泊まる宿も奥様の実家で経営されているそうで、他にも海の家も経営されているのだとか。なるほど、私用とはこの事か…

そうこうしている内に三人の初任務は終了し、宿に戻る。


「初任務お疲れ様でした。じゃあせっかく目の前は海だから遊んでいいよ!」

「「やったー!」」

「おぉそうだキミ達!手伝って欲しい事があるんだヨ。」

「「えぇー…」」






海の浜辺では香ばしい香りが漂っていた。
椿先生に頼まれた三人は海の家でイカ焼きを売ることになった。しかし全く売れないイカ焼きに志摩は座り込んでふてくされている。


「やっぱり可愛い女の子が売るとかせぇへんとあかんとちゃう?せめて出雲ちゃんがもっと積極的に手伝ってくれはったらええのに。そうゆうとこ協調性ないっちゅうかぁ…」

「悪かったわね。」

「あら、ムチムチのお姉さん見たい放題じゃない。」

「おわっ!出雲ちゃん!!透子先生!!」


そんな所で寝てると砂だらけになるわよ?というと焦ったように出雲ちゃんに弁解を始める志摩に出雲ちゃんはさっさと海へ泳ぎに行ってしまった。


「ちゅうか透子先生…その水着エロっ!!」

「そう?変かしら?」


ただの何の変哲もない黒い三角ビキニなんだが…
あまり可愛い色やデザインは似合わないため無難な物を選んだのだが志摩の反応にやはり変なのだろうかと不安になった。


「いえ!ナイスです!」

「おい!鼻血出てるぞ!?」

「日光に当たり過ぎたのよ!日陰に入って!」


そんな光景を遠くから見つめていた出雲ちゃんが溜め息を吐いていたなんて知る由もなかった。





「出雲ちゃんのタイプってどんな人?」


暫く泳いだり浮き輪で浮いたりを繰り返す中、唐突に質問してみた。


「な、何で急にそんなこと…!」

「あら、女同士の話といえば恋バナでしょ?」


クスクス笑うとからかわれていると思ったらしく眉にシワを寄せると「そんな人いません」とそっぽを向かれてしまった。


「ほら、私の周り同世代の女性がいないでしょ?こっち来てからの唯一の女友達も日本にはいないし、こういう話とか出来る人がいないから嬉しいの。」

「…八坂先生も…その、恋バナとか…するんですか?」

「勿論するわよ!そのくらいの年頃なら一番恋愛に敏感でしょ?」


二人して浮き輪に乗りぷかぷかと穏やかな波に揺られながら、少しずつ話しをしていく。私も友達付き合いが上手い方ではないから、友達なんて片手で数えられる程度だ。


「先生は恋人いるんですか…?」

「今はいないの。正直言うと忘れられない人がいるから…」

「じゃ、じゃあ今その人は今どこにいるんですか…!!」


出雲ちゃんは瞳を爛々とさせて聞いてくるもんだからおかしくて笑うと、恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「ふふふ、出雲ちゃんて意外と乙女なのね。安心した!」

「そ、そんなんじゃ…!!」

「良いじゃない。女の子は皆乙女な所があるもんよ?……そうね…その人は私と地元が一緒で今はその京都にいるの。もう長いこと連絡してないから定かではないけど。」

「…よりを戻す気はないんですか?」


先程とは一変して悲しそうに眉を下げる。ころころと変わる表情に、何時も眉にシワを寄せた姿ばかりを見ていたから、とても嬉しかった。正直下らないと言われるんじゃないかと思っていたから…


「私が塾を辞めない限りはこっちに居るし、向こうは跡取り息子だから案外もう相手いるかもねぇ。それに…今更合わせる顔がないの。」

「……」

「でも、恋愛は良いものよ?出雲ちゃんにもその内現れるから!」

「私は性格悪いし…さっきだって…」

「素直な出雲ちゃんを見てくれる人やこの人なら素直になれるって人がきっと現れるわ。」




水に浸かってから結構な時間が経っていて、そろそろ上がろうかと陸へ向かおうとした次の瞬間。


「ひゃああっ!!」

「!?出雲ちゃん!!落ち着いて!」


足をつったのか、突然暴れだした出雲ちゃんにこのまま落ちたら大変だと何とか浮き輪を掴むと一人の少年が此方に向かって泳いできた。


「おい、大丈夫か!?」

「えぇ、大丈「キャー!!」

「わっ!!ちょ…きゃあ!!」


ドスっと暴れ出した出雲ちゃん足が見事クリーンヒットして、浮き輪から落ちてしまった。


(私泳ぎは…!)


そのまま体は沈んで行き、落ちた動揺で水を飲んでしまった私は意識が遠のいていった…











透子……



じゅう…ぞう…?



透子…



段々と近付いてくる顔。
あ、キスされると思った瞬間。



目が覚めた。



パチッ……
「何してるの?」

「先生…!!良かった…!」


横を見れば出雲ちゃんと燐が心配そうに此方を見ていた。


「あれ…?私…」

「んー!んーんー!」

「あぁごめん。」


目が覚めた瞬間、志摩のドアップが目の前にあり、びっくりした私は思わず志摩の口に手を押し付けたままだったらしい。苦しくなったのか騒いでいる志摩から手を外すとゼーゼーと呼吸を繰り返す。


「酷いやん先生〜!!せっかく人口呼吸しよ思うたのに!」

「人口呼吸ならちゃんと気道確保しなさいよ。それより君は…」

「俺は洋平!!」


彼が私と出雲ちゃんを助けてくれたようだ。礼を告げると「男は困ってる人がいたら助けるのが当たり前だって親父が言ってた!」と笑った。

すると、辺りが騒がしく様子がおかしい。洋平くんは走ってどこかに行ってしまい、後を追ったが見つからなかった。


「あれ見ろよ!」


燐の指指す先には黒く染まった海。


「何が起こった言うんや…」

「悪魔じゃ。」


キリクを持った僧が横から話す。


「海が漆黒に染まる時、お山の如き大きな悪魔が現れ、村を滅ぼす。この地に古くから伝わる言い伝えじゃ。」


僧は説明すると経を読み始め、ある寺に連れて行ってくれた。そこには400年前寺の住職が描いた絵があり、そこには大きな…

「イカの、化けもん?」


海が漆黒に染まるのはイカが吐く墨だと言う。どこかで見たことのある絵が少し気になり、先に帰って調べることにした。


「雪男?うん、問題ないわ。それより調べて欲しいものがあるんだけど…そう、《クラーケン》について…」

「ただいまー」


電話を切ると三人が戻ったらしく、夕食の準備を手伝った。イカばかり、というかイカしかない夕食はクラーケンの影響らしい。そして夕食を食べ終えると椿先生は一冊の本を取り出し三人にクラーケンについて説明し始めた。


「クラーケン?」

「流石です。お仕事が早い。」

「もしクラーケンだとしたら倒す手立てはあるんですか?」

「一般に海の悪魔の致死節は“エペソ人への手紙”の一章18節と言われてるの。でも手段が限られてるし洋平くん一人で倒すなんて無理よ。」


幾ら父親の敵でも、一般人が悪魔と接触しようなんてこと許せるはずがない。すると椿先生は奥様に呼び出され、明日は海の家を手伝わなくて良いと去っていった。


「ちゅーことは奥村くん!明日は泳ぐでぇ!」

「おぉ!」

「ダメよ。あの洋平くんって子を見張っててもらうから。」




お風呂から上がり、火照った体を冷まそうと窓枠に手をついて海を眺めていた。すると宿の入り口には洋平くんが立っており、後から出雲ちゃんが出てきた。


「なーにしてんだろ?」


夜遅くに子供一人で此処まで何をしに来たのか気になり、暫く様子を見ていた。
洋平くんは何か渡すと暗いし遠いので確かではないが出雲ちゃんはそれを見つめて微笑んでいるように見えた。


「ふふ、出雲ちゃんは案外ああいうのがタイプかもねぇ。」

「何してはりますの?」

「ん?志摩もお風呂上がり?」


質問には答えず振り向くと、タオルを肩に掛けた志摩が不思議そうに此方を見ていた。髪がまだ濡れているのがわかったから多分お風呂上がりなんだろう。


「先生は時々そういう顔しはりますねぇ。」

「?どんな?」

「なんちゅうか、なんや…悲しい顔してはるよ?」

「そうかな?私は怒った顔の方が多いと思うけど。」


志摩は隣に来ると先程の私と同じ格好で海を眺めていた。お風呂上がりのシャンプーの匂いなのかボディーソープの匂いなのか、隣からふわりと香る。


「今日海で先生が意識朦朧としはってた時“柔造”言うたのアレ、俺の兄貴の事でっしゃろ?」

「!?」


まさか口に出していたなんて思いもせず、しかもよりにもよって志摩の前で。必死になって隠す事でもないだろうが、どうしようかと頭をフル回転させて考えた。


「気のせいよ。」

「この間柔兄から電話かかってきてな、先生の事聞いてきはったから、怪しいなぁ思うて。」


柔造と同級生ということはバレてしまっていたらしく、隠しても逆に好奇心を煽るだけだと判断し、溜め息を吐くと内緒にしてねと話し始める。


「高校の時付き合ってたの。もっと言えば私蝮ちゃんと従姉妹で、あなたが産まれる前の2年間くらい宝生の家に預けられてたの。」

「へぇ〜…って、えぇーー!?」

「預けられてたのは小さい頃だし、同じ京都でも私の実家は志摩や宝生と少し離れた地域にあったから、高校の時に再会したようなものだけど。」

「そりゃビックリやわ!」


目を大きく開いて此方をみるから笑いながら今日は恋バナばかりだなと思った。本当は良くないんだろうが、終わった話だし。


「柔兄は多分まだ先生のこと…」

「終わった話をする気はないわ。」

「……ふ〜ん、じゃあ俺と付き合うっちゅうのは?」

「あはは、もっといい男になったらね!」


そろそろ寝るからと部屋に戻り、襖を閉める。
ずるずると座り込むと膝を抱えて零れ落ちそうな涙を耐えた。一体いつからこんなに感傷的になったのだろう。私はもっと楽観的であったはずだ。
たとえ柔造が私と同じ気持ちであっても今更都合の良いことを言えるはずもないし、会う資格もないのだから。


「………よし!落ち込むの終わり!!」


今日はせっかく出雲ちゃんと少し打ち解けられたんだ。落ち込んでいたら勿体無い。明日はクラーケンについて雪男が調べておいてくれるはずだから、洋平くんのことは三人に任せて初任務の評価をまとめようと電気を消した。


翌日、また海は漆黒に染まり洋平くんは朝から港に座り込んで見張っているようだった。今は日が落ちてきて海が夕日に染まる時間で、報告書が終わりまだ出雲ちゃんが戻ってこず、そろそろ帰ってきても良い頃だけど。と椿先生と暢気にお茶を飲んでいた。そもそも今日クラーケンが来るとは限らない。

すると隣の部屋からバタバタと足音が聞こえ、何事かと思えば椿先生の携帯電話に着信が入った。


「なんだネ?ん!?何っ!クラーケンが出ただと!?」

「!!」


現場に向かおうと立ち上がると私の携帯電話にも着信が入り、開くと画面には雪男の文字が。


「はい、八坂。……え?」














現場に到着すると、洋平くんと燐がクラーケンの目の前で海に浮かんでいた。燐は今にも降魔剣を抜こうとしている。
ここからみるとどうやら洋平くんは気を失っているようで、急いで印を組む。


「オン・バザラ・タラマ・キリク・ソワカ!」


背後に巨大な千手観音が現れ、その無数の手が燐と洋平くんを掴むと海から引き上げる。


「透子!」


「良かった間に合って!」


洋平くんの様子を見ると多少かすり傷はあるが、気を失っているだけで他には外傷は無いようだ。ぺちぺちと頬を叩くとゆっくりと目が開いていく。


「おい!大丈夫か!?」

「俺…っ!アイツを倒さなきゃ!!」

「大丈夫よ。あれは…」

「おーい!洋平ー!!」


海に浮かぶ小さな筏に乗る男性が、此方に向かって手を振って叫んでいる。


「親父ー!!」

「「えっ!?」」


半年前から帰ってこなかった洋平くんの父親はクラーケンと共に海を漂流し、此処まで辿り着いたのだと言う。戻ってこれたことが奇跡だと思うが…


「えっ?危険はない!?」

「えぇ、此処じゃ資料も少ないし、雪男に調べてもらってたの。」

「悪魔だって改心する事もある。それをおしえたくてネ。」

「…そうかぁ?」


こうしてお騒がせな親子は帰って行き、三人の初任務は終わった。



翌日。バス停で帰りのバスを待っていると、洋平くんが犬を連れて現れた。出雲ちゃんは彼に近づくと何やら話しかけていた。

「ふふ!」

「どないしたん?透子先生?」

「んー?楽しかったなぁって。」

「そうかぁ?結局殆ど泳げなかったわ。」


遊びに来たわけじゃないと言えば「先生だって楽しんどったくせに」と言い換えされてしまった。確かにと笑えば何やら出雲ちゃんが犬を見て固まっていた。













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