「ネイガウス先生が…」

「えぇ…」


祓魔塾の人気のない廊下で、昨日の試験中起きた事を雪男に報告する。結局ネイガウス先生の行き過ぎた行動の裏に何があるのかわからないまま昨日の試験は終了した。


『ネイガウス先生!』

『……』


あの後ネイガウス先生に話を聞こうと追いかけたが先生は何も話さず、その内理事長が登場してしまったため何も聞けずじまいだった。


「とにかくネイガウス先生には僕が話しを聞くよ。」

「私も一緒に…「兄さんの事は僕に任せて。」

「雪男…」


ね?と有無を言わせない笑顔に詰まってしまった言葉は音にもならなくて、雪男はそれじゃあと背中を向けて歩いていった。雪男はネイガウス先生の言葉に何かを感じたのだろうか…
少しの不安が残るままその場を後にした。


試験の合否を決めるための最終的な報告書を作成するため、審査員の先生方の報告書をまとめる。実際私は燐以外の生徒を見ていないためこの報告書でそれぞれがどんな働きをしたのか見ることになった。
しえみの咄嗟の判断による使い魔のガードは素晴らしく、勝呂・三輪は詠唱を分担し、志摩が詠唱中がら空きの2人を仕込んでいたキリクで援護。屍系の致死節がヨハネ伝福音書に集中しているのを把握していた事や詠唱中の援護は班の編成の中で最も基本であり冷静な判断力は高評価に繋がる。そして出雲ちゃんは強い精神力により使い魔を再び操ることが出来たらしく、勝呂を危険から守った。そして…


「あれ?宝と山田の報告書がまだきてないや。」

「八坂先生!遅くなってすまんネ。これ、宝くんと山田くんの報告書。」

「いえ、丁度今取りに行こうと思ってましたから。試験の方はどうでした?」


椿先生が報告書を提出しに来たついでに二人について尋ねてみた。というのも、普段の二人は問題を起こさないし成績も特に問題はないのであまり気にはしていなかったが、出雲ちゃん以上に協調性がないのだ。山田に至っては顔すら明かさない。実践ではどういった動きをするのか気になったのだ。


「それが少し気になる点が幾つかあってネェ。宝くんも山田くんも何時も通りで始めは見ているだけだったんだが…二人とも誰も見ていない間に何かの詠唱や印を組んでいたんだヨ。」

「印?」

「ウム。宝くんはあの通り口を動かさないから何を言っていたのかわからないが、山田くんは勝呂が悪魔に襲われそうになった瞬間に、印を組もうとしたんだヨ。それも高度な!明かりがついたら止めてしまったんだがネ。」


一体何者何だろうか…
二人のデーターは殆どと言って良いほど無い。今回の試験ではやはり協調性はないし目立った働きもしてはいないが、結果を決めるのは理事長であるフェレス卿だ。何かと謎が多いがとりあえず報告書をまとめようと指を動かすことにした。




「失礼します。」


まとまった報告書を提出するため理事長室を訪れると浴衣姿でお茶を啜るフェレス卿が椅子に腰掛けて部屋に招き入れた。


「確かに受け取りましたよ。」

「…一つよろしいでしょうか?」

「何でしょう…?」


フェレス卿は湯飲みを置くと足を組み直し手を組んだ。


「ネイガウス先生についてですが…彼は今回の試験で不可解な行動が目立ちました。規則違反も。」

「心配なさらなくとも彼は私の指示通り動いてくれました。」

「では今回の件は全てフェレス卿のお考えだと?」

「えぇ…まぁ少し私情も絡んでしまったみたいですがねぇ。」

「私情…?」
フェレス卿はニヤリと笑うとお茶でもどうです?と勧めてきたが断り部屋をあとにしようと扉に向かう。しかし足を止めて振り返りもう一度フェレス卿をみた。


「理事長は何をお考えで?」

「…何、とは…?」

「……いえ、失礼しました。」


踵を返すと部屋をあとにした。厚めの扉を閉めた私にはフェレス卿の笑い声は聞こえていなかった。





「(あの狸オヤジ…!一体何を考えてる?)…ハァ〜ただいま〜」


今日1日が終わり帰宅すると思ったよりも遅くなってしまっていた。お腹もそこそこ空いてはいるが、料理をする気になれなくて、こんな時燐と雪男の所のウコバクがいればなぁなんて思った。
空きっ腹には毒だが冷蔵庫から一本の缶ビールを取り出すと、部屋にある小さなベランダに出る。職員寮はワンルームだが広々としており、一人で住むには申し分ない広さだ。
部屋に一人で居ることは特に何も思わないし慣れた。しかし時々ふと寂しさにかられることがある。それは辛く悲しい時もそうだが、昨日のような試験や授業でも自分がまだ祓魔塾に通っている時代の記憶が蘇った日は特にだ。

夜風に当たりながら缶ビールを開ける。



『私此処に残ることにした。だからもうお終い…』


塾を卒業する数ヶ月前の私と柔造だ。柔造は短気だからこの時酷く怒鳴っていた気がする。


『くだらんことゆうなや…!』

『此処に残ったらいつ京都に帰るかなんてわからんのや…』

『それと別れることは違うやろッ!?遠距離だって…!』


今考えれば様子がおかしかったことに薄々気付いていたんだと思う。急遽決まった祓魔塾への就職。私もそれまで何の迷いもなくずっと柔造と一緒だと、幼い考えを持っていた。


『柔造は志摩の跡取り…いつ帰るかわからん女かまってる場合やないやろ?いい人見つけて結婚せなあかんよ…?』

『待てや透子!!お前以外の女、嫁に出来るわけないやろ!!納得行かへん…!』

『大丈夫、そう思うてるだけや…今は納得出来なくてもええよ。その内大人になったらわかるようになるんやから。』


でもそれだけじゃなくて、本当はずっと不安だったのかも知れない。柔造はいつか私のような一般人ではなく、明蛇の信用の置ける人と…そう、蝮ちゃんのような人と結婚するのかと、ずっと不安だったのかも知れない…
極論だとも思う。嫉妬でもない。ただ柔造は守るべきモノが重すぎて、自分には支えきれないと恐くなってしまったのだ。そんな時にずっと夢だった教員の話を頂いて、そして逃げて、傷つけた…


「……やっぱり空きっ腹に酒は酔うわ。」

最後に一口煽って部屋に戻る。
明日は試験の結果発表だ。どうか無事生徒全員が合格していますように。








「燐が襲われた…!?」

「はい、ネイガウス先生は青い夜の生き残りだと…だからサタンの息子である兄さんを殺そうとした。」


翌日。無事全員が候補生に昇格されたのは午前中のこと。そして今は理事長の奢りでもんじゃ焼きを食べにきている。


「……そう…」

「大丈夫?」

「えぇ…それよりしえみの事ありがとうね。私がいい加減な事をしてしまったせいでしえみには辛い思いさせてしまったけど、雪男が説得してくれたお陰であの子吹っ切れたみたい。」

「…しえみさんを動かしたのは兄さんなんですよ。」


雪男の後ろで楽しそうな燐としえみを見る。へぇと微笑めば「兄さんにはかなわないよ」と雪男は笑った。


『透子ちゃん!私、皆の役に立ちたいの!』


一人は祓魔師になることを止め、一人は祓魔師になると決意した。試験中は色々な事があったがもんじゃを食べる皆の姿は一皮剥けたようだ。


「雪男、私も頑張るね!だから燐のこと一緒に考えていこう。」











雪男連載に見えるのは気のせいだろうか……



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -