「では、合宿先に向かいます。」
いよいよ強化合宿の日。
合宿先である旧男子寮に向かうため集合した私たちは適当な扉に鍵を差し込んだ。
案内人である私が先頭に、合宿先に向かうと雪男と燐が入り口で出迎える。
「うわ、なんやコレ!幽霊ホテルみたいや!」
「おはようございます。」
「おはよう二人とも。」
普段過ごしている新館に比べてかなり古い建物にそれぞれ少なからず不満や恐怖があるようで、まだ中にさえ入っていないのに文句が飛び交う。
「ヤダなにココ気味悪〜い!…もうちょっとマシなとこないの?あ、コレお願い。」
神木も不満を垂らしながら荷物をしえみに渡していて、にこにこと受け取るしえみ。朴が心配そうにしているが、荷物持ちにされている本人は気にしている様子もないようだ。
「……」
「はぁ〜広いお風呂はイイねぇ〜」
監督なんて言うが実際は雪男が殆どやっているため特にする事もなく、本当に見ているだけになってしまっている。
小テストを行う間一人で大丈夫だからと雪男に先にお風呂に入るよう進められた。試験は明日だしまぁいっかとお言葉に甘えた訳だ。
そろそろテストも終わり、生徒が来てしまうだろうと湯船から上がると外から人の気配と神木達の声が聞こえてきた。
「そういうの友達なんだから判ってよ。」
そのまま浴場に入ってきたみたいだが、私はちょうど死角になるロッカーを使っていたため向こうは気づいてはいないようだ。何となく声をかけるタイミングを失い、聞こえてくる二人の会話に耳を傾けた。
「出雲ちゃん…あの子にヒドくない?」
「え?ああ、だってあたしあいつのこと友達って思ってないもん。強制してないのに言うこと聞く向こうが変なんじゃん。」
「……」
私は間違えてしまったのだろうか。
「あ、朴は違うよ!あたしの一番の友達だもん!一緒に祓魔塾にまで来てくれて本当に嬉しかったんだから!」
『女将、しえみを祓魔塾に入れてみない?』
「あたしが守るもの!」
『大丈夫!雪男も私もいるから!!』
「朴はずっとあたしと一緒にいてくれればいいよ!」
『私はしえみにもっと広い世界を見て欲しいな。』
私は間違えてしまったのかもしれない。
しえみにも神木にも何も言ってやれない。
しえみは自分を変えようと必死なのに。
「あのね出雲ちゃん…私塾はやめようと思う。」
(ッ!?)
飛んだ思考は朴の言葉に引き戻され、再び耳を傾ける。
「授業もよく解らないし…私が命をかけて戦えるとも思えなくて…」
「…だ…だからあたしが…」
「ううん、そんなのおかしいよ。」
正しい判断だと思う。実践は恐怖との戦いで、それに負けてしまえば死ぬことだってあるし、それが班を巻き込むことになる時だってあるのだ。まだ若いし未来はたくさんあるのだから、わざわざ危険に飛び込むことはない。
「それと真剣な人をバカにしたりするのも私は好きじゃない。」
急に気配がして頭上を見れば屍系の悪魔がそこにいた。咄嗟に叫びながらロッカーから銃を取り出し、天井に向かって放つが、弾が弱いせいか、悪魔は気味の悪い叫びをあげるだけであまり効果が見られなかった。
「危ない!逃げてッ!」
「ッ!?きゃああああ!!」
おかしい…!屍系の悪魔って……
朴の腕は魔障を受け、酷い状態になっていた。早く応急処置しなければ壊死してしまう…!生憎銃は飛び出した時に持ったが他の道具類はロッカーだ。しかも神木も今は戦える状態ではない。何とか神木を逃がして朴を治療しなければ…詠唱しようにも此処には戦える者は自分しかいない上一人は魔障を受け、一人はショック状態だ。この狭いなかでは動き回られては不利になってしまう。
何とかしなければと思うほど、冷静さが失われていく。
「神木!雪男を呼んで来て!」
「あ、あたしが…」
「!?」
「“稲荷神に恐み恐み白す。為す所の願いとして成就せずということなし”」
「神木!?」
「あたしが…!………あ…」
酷く動揺している神木は私の声が聞こえていないのか、白狐を召喚するが動揺していたせいで逆に白狐は神木に襲いかかる。
「逃げ…!」
ドンッ
「紙を破け!」
「燐!!」
「おいッどうな…って!!お前なんて格好を…!!」
燐はお風呂から上がってそのままで、バスタオルを巻いたままの私の格好を見て叫ぶ。
「燐!」
「お前!?」
「…!!朴さん!」
燐に続き、しえみが加わり、重傷の朴見て近づこうとする。銃を構えたまま燐としえみに朴を雪男に見せるよう指示するが、しえみは朴の所へ掛けて行き、燐は悪魔を引きつけようと刀をケースごと振った。
「燐!」
数発撃てば暴れ出した悪魔の魔障を利き腕に受けてしまい、銃が手から滑り落ちる。
「しまっ…」
「兄さん!透子さん!」
銃弾が連発して放たれ悪魔に命中していった。悪魔は浴場の窓から逃げていった。
「透子さんっ!」
「わ、たしより…朴を…」
「透子ちゃん!」
「しえみさん、透子さんをお願いします!!」
朴の処置を終えたしえみが腕に応急処置をしていく。
「アロエ?」
「ニーちゃんが出してくれたの。透子ちゃん大丈夫?顔色が良くない!」
「…大丈夫。ごめんね。」
「透子さん、腕を…」
朴の処置を終えた雪男が駆け寄ってくる。
「そんな格好で…!こんなに体が冷たい。朴さんと一緒に部屋へ移動しましょう。」
「…!!な、透子先生のナイスバディーが…!!」
「志摩ァ!!阿呆言うとらんで上着貸してやりい!!」
「ありがと…大丈夫。自分で着替えれるから。」
ふらふらと立ち上がると、膝裏と背中に手を回されて急な浮遊感に慌ててタオルを掴む。
「ちょっ!ゆ、雪男!?下ろして!!」
「大人しくしてて。勝呂くんは朴さんをお願いします。しえみさんは透子先生の荷物を持ってきてください。」
「若先生狡い…!!」
「志摩さん、僕らも行くえ。」
結局そのまま部屋に運ばれちゃんとした治療を行うと着替えを済ませた。
朴はあと少し遅くなっていたら危険だった。燐も神木も怪我は無く、もう遅いからとそれぞれ休むことになった。
私のミスだ…
もっと早くに気づくべきだったし、動揺したのか弾を変えることも、朴を治療することも出来ずにただ立ち尽くしていただけだ。生徒達の前では偉そうにして、この様だ…
寝れそうも無くて朴の部屋へ様子を見に行く。部屋の前まで行くと扉の前へ座り込んで肩を震わす神木の姿が見えた。足音で私に気づいた神木は顔を上げ立ち去ろうとするが、逃げる腕を捕まえて、お茶でも飲まない?と誘うとそのまま食堂へ移動してお茶を入れる。二人とも一言も話さないため酷く静かで夜の食堂は不気味さを増していた。
「ごめんなさい。」
突然謝罪したことに驚いているのか、え?と顔を上げた神木にもう一度謝った。
「ごめんね。」
「なんで謝るんですかっ?盗み聞きしたこと!?」
「それも含めて。助けられなかった…誰一人。指示さえ出せなかった…」
教師失格ね…
そう小さく呟く。罵倒の一つや二つは覚悟していたのだが、それもなく…神木は再び涙を流し始めたから。
「私…朴を…たった一人の友達を守れなかった…嫌われた…!」
「…それは違う。」
「先生も盗み聞きしてたなら聞いてたでしょ!?私が…性格悪いから!!」
私も小さい頃見えないものが見えるようになり、友達も出来ずに泣いた時があった。しかし私にも柔造と蝮ちゃんという友達が出来た。大切で、二人さえいれば誰に嫌われても構わないと思っていた。神木と同じだ…
『透子!俺と友達になんねぇか?』
だから二人と離れてここに残ると決めた時、突然藤本神父に言われて驚いたし、その時は意味がわからなかったけれど、あの時確かに、とても嬉しかったんだ。
「神木…出雲ちゃん。私と友達になりましょう!」
「は、ハァ!?なんで今そんな話に…しかも教師と生徒が友達って…ありえない!!」
「そう?私正確には塾の講師だし、どうせ卒業しちゃえばすぐ祓魔師の仲間よ。それに出雲ちゃんは燐と違ってそこんとこはわきまえてくれるってわかるしね。」
ね?と微笑むと出雲ちゃんは「みんなして友達友達ってバカみたい」と呟いた。しかし前に私が怒った事や朴に言われた事を思い出したようで、再び俯いて黙ってしまった。
「そうね。友達は宣言したり、口約束でなるものでもない。でも、今日から私は出雲ちゃんと友達。勿論生徒でもあるけど。」
「私は…」
「そうだ、しえみね。あの子人見知り激しくて身体も弱かったから学校も殆ど行ってないのよ。だから世間知らずだし時々的外れな事言うけど、今必死で自分を変えようとしてる。その第一歩が“友達を作ること”」
「……」
「さっきも言ったけど友達は宣言してなれるものじゃないし、仲間は大事にしてほしいけど、仲良しごっこをしろとは言わない。」
「喧嘩ばかりだけど、お互いを大切な仲間と思っている人もいるしね。」と大切な友達二人を思い出し笑う。
「出雲ちゃんは自分がきつい言い方しか出来ないのを本当は嫌なのわかってる…というか、今日わかったの。だから出雲ちゃんも自分を変えようと思わない?」
出雲ちゃんは何か言いたげだったが、結局黙ったままだった。
今伝えたい事は伝えたつもりだ。私も失敗を悔やんでる暇はない。この子達を守れるくらい強くならなくては。
「さ、明日も早いし寝ようか!」
藤本神父のように、心を救ってあげれるくらいに…
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