「では来週の強化合宿の流れはこのように。よろしくお願いします。」
職員会議が終わり、来週に行われる強化合宿についての資料を抱えた教員達が会議室をぞろぞろと出て行く。訓練生から候補生になるための認定試験の時期が近づいているため、合宿を行うことになった。
しかし実はこの合宿こそがその試験であり、咄嗟の判断力や協力性を試すため敢えて訓練生にはこの事を黙っておくというのがこの試験の目的である。
試験と言えど実践を含むため、審査員も兼ねて担当教員総動員で監視するのだ。
「雪男ー、何も私が行かなくても引率は雪男一人で良いんじゃない?」
「透子さんには女子の担当をして欲しいんです。合宿となれば女性がいた方が女子生徒は色々安心だと思うし。」
なるほど。心配はないと思うが一応ついていたほうが良いだろう。しかも一つ気掛かりな事に気付き、資料を取り出した。
「そうねぇ…それに気になる事もあるし。」
「気になる事?」
「んー?いや、何でもない。」
「?」
訓練生資料から“神木出雲”の資料を捲る。優秀でこれといって問題もなく先生達からの評価もなかなか。
気になるとすれば協力性だ。勝呂と燐の実技場での一件で口にした言葉やこれまでの他人への態度を考える。
『バッカみたい。』
『人が目の前で死んでもバカみたいって思えるの?』
どうもあの日以来、神木は私と目も合わせようとしない。私も冷静さに欠けていたせいで思わずきつい言葉を口走ってしまったと反省するが、今は私よりも次の試験で何も起きなければ良いのだがと資料を見つめた。
廊下を歩いていると体の半分以上の長さはあるんじゃないかというほどのコンパスを剣のように腰に吊し、腕を組みながら歩いてくるネイガウス先生が見えた。
「ネイガウス先生!前の授業は魔印の授業でしたか。」
「八坂透子。あぁ、今年は神木出雲と杜山しえみが手騎士候補のようだ。」
「へぇ、二人も!次の試験が楽しみですね。ってそれより!!そろそろフルネームで呼ぶの止めません?」
「…考えておこう。」
再び歩き始めた先生を見れば相変わらずだなと笑ってしまった。けして無愛想ではなく、話しかければ返事をくれるし、生徒に対しても褒める時は褒めたりと優しさを持っている。しかし人とは一線を置くようにしているのか、どこか距離を感じる。その一例が名前だ。相手に対してフルネームで呼ぶ呼び方は私が知り合ってから変わることはなかった。
ネイガウス先生の背中を見ていると、後ろから呼びかけられ、振り返る。
「透子せんせー!なんや、先生はああいう男がタイプなん?」
「いや、別に違うけど。」
「じゃあどんなんがタイプなんですか!?俺は先生みたいなタイプめっちゃ好きやで!」
「志摩さん…」
「それよりみんなお揃いで何してるの?」
あれ?スルーされとる?という頭ピンクは放っておいて、廊下で男だけで固まって何やら話していたようだった。
「なんかしえみがまろまゆのパシリになってんだよ。」
「まろまゆ?」
燐の指を辿れば、神木と朴の後ろでしえみがにこにこしながら鞄を持って歩いていた。うーん…これは……
「遊んでるんやろ。」と特に気にした様子もない勝呂に対し、燐は少し心配そうだ。
「まぁ女の子には良くある話よ。(多分)」
「なん!?先生もあったんか!」
「私はいつも従姉妹と男友達と三人でいたからなぁ。」
「なに!透子せんせー彼氏いたんか。羨ましい!!」
「志摩さん…」
…頭ピンクは置いといて、困ったもんだと頭をかいた。教師ではあるがここはあくまで塾だ。協調性は大事にしてほしいがお友達どうこうに口を挟む気もなければ、仲良しごっこをしろ何て言う気もない。何より私自身、この手の事は苦手分野だ。
「そろそろ授業始まるよ。みんな真言の印の図解資料集持って…って私が忘れた!!教室入っててー!」
私としたことが、授業で使う資料を職員室に忘れてきてしまったことに気付き、急いで取りに走った。
「かいらしいなぁ。俺ああいう所がめっちゃツボですわ〜!」
「志摩さんは女の子なら誰でも好きやない。」
「子猫さんが冷たい!」
二人が教室に入っていく後に続く。するとポケットに入っているケータイが勢い良く鳴り始め、マナーモードにし忘れたことに気づき慌てて取り出す。
「志摩さん先に行っとるよ?」
「すんまへん!」
廊下の隅でケータイを開くと、珍しい名前が表示されていて、何かあったのだろうかと悩んだ末、受話器のマークを押した。
「柔兄、まだ授業あんねん。もう始まるさかい後でかけ直す!」
忙しいのもあるだろうが、めったに電話などかけてはこない次男がわざわざ何の用だと、少し不安になったが、柔らかい何時もの兄の声で安心する。
《そうか?悪い悪い!ちょっと聞きたいことあってなぁ。》
「聞きたいこと?」
《……祓魔塾の先生に八坂透子って…おるか?》
「あぁ!透子先生なら「志摩!授業始めるよ!」
「うお!透子先生!今行きますー!!柔兄、また後でな!」
資料を取りに戻った透子先生が脅威の速さで戻ってきたらしく、結局兄の用件を聞かぬままケータイを閉じた。
プツ…プー、プー、プー…
耳に響くのは通信が途切れた音と、廉造の後ろで小さく聞こえてきた声。
「透子…」
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