授業を終え、次の時間は授業も無いし確か雪男もこの時間は無いはずなので、コーヒーでも入れて休憩にしようかと考えながら職員室までの廊下を歩いていると、次が体育なのかジャージ姿の三人組が見えた。


「何なんやアイツは!!」


酷く機嫌が悪そうな勝呂を先頭に、実技場へ向かっているようだった。
話を聞けばどうやら燐と喧嘩をしたらしい。内容はわからなかったが、勝呂が燐の態度に問題があると感じたのだろう。
初日に言ったことを覚えてるんだか覚えていないんだか…授業態度が悪いのは注意すべきことだが、喧嘩に関しては私が口を挟むところではないだろう。


職員室に戻れば雪男の姿がなかったので仕方なく一人でコーヒーを啜りながら今度の授業に使うプリントを作成していた。


「あぁ!透子先生丁度良かった!!」

「あれ椿先生授業は?」

「それが急用が出来まして…私が戻るまで授業見てて貰えないカネ?」

「良いですけ「そうか!助かったヨ!!では頼むヨ!!待っててね僕の子猫ちゃーん!!」

恐らく奥さんであろう子猫ちゃんの下に行ってしまった椿先生…大丈夫なのだろうか…?
仕方ないと重い腰を上げると実技場に足を運んだ。




実技場に近付くにつれて、何だか騒がしい事に気がつく。


「何で戦わん…くやしくないんか!!!」

(勝呂?)


勝呂の叫びから何やら嫌な予感がして、急いで実技場内へ向かう。蝦蟇は大人しいが人の心を読み襲いかかる悪魔だ。普段真面目な勝呂だが、この声からして今は冷静とは思えない。蝦蟇に近付いていなければいいんだが…


「おい…やめとけ!」
「「坊!」」
「ちょっと本気…?」
「どーせ引き返すでしょ。バッカみたい。」

「ちょっと!!どういうこと!?」


実技場を見渡せば蝦蟇の下へ歩いて行く勝呂、他の子達はそれを危ないと思いながらも見守っている。椿先生は蝦蟇をしまい忘れたらしく、鎖で繋がれてはいても勝呂はもう目の前で何かを叫んでいた。蝦蟇を何とか止めようと中央に位置するレバーまで走る。下手に叫べば勝呂が動揺してしまい逆に危険だ…!間に合って…!!




「プッ、プハハハハハ!ちょ…サタン倒すとか!あはは!子供じゃあるまいし。」

その瞬間蝦蟇が動きだし、勝呂に向かって襲いかかろうと大きな口を開く。


「(拙いッ!!)勝呂!!下がって!!」


右太腿に巻いてあるホルダーから銃を取り出し柵を飛び越えながら蝦蟇に向かって構える。それでも間に合うか…!!
すると、見切れるほどの速さの何かが勝呂を通り越し反射的に蝦蟇はそれを加えた。


「燐…!?」


悲鳴と私の麻酔銃の音が重なり、燐に駆け寄ると蝦蟇はピタリと動くのを止め、抵抗もせずに燐を離すと麻酔が効いてきたのか体中を痙攣させ倒れた。



「(…どうなってるの!?燐は怯えるどころか焦りもしてないって言うの!?)……二人とも!!怪我はな…!」

「…なにやってんだ…バカかてめーは!!いいか?よーく聞け!サタン倒すのはこの俺だ!!!!てめーはすっこんでろ!」

「(なんや…コイツ…!?)…バ、バカはてめーやろ!!死んだらどーするんや!つーか人の野望パクんな!!」

「パクってねーよオリジナルだよ!!」

「バカはお前らや…」


怒気をたっぷりと含んだ声で燐と勝呂の頭を鷲掴みすると勢い良く引き寄せた。ゴンッと鈍い音がして、声にならないのか二人とも床で悶えている。上の見学者を見れば事の重大さがわかったのか目を合わせず気まずそうに俯く生徒達。しかし神木は顔をあげると「バッカみたい」と鼻で笑った。


「人が目の前で死んでもバカみたいって思えるの?」

「……」


勝呂と燐を上へ登るよう指示し、蝦蟇を籠の中へしまい終えると、少し落ち着いた頭で生徒の下へ向かう。皆一言も喋らず、ただ黙って私の作業を見ていたが、目の前にたてば気まずいのか再び俯く。そんな中燐だけが正面にいる私を見つめていた。


「どうしてこうなったかは後で二人に聞くよ?いいね?」

「はい…すんませんでした。」

「椿先生は蝦蟇に近付いてはいけないと言ったはずだよね?それに背いた事は反省してもらうよ。でも私が今聞きたいのは他の子達は何故止めなかったのか。」

「先生!!責任は俺にあってこいつらはみんな俺の事止めようとしてました!!」


やはり勝呂はリーダーに向いている。だけに惜しいのだ。リーダーは常に冷静であり、下の者をまとめ、人の細かい所までカバー出来なくてはならない。勝呂は自分に厳しい分人にも厳しいが総合的にみてまだまだ未熟である。もっとも、訓練生にそこまで求める必要はないのだが。
才能があるからこそ、厳しく見てしまうのだ。


「下手したら死ぬかもしれない時に、貴方を縛ってでも止めようとした人はいたの?」

「…!?」

「……ちょっと大袈裟だったね。でも誰か一人でも先生を呼びに行こうとは?くだらない、めんどくさいと思い関わらないようしてた人は何人いた?」


皆俯いたまま黙り込む。


「勿論蝦蟇をそのままにし、授業中に生徒だけ残した先生にも問題があります。来るのが遅くなってしまってごめんなさい。でも、大きな野望があるなら何故死に急ぐような事をしたのか考えなさい。止めれなかった人は班行動の意味や責任についてもっと考えなさい。…それでもわからないならさっさと塾を止めて帰りなさい。」


重い空気の中チャイムが鳴り響く。授業はこれで終わりと告げれば静かに移動し始める面々。しかし勝呂だけがその場から動こうとしない。勝呂以外が立ち去るのを横目で確認すると、勝呂は俯いていた顔を上げ、勢い良く下げた。


「本当にすんませんでした!!」

「…もうわかったよね?」

「はい…そ、それで…みんなも何か罰を受けてしまうんやろか?」


焦った様子で聞いてくる勝呂にうーんと唸る。本来なら勿論連帯責任で問題になってもおかしくはない。しかしもとの原因は椿先生にもある。椿先生と生徒達に罰が与えられるのか、はたまた椿先生だけに罰が与えられるのか。一職員である私にも皆目見当もつかない。


「…とりあえず報告はするよ?でもその後どうなるのかは私からは何とも。」

「そう…ですか…。」


踵を返す勝呂に声をかけようか迷う。しかし今の彼には色々とダメージが大きいだろう。このことがきっかけで自信を失って欲しくはないが、何て声をかければ良いのか私にもわからない。偉そうな事を言っても私もまだまだ未熟だ。


こんな時、藤本神父なら何て言うのかな…。

去っていく背中を見つめながらそんな事を思った。






次の日、フェレス卿の一言により誰も罪には問われなかった。雪男によると「誰も被害に合わなかったから良いんじゃないですか?」と理事長様が言ったとか言わなかったとか…(ホント大丈夫かな…この塾)

次の授業があるため一年のクラスに向かう途中、昨日みたく再び廊下で三人組を見つけた。


「あれ?坊、何で髪留めなんて持ってるん?」

「う、うっさいわ!黙っとれ志摩!!」

「それ確か坊が夜勉強しはる時に使っとるやつですよね?」


三人はクラスに入っていくと、前の授業が悪魔薬学だったのか雪男が入れ違いで出てきた。


「どうしたの?にこにこして。」

「いや…中に入ればわかるよ。」

「?」


雪男はそれだけ言うと教室を後にし、変わりに教室に入ればたくさんの本を机に置き何やら勉強する気満々の燐の前で怒っている勝呂。またか…なんて思えば、燐の頭には髪留めが。

それは先ほど廊下で勝呂が持っていたのと同じものだった。






「授業始めるよー!」








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