太陽が地平線の向こうに隠れてしばらくして、ツナ君が目を覚ました。
不本意ながら、僕の隣にはリボーンが座っている。
「ツナ君大丈夫? 痛いところある?」
「えっ? あ、大丈夫。ごめんね、もうこんな時間なのに」
「気にしないでいいよ。それより……」
ちらりと横を見る。
僕の視線を追って、ツナ君はギョッとした顔になった。
「なんでいるんだよ!?」
「オレはお前の家庭教師だからな」
「はあ!? お前赤ん坊だろ!?」
今にも飛びかかりそうな勢いのツナ君を、袖をつかんで引き留める。
「あんまり刺激しちゃダメ。ツナ君、さっきこの子に気絶させられたから」
その言葉が効いたか、一瞬で大人しくなった。
本当は僕自身すぐにでも帰りたかった。
だけれど、奈々さんにとびっきりの笑顔でお願いされてしまったのだ。
ツナ君が目を覚ますまでそばにいてあげてほしい、と。
「とりあえずツナ君も大丈夫みたいだし、僕は帰るね」
まとめておいた荷物を持って立ち上がる。
「じゃあツナ君、また明日」
軽く手を振って部屋を出た。
そこからはもう全力だった。
倒れない程度に全速力でツナ君の家から立ち去り家まで急いだ。
リボーンに関わるわけにはいかない。
たとえ原作に関わってもリボーンにだけは関わるわけにはいかない。
関わった時、それが僕の人生の末路のような気がする。
「ただいま」
こうなったら心ゆくまで撃ち続けてやるっ
**********
「京子ちゃんおはよー」
「あっおはよう恭華ちゃん!」
家を出たところで偶然にも京子ちゃんと遭遇した。
せっかくなので2人で登校することに。
ただ……なんだろうな、何か変な感じがする。
よく思い出せないんだけど何か大切なことを忘れているような気がする。
胸の奥で何かモヤモヤしている。
「ねぇ京子ちゃん、今日って何かあったっけ?」
「え? うーん、体育の授業……じゃないし、調理実習もないし。何もないよ?」
「ん、そっか」
じゃあ何を忘れているんだろう。
「あれっ?」
「どうしたの?」
「何か聞こえない?」
耳を澄ませる。
本当だ……なんだろう、地鳴り?
ううん、違う。
そんなんじゃない。
「恭華ちゃん、あれ」
同時にその正体に気づいて振り返った。
そこにあったものを見て、ようやく僕は思い出した。
思い出して、絶望した。
取り返しつかないと気づいた時には、もう遅いんだと、初めて気付かされた。
そのあと何があったのか、正直覚えていない。
その恐怖から逃げ出したいと、ただそう思っていたことは覚えている。
とても悲しそうな、ツナ君の顔も。
「……か、恭華!」
気づくと、目の前に花ちゃんの顔があった。
「あんた大丈夫? 京子も。朝から災難だったよね」
「朝……?」
何のことだかわからずに小首を傾げてしまう。
横を見ると半分放心した京子ちゃんの姿。
どうしたの?
そう言おうとして声の出ない自分に気づいた。
僕に京子ちゃんを慰める資格はない。
なぜかそう思った。
「今朝、パンツ一丁の沢田に告白されてたでしょ? 京子はそん時の沢田にショック受けたみたいよ。いつもと全然様子が違かったものねアイツ」
ああ、そうだ思い出した。
あの時、校門にいた僕たちは後ろから走ってきた裸のツナ君に呼ばれたんだ。
そのままツナ君は僕の期待を大きく裏切る形で告白をした。
僕に。
死ぬ気のツナ君は思っていたのよりもとても恐く、告白先が僕という事実に恐れ、彼の胸元を力の限りに押し返してしまったのだ。
倒れた瞬間に死ぬ気が解けたツナ君はどんな気持ちだったかはわからない。
ただ、悲しそうな顔をしていた。
そして何も考えたくなくなってしまった僕は、ツナ君を置き去りにその場を去ってしまった。
僕は一体どんな顔をしてツナ君に接すればいいんだろうか。
ツナ君が好いていたのは京子ちゃんではなくて、僕。
だけど僕は原作のことに捉われすぎて京子ちゃんだと思い込んでいた。
……馬鹿みたいだ。
「あんたは悪くないでしょ」
花ちゃんの柔らかい手が僕の髪を撫でた。
「確かに自分に向けられた感情に鈍感かもしれないけど、アプローチのない沢田も沢田でしょ。それにこんな形じゃね」
「ううん、ツナ君は悪くないよ。いけないのは、僕の方だ」
そう、知識に頼って現実を見ようとしなかった僕が悪い。
僕が悪いんだから、僕からツナ君に謝らないと。
「ツナ君……」
絞り出した声は、それでも彼に届いたようで、静かにこちらを振り向いた。
いつもの優しい彼は、あの時と同じ、悲しそうな表情をしていた。
ごめん。
たったその一言が、今はとても高い壁に見えた。
「恭華!」
「恭華ちゃん!」
結局僕はその一言を口にすることなく、教室を飛び出してしまった。