「おい、聞いたか?」
「ああ。今から転入生と雲雀さんが戦うって話だろ?」
「しかもその転入生って女子らしいぜ」
「命知らずだよな」
「そいつって確かツナの従兄妹なんだろ?」
「名前は確か……沢田琴音」
**********
木枯らしが吹き抜ける校庭。
そこに琴音と雲雀は立っていた。
「ルールは簡単だ。僕か君、どちらか膝を付いた方が負けだ。もし君が勝ったら風紀委員に迎え入れてもいいけど、その他は知らないよ」
「上等」
そんな2人を見ているのは、ツナ達5人だけではなかった。
誰から聞いたのか、琴音と雲雀の勝負の噂は瞬く間に広がり、校庭の周りはもちろん校舎の窓辺にも野次馬が集まっていた。
新島を含めた教師陣も、どこかしらから見ている。
つまり、学校にいる全てが彼らを見ていた。
雲雀が関わっているために誰一人としててを出すことは許されない。
「行くよ」
先に動いたのは雲雀。
どこからともなく取り出した仕込みトンファーを構えて一直線に駆け出した。
そして彼は気づいた。
琴音が“目を瞑っている”ことに。
彼女は微動だにしなかった。
すぐ目と鼻の先まで殺気を纏った雲雀が来ていると言うのに。
ほとんどの人は、琴音が“動けない”ものだと思っていたが、雲雀は彼女が“動かない”と言うことに気づいていた。
それが彼をイラつかせた。
「咬み殺す」
トンファーを振り切る。
しかしそれは空を切った。
よけられた?
そう思ったのも束の間、脇腹に向かって蹴りが来る。
トンファーで防ぎ弾き返すが、正直なところ驚いていた。
自分の初撃を避けるなんて、咬み殺し甲斐がある。
ましてやそれが女子だなんて。
「次は僕から行くよっ」
次に動いたのは琴音だった。
素手のまま雲雀に突っ込んで行く。
そのまま蹴りを入れようと地面を蹴った。
しかし見てしまった。
恐ろしいほどに口元に笑みを浮かべた鬼を。
「うぐっ」
腹にモロにトンファーが入る。
足が地についていない彼女に踏ん張り用がなく、簡単に吹き飛ばされてしまった。
それでもうまく足から着地し、負けは防ぐことができた。
砂でも入ったのだろうか、右目が痛んだ。
そこからはループ映像でも見ているような光景だった。
雲雀が攻撃をしかけ、琴音がよけて蹴りを繰り出し、トンファーで防ぎ弾かれる。
その繰り返しが続いた。
ループを一つ繰り返すごとに琴音の目の痛みは増し、それどころか頭痛まで襲って来た。
それでも琴音は諦めなかった。
**********
終わりのないループ。
正直な話、もう体力が限界に来ていた。
いくら僕でも“こいつ”の体じゃ全力どころか半分も出せっこない。
むしろよくここまでやれたと思っている。
さすがにここまでくれば僕に勝算は見えない。
僕じゃ雲雀には勝てないってことか?
悔しいけどそれが現状だ。
目の痛みは増すばかりだし、頭痛も酷くなっていく。
余計にイラつきが募った。
「ふざけないでよ……」
「さっきから何をブツブツ言ってるの?」
「僕は、負けない」
「ふぅん。まだ抵抗するんだ。大人しく咬み殺されればいいのに」
その時だった。
ドクンッ
突然、心臓を締め付けられるような感覚に襲われた。
ドクンッ
「う、あっ……」
痛みに思わず呻き声が出る。
なんだ?
一体僕の体に何が起こっている?
まるで、自分の中にいる“何か”が目を覚まそうとしているかのようだ。
ドクンッ
「う、あ、うぁぁぁぁぁあああぁぁああっ!!!」
**********
叫び声とともに吹き荒れる風。
「琴音!?」
「ちょっ何!? 何が起こってんの!?」
「なんかやべーな」
尋常ではない何かを感じ取った5人。
何かしたいが何もできない。
今琴音に手を出せば間違いなく雲雀が黙っていないだろう。
そして何より、この世界に来てから変わりつつある『彼女』に手を出せるはずがなかった。
風が収まり晴れたそこには、何も変わらない琴音が立っていた。
そう、どこをどう見ても琴音だった。
「あれって、本当に琴音?」
しかし理沙だけは違った。
「よくわからないけど、何だか琴音じゃない気がして……」
その時、それまで黙っていた琴音がようやく口を開いた。
「悪いけど、アンタを倒すわよ」
琴音から放たれた声は、誰がどう聞いても違和感のあるものだった。
『姫』はそのあだ名とは不釣り合いに声が低い。
女子で言うならアルト。
歌は基本的に男性曲しか歌えず、女性曲を歌う時は必ず+3キーでないと声が出ない。
それくらい低い。
本人も気に入っていたが少しコンプレックスに持つほどだった。
琴音になってからは拍車がかかっていたと言っても過言ではない。
はずだった。
今、目の前で声を発した彼女はそれを超え、余裕のソプラノ、いわゆるアニメ声とでも言うべき高さを出していた。
「ねえ、琴音の目」
さらなる違和感に気づいたのは、隼菜だった。
隼菜が示したのは琴音の瞳の色。
本来なら琴音の目は一般的な茶の少し混じった黒なのだが、
「赤い、深紅色してる」
「え、隼菜ちゃんこの距離で見えるの?」
「……見えないの?」
「「「「(無理だから!!?)」」」」
「って、ん? 獄寺夫人、メガネは?」
「この後に及んでそれで呼ぶ!?」
「ごめん。夫人、メガネは?」
「もう突っ込む気すらしない……。朝起きたら眼鏡がなくなっちゃってさ、でも見えるからいいかな、って」
「そうですか」
聞いた割に興味ゼロの返事の理沙である。
既にツナ達は苦笑い以外になす術を持たなかった。
もうこれが日常茶飯事なんだな、と受け入れ態勢整いました。
当の隼菜はかなり傷ついていたりするのだが、それに気づく者無し(笑)
さて、話を戻して。
雰囲気の変わってしまった琴音を見て、雲雀は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「君が何者かは知らないけど、面白いね。咬み殺し甲斐がある」
「咬み殺す? うふふ、咬み殺すですって。そんなことできるのかしらねぇ? アタシのこと倒せるの? うふふ、面白いわね。やってみなさいよ。アンタが井の中の蛙ってこと、アタシが教えてあげるわ」
ニィッと笑うと『琴音』は走り出した。
しかしその動きはさっきまでと同じパターン。
突っ込んだところでカウンター攻撃を食らう、誰もがそう思っていた。
「ぐっ……」
しかし弾かれたのは雲雀の方だった。
全く同じだったはずの彼女の動きは、彼の目の前で変速したのだ。
今までなら蹴りを入れているところで、彼女は体を沈め半歩だけ身を引くことで瞬間的に背後を取り、油断していた雲雀の背を蹴り飛ばしたのだった。
そんな攻撃を食らったものの、さすがと言うべきか、雲雀はすぐに体勢を立て直した。
素早くトンファーを構え直して『琴音』に向かって駆ける。
が、
「La fine」
トンファーが掴まれ、彼の勢いをそのままに一気に投げ飛ばされた。
あまりに綺麗すぎる一本背負い。
唐突すぎて、一瞬すぎて、綺麗すぎて。
雲雀を含む誰もが言葉を失ってしまった。
「こ、これってもしかして……」
「ううん、もしかしなくても」
「「「「「琴音の勝ちだ!!!」」」」」
某然としたまま起き上がった雲雀に静かに歩み寄る『琴音』。
「アタシを楽しませてくれてありがとう。また、いつか……」
そこまで言うと、音もなく倒れた。
寸前で雲雀が支える。
すぐさま理沙達が駆け寄った。
「ねえ」
「は、はいっ」
「その子にちゃんと伝えておいてよ。“風紀委員として認める”ってね」
その言葉に一同の表情が明るくなった。
心なしか、雲雀は不貞腐れていた。
そのままプイと顔を背けると、足早に立ち去ってしまった。
「ありがとうございました」
その背中を見ながら、理沙は小さく頭を下げた。
「ああ。今から転入生と雲雀さんが戦うって話だろ?」
「しかもその転入生って女子らしいぜ」
「命知らずだよな」
「そいつって確かツナの従兄妹なんだろ?」
「名前は確か……沢田琴音」
**********
木枯らしが吹き抜ける校庭。
そこに琴音と雲雀は立っていた。
「ルールは簡単だ。僕か君、どちらか膝を付いた方が負けだ。もし君が勝ったら風紀委員に迎え入れてもいいけど、その他は知らないよ」
「上等」
そんな2人を見ているのは、ツナ達5人だけではなかった。
誰から聞いたのか、琴音と雲雀の勝負の噂は瞬く間に広がり、校庭の周りはもちろん校舎の窓辺にも野次馬が集まっていた。
新島を含めた教師陣も、どこかしらから見ている。
つまり、学校にいる全てが彼らを見ていた。
雲雀が関わっているために誰一人としててを出すことは許されない。
「行くよ」
先に動いたのは雲雀。
どこからともなく取り出した仕込みトンファーを構えて一直線に駆け出した。
そして彼は気づいた。
琴音が“目を瞑っている”ことに。
彼女は微動だにしなかった。
すぐ目と鼻の先まで殺気を纏った雲雀が来ていると言うのに。
ほとんどの人は、琴音が“動けない”ものだと思っていたが、雲雀は彼女が“動かない”と言うことに気づいていた。
それが彼をイラつかせた。
「咬み殺す」
トンファーを振り切る。
しかしそれは空を切った。
よけられた?
そう思ったのも束の間、脇腹に向かって蹴りが来る。
トンファーで防ぎ弾き返すが、正直なところ驚いていた。
自分の初撃を避けるなんて、咬み殺し甲斐がある。
ましてやそれが女子だなんて。
「次は僕から行くよっ」
次に動いたのは琴音だった。
素手のまま雲雀に突っ込んで行く。
そのまま蹴りを入れようと地面を蹴った。
しかし見てしまった。
恐ろしいほどに口元に笑みを浮かべた鬼を。
「うぐっ」
腹にモロにトンファーが入る。
足が地についていない彼女に踏ん張り用がなく、簡単に吹き飛ばされてしまった。
それでもうまく足から着地し、負けは防ぐことができた。
砂でも入ったのだろうか、右目が痛んだ。
そこからはループ映像でも見ているような光景だった。
雲雀が攻撃をしかけ、琴音がよけて蹴りを繰り出し、トンファーで防ぎ弾かれる。
その繰り返しが続いた。
ループを一つ繰り返すごとに琴音の目の痛みは増し、それどころか頭痛まで襲って来た。
それでも琴音は諦めなかった。
**********
終わりのないループ。
正直な話、もう体力が限界に来ていた。
いくら僕でも“こいつ”の体じゃ全力どころか半分も出せっこない。
むしろよくここまでやれたと思っている。
さすがにここまでくれば僕に勝算は見えない。
僕じゃ雲雀には勝てないってことか?
悔しいけどそれが現状だ。
目の痛みは増すばかりだし、頭痛も酷くなっていく。
余計にイラつきが募った。
「ふざけないでよ……」
「さっきから何をブツブツ言ってるの?」
「僕は、負けない」
「ふぅん。まだ抵抗するんだ。大人しく咬み殺されればいいのに」
その時だった。
ドクンッ
突然、心臓を締め付けられるような感覚に襲われた。
ドクンッ
「う、あっ……」
痛みに思わず呻き声が出る。
なんだ?
一体僕の体に何が起こっている?
まるで、自分の中にいる“何か”が目を覚まそうとしているかのようだ。
ドクンッ
「う、あ、うぁぁぁぁぁあああぁぁああっ!!!」
**********
叫び声とともに吹き荒れる風。
「琴音!?」
「ちょっ何!? 何が起こってんの!?」
「なんかやべーな」
尋常ではない何かを感じ取った5人。
何かしたいが何もできない。
今琴音に手を出せば間違いなく雲雀が黙っていないだろう。
そして何より、この世界に来てから変わりつつある『彼女』に手を出せるはずがなかった。
風が収まり晴れたそこには、何も変わらない琴音が立っていた。
そう、どこをどう見ても琴音だった。
「あれって、本当に琴音?」
しかし理沙だけは違った。
「よくわからないけど、何だか琴音じゃない気がして……」
その時、それまで黙っていた琴音がようやく口を開いた。
「悪いけど、アンタを倒すわよ」
琴音から放たれた声は、誰がどう聞いても違和感のあるものだった。
『姫』はそのあだ名とは不釣り合いに声が低い。
女子で言うならアルト。
歌は基本的に男性曲しか歌えず、女性曲を歌う時は必ず+3キーでないと声が出ない。
それくらい低い。
本人も気に入っていたが少しコンプレックスに持つほどだった。
琴音になってからは拍車がかかっていたと言っても過言ではない。
はずだった。
今、目の前で声を発した彼女はそれを超え、余裕のソプラノ、いわゆるアニメ声とでも言うべき高さを出していた。
「ねえ、琴音の目」
さらなる違和感に気づいたのは、隼菜だった。
隼菜が示したのは琴音の瞳の色。
本来なら琴音の目は一般的な茶の少し混じった黒なのだが、
「赤い、深紅色してる」
「え、隼菜ちゃんこの距離で見えるの?」
「……見えないの?」
「「「「(無理だから!!?)」」」」
「って、ん? 獄寺夫人、メガネは?」
「この後に及んでそれで呼ぶ!?」
「ごめん。夫人、メガネは?」
「もう突っ込む気すらしない……。朝起きたら眼鏡がなくなっちゃってさ、でも見えるからいいかな、って」
「そうですか」
聞いた割に興味ゼロの返事の理沙である。
既にツナ達は苦笑い以外になす術を持たなかった。
もうこれが日常茶飯事なんだな、と受け入れ態勢整いました。
当の隼菜はかなり傷ついていたりするのだが、それに気づく者無し(笑)
さて、話を戻して。
雰囲気の変わってしまった琴音を見て、雲雀は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「君が何者かは知らないけど、面白いね。咬み殺し甲斐がある」
「咬み殺す? うふふ、咬み殺すですって。そんなことできるのかしらねぇ? アタシのこと倒せるの? うふふ、面白いわね。やってみなさいよ。アンタが井の中の蛙ってこと、アタシが教えてあげるわ」
ニィッと笑うと『琴音』は走り出した。
しかしその動きはさっきまでと同じパターン。
突っ込んだところでカウンター攻撃を食らう、誰もがそう思っていた。
「ぐっ……」
しかし弾かれたのは雲雀の方だった。
全く同じだったはずの彼女の動きは、彼の目の前で変速したのだ。
今までなら蹴りを入れているところで、彼女は体を沈め半歩だけ身を引くことで瞬間的に背後を取り、油断していた雲雀の背を蹴り飛ばしたのだった。
そんな攻撃を食らったものの、さすがと言うべきか、雲雀はすぐに体勢を立て直した。
素早くトンファーを構え直して『琴音』に向かって駆ける。
が、
「La fine」
トンファーが掴まれ、彼の勢いをそのままに一気に投げ飛ばされた。
あまりに綺麗すぎる一本背負い。
唐突すぎて、一瞬すぎて、綺麗すぎて。
雲雀を含む誰もが言葉を失ってしまった。
「こ、これってもしかして……」
「ううん、もしかしなくても」
「「「「「琴音の勝ちだ!!!」」」」」
某然としたまま起き上がった雲雀に静かに歩み寄る『琴音』。
「アタシを楽しませてくれてありがとう。また、いつか……」
そこまで言うと、音もなく倒れた。
寸前で雲雀が支える。
すぐさま理沙達が駆け寄った。
「ねえ」
「は、はいっ」
「その子にちゃんと伝えておいてよ。“風紀委員として認める”ってね」
その言葉に一同の表情が明るくなった。
心なしか、雲雀は不貞腐れていた。
そのままプイと顔を背けると、足早に立ち去ってしまった。
「ありがとうございました」
その背中を見ながら、理沙は小さく頭を下げた。