72、転校
暗い部屋に、携帯の着信音が鳴り響く。
電気をつけることなく少女は携帯を開いた。
眩しいディスプレイに目を細めながらも、彼女はボタンを押した。
「もしもし、ああ、久しぶりだね。…………へぇ、氷の姫を捕まえた、ね。たまにはいい仕事してくれるじゃん。わかった、すぐ帰るよ。いい加減私だってボスの顔が恋しいしね。ようやく会えるんだから。……こっちは任せて、Arrivedelci」
パタン……と携帯を閉じると、少女は不敵な笑みを浮かべた。
†‡†‡†‡†‡†‡
「えっ転校!?」
朝の並中にツナの驚きの声が響いた。
すぐにクラスの喧騒の一部と成り果てたが。
「そうなんすよ。先公の話じゃ、昨日の夜に連絡があって、突然親の出張が決まって今日の朝には出なきゃいけない、とか」
「さよならもないと、何か寂しいのな」
「でも、親の仕事の都合なら仕方ないよ」
ちらりと視線を向けるのは、すでに片付けられてしまった一つの机があった場所。
クラスのムードメーカーで、唯一問題児を扱えた人物。
千鶴の荷物はすでに何も残っておらず、それはロッカーの中も然り。
彼女を思い起こさせるものは何一つとしてなかった。
「せめて、手紙くらい残してくれれば良かったんですがね」
「やちるちゃん……」
「クラスが寂しくなっちゃったね」
「京子ちゃんも……」
気づけば周りには、やちるや京子も集まって来ていた。
出会って1年も経っていないと言うのに、まるで昔から一緒にいたかのような感覚を持たせる彼女。
それほど存在が大きかったのかもしれない。
「霜月さん、結局どこに行っちゃったんだろう」
ポツリとツナが呟いた言葉に皆がハッとなる。
未だ行方不明の要。
2人は喧嘩が多かったが、おそらく要が最も接していたのは千鶴だった。
やちるでさえ、その事実にさみしそうな表情を浮かべていた。
「霜月要、本当に気に食わないですね」
「やちるさん?」
「友達と言うのは、たくさん遊んで然るべきでしょうに」
その声は、心なしか震えているようだった。
眼鏡の奥に見える水色の瞳が、わずかに滲んでいた。
†‡†‡†‡†‡†‡
つい先日要の家を訪れた山本は、一人嫌な予感を抱えたままでいた。
要の親友を名乗った少女クローム髑髏、コスモの双子の妹だと言うユニらが彼女の家で暮らし、等の本人だけがいない。
そして、ドアが閉まる直前に聞いた、聞き覚えのある気のする少年の声。
山本の中で一つの予想が立っていたが、そんなことは信じたくはない。
信じたくないから、ツナ達に相談することすらできない。
でも、行方不明の要に対する重要な手がかりでもある。
一体何を信じたらいいのか、葛藤に苛まれる。
「山本?」
「……え?」
「どうかしたの? ずっと上の空だけど」
「ん、そうか?」
「心配事でもあるの?」
「なんでもねぇよ。心配かけて悪ィ」
たはは、と作り笑いをする。
やっぱり、気のせいだ。
気のせいだと言うことにしておこう。
戻って来たら、伝えたいことがあるのだから。
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