68、舞い戻るあの場所へ
ギリビッゾファミリーが結成されてからしばらく経った頃。
クロームはユニの世話や家事を担い、骸たちも要の家での生活に慣れてくるなど徐々に誰もが普通の生活を取り戻しつつあった。
まぁ、要が足りない家具などを買うために学校に行く間も惜しんで町を駆け回っていたことは別として、だが。
しかしそれは、ある日の出来事だった。
ようやく要も落ち着いて学校に行くことができるかと思われた時、なぜか彼女は学校の用意ではなくスーツケースを用意していた。
この光景に違和感を覚えないはずはなく、クロームとユニはその様子を扉の隙間から覗いていた。
骸たちはまだ寝ていて、とても静かな時間だ。
「よし、粗方はこれでいいか。クローム、ユニ。いるんだろ?」
実は隠れているとバレていたとわかり、肩をビクつかせる2人。
しかしこちらを見る要の目は優しく、そっと部屋に入ってみるとなぜか部屋が片付いていた。
「骸たちもいんだろ? 気配を消すくらいなら出てこい」
「おやおや、バレていましたか」
寝ていたと思われた3人も実はいたりして、また驚く2人である。
「それで、今度は何があったんですか?」
骸が要のそばに置いてあるスーツケースをちらりと見る。
それはその場にいる誰もが持っていた疑問だ。
「ああ、ちょっとしばらくイタリアに行ってくる」
「また急な話ですね」
「……復讐者に呼び出された」
不意に出て来た言葉に骸は思わず顔をしかめた。
できることならもう二度と関わり合うことなどしたくはないのだが、それは無理なのだろうか。
それを思うのは犬と千種も同じだ。
一方のユニは、実は心当たりがあった。
それはジッリョネロを出る前日の夜中、ふと目を覚ましたユニは小屋の外で誰かと話をする要の姿をみていた。
暗闇に紛れて姿の見えなかったその相手は、よく考えてみれば復讐者だった。
「要さん、無理しないでくださいね」
そう言いながらもユニは要の袖を握りしめていた。
それに気づいた要は優しくユニの頭を撫でた。
ごめんな、そう呟きながら。
†‡†‡†‡†‡†‡
イタリアの森で待っていたのは、いつもと何か違う復讐者が1人だった。
「わざわざイタリアまで呼び出しやがって、何の用だ」
「君が霜月要君だね」
どこからともなく声が聞こえ、探して見るといつの間にやら目の前の復讐者の肩に、同じ風貌の赤ん坊が乗っていた。
ただし、そんな彼の首には、透明のおしゃぶりが下げられている。
「初めまして、僕は復讐者のトップを務めている、バミューダ・フォン・ヴェッケンシュタインだ。バミューダと呼んでくれ」
その赤ん坊−バミューダは、要に向けてその小さな手を差し出した。
握手かと思ってみて見ると、彼の手の中に何やら黒い石のはめ込まれたリングがあった。
要はそれを訝しげに見たあと、とりあえずは手に取った。
手の中のものがなくなったことを確認すると、バミューダはまた口を開いた。
「率直に言おう。復讐者に入らないかい?」
「……は?」
「以前の君の仕事ぶりは見せてもらったよ。とても野放しにするには惜しい人材だ。かと言ってもちろん何もなしに入れることはできないからね、まずはそのリングに炎を灯してみるんだ」
突然復讐者に入れと言われてその上リングに炎を灯せと言われたところで、いくら要でも情報処理が追いつくはずがない。
とにかく炎と言われて思い浮かぶのはツナでおなじみのオレンジ色の死ぬ気の炎。
そして、ファミリー結成の際に見ることとなった、自らの純白の炎。
とは言ってもあの時は触れただけで炎が出たわけで、実質的な炎の灯し方を知っているわけじゃない。
とりあえずリングを指にはめて見るが、やはり何も起こらない。
「要君は、誰でもいいから復讐したいと思っている相手はいないかい?」
黙り込む要に、バミューダは唐突にそう告げた。
「嫌いなやつはいるが復讐したいやつなんていねぇ」
「そんなはずはないだろう。例えば、君の両親を殺した犯人、とか」
「っっ!?」
要の眉がピクリと反応する。
その刹那、わずか1秒足らずでその場の気温が急激に下がった。
まるで極寒の世界に放り込まれたかのような凍える寒さは、近くの草木を少しずつ凍らせていた。
そんな中でもバミューダともう1人の復讐者は平然と立っている。
さらに気温が下がり、彼の足も凍りつくかと言う、その時だった。
突如として要のつけているリングから漆黒の炎が溢れ出した。
その様子を見て、バミューダは不敵に微笑んだ。
「おめでとう、それが復讐者に必要な特殊な炎、夜の炎だよ。灯すのに必要なのは怒りや復讐心といった負の感情。やはり君には適性がある」
「待てよくそチビ。このままただで帰れると思うなよ」
去ろうとするバミューダを呼び止める要の手には、始解された霜天氷龍が握られていた。
彼女の瞳は怒りに満ち溢れ、それに呼応するようにリングから溢れる炎も大きさを増す。
「主に手を出すと言うならオレが相手だ」
「やめなよイェーガー君。要君、僕は君の適性を確かめに来ただけさ、戦うのはよろしくないね」
「逃げんのか?」
「逃げるんじゃない、帰るのさ」
瞬時に襲いかかってくる氷の龍をひらりと躱したバミューダとイェーガーは、空中に現れた夜の炎の中に飛び込み、そのまま消えた。
それと同時に要の炎が小さくなり、完全に消えた時、リングが音もなく砕け落ちた。
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