番外6、その頃の凪
それは、要と骸が日本を発った次の日のお話。
留守番を任されたのはいいものの家から追い出させてしまった凪は、誰もいない家で一人朝ごはんを作り、一人朝ごはんを食べ、しんといた家に一人で居た。
いつもと変わることのない光景の中、いる場所が自分の家ではなくて要の家だと言う事実が、たった一つの違和感だった。
そしてそれは違和感であり、この上なく嬉しいことでもあった。
持って来ていた荷物から黒曜中の制服を取り出して着替えると、スクールバッグを持って、要からもらった合鍵で施錠をする。
きちんと鍵がしまったことを確認すると、少し嬉しそうに、小走りで学校へと向かうのだった。
†‡†‡†‡†‡†‡
「三千院さん、もう学校に来なくていいですよ」
校門までやって来た彼女を迎えたのは、担任の冷淡な言葉だった。
「それって、どう言うことですか……?」
「そのままの意味です。昨晩あなたのお母様からお電話がありまして、学校をやめると仰られた。今月の学費の支払いも終わっていますし、手続きは済ませました」
「そんな……でも」
「とにかく、あなたはもう黒曜中の生徒ではありません。どうぞお帰りなさい」
信じることができなかった。
家を追い出されただけならまだしも、学校からも追い出されてしまうなんて。
あの親は、自分のことを完全に三千院家から切り離してしまったのだ。
気がつくと走っていた。
バッグを両腕で抱え、目には視界がにじむほどの涙が溜まっている。
途中で友人たちとすれ違うたびに、涙がいく度となくこぼれ落ちた。
居場所がない。
どこに行っても……。
足が止まった時、凪はすでに要の家の前に立っていた。
鍵を開けようとして、バッグに入れた手が止まる。
自分の唯一の心の拠り所であるはずの要は、今はここにはいない。
黒曜中の謎の帰国子女であり、生徒会長を名乗る六道骸と共に、世界のどことも知らない場所へ行っている。
「ねぇ要。風紀委員の仕事だなんて、嘘なんでしょう……?」
突然話をされた昨日の夜、その時にはすでにその話が嘘であることには気づいていた。
だから何も言わないで、夜中に隠れるようにして出かけた2人を静かに見送った。
目的なんてわからない。
何をしに行くかなんてわからない。
わからないけれど、危険なことをしに行くんだと言うことくらいは直感で分かった。
本当は行って欲しくなかった。
行かないでって言いたかった。
できることならば、相談に乗りたかった。
けど、止めても行ってしまうことはわかっていた。
行かないでなんて言ったら困らせてしまうとわかっていた。
相談できないことだから嘘をついているんだとわかっていた。
自分の知らないところで、誰も知らないところで、いつも誰かのために自らを顧みないで危険なことをする。
それが要と言う人間であるとわかっていた。
だから止めなかった。
だから言葉を封じ込んだ。
だから、相談に乗るなんて無責任なことをしたくなかった。
「……こんなところで泣いてなんかいられない。私も、私だって要を守りたいんだから!」
そう叫ぶと、凪は握りしめていた鍵をしまうと何処かへ向かって走り去って行った。
彼女の目には、確かに決意に満ちていた。
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